87 断罪3
「な、なに笑ってるのよ!!」
イマラが焦ったように口を開いた。
どもった様子からユージンに対し、平常心ではいられない感情が大きいことがわかる。
たかが子供。
イマラと変わりない身長で、顔つきも子供らしさが残るユージンにイマラは今まで恐怖という感情を抱いてたことはなかった。
ただあったのは自分の過ちが見つかることへの不安と焦り。
ユージン個人に対して今までなんの感情も感じることはなかったのに、今イマラは初めて恐怖を感じていた。
だからこそ焦る。
心臓の音がドクドクと大きく聞こえ、本能からかまるで年上として、大人として、年下のユージンを屈服させなければならないとさえ感じていた。
「ハハハハ!まさかここまで頭がおかしいとは思っていなかったよ!」
「なっ!!」
「だって、ナルが証明になるって本気で思っているんだろ?」
「………っ…!」
イマラはユージンの言葉に顔を赤く染めたかと思えばすぐに色をなくす。
笑っていたユージンが急に表情をなくしたのも理由にあるだろうが、イマラはユージンが言ったナルシスが証明にならないという言葉に大きく反応していた。
「馬鹿だね、アンタは。ナルの存在を言ってもお前の身持ちの悪さの証明にしかならない。子供だってわかる問題だよ」
「……は、あ?」
「あ、よくわからなかったかな。もう一度いうよ?ナルシスの存在はあんたが脅迫されていたという証明にはならない。それでもナルをあんたがジョニー・マントゥールに襲われたという証明に使うのなら、アンタは父上の子を授かってもいない事実を知りながら高位貴族へ虚偽を働いたとはっきりと認めることになる。
そうなったアンタは離縁は確実だし、重罪に問われるだろう。だって父上を騙したんだから。
もちろんナルの存在を主張しても無駄だよ。ナルは父上の子として認められているし、第一ナルがあんたと血が繋がっていたとしても、あんたを親だと認めていない。味方になることも僕たちの弱みとなることもないからね」
「まぁ離婚したらあんたとは他人になるけどね」と続けたユージンにイマラはぽかんと開く口をわなわなと震わせる。
跪いている態勢を起そうとするが、イマラをここまで連れてきた使用人により頭を押さえられ立ち上がることは出来なかった。
だがイマラは自身を押さえつける使用人よりもユージンへと視線を向ける。
「……は、……あ?……ふざ、…ふざけないでっ!!!私があいつを生んだのよ!?それだけでも親だって認められるわ!!それに、私は、絶対離婚はしない!!知ってるのよ!離縁には当人のサインが必要だってこと!」
ニヤリと意地が悪そうに見える笑みを浮かべるイマラにユージンは余裕をもった天使のような笑みを浮かべる。
「あ、馬鹿でもそういうことは知ってるんだね。まぁ当たり前か。僕に反王家派の貴族と婚姻を結ぶように直接婚約届を送ってくるくらいだからね」
イマラは笑みを浮かべながら告げるユージンに眉を顰めながらも、不敵に笑った口元は崩さなかった。
反王家派という言葉がイマラの脳にひっかかりを感じていたからだ。
だが気になる点があったとしてもイマラは自信たっぷりに上げた口角を下ろすことはしない。
なぜなら口論の相手は子供で、イマラが怖気付くような相手ではないと考えているからだ。
それでもイマラがサインをするまで離縁は出来るわけがないと知っているのに、ユージンは何故余裕たっぷりに笑みを浮かべているのだろうとイマラは考える。
そしてユージンとイマラのやり取りをみたセドリックはわざとらしく息を吐き出しながらゆっくりと告げた。
「……どうやら公爵家に嫁いだ女性として、学んだことは皆無に等しかったようだな」
「え…?…」
イマラはユージンからセドリックへと視線を移した。
冷たい凍えるような視線と目が合い、イマラはびくりと大きく震え俯く。
ユージンへの態度とは明らかに違うイマラの反応を見て、ユージンは面白くなさそうに目を細めた。
「罪を犯した者は罪を償うまで、選択の権利も権能も、なにもかも与えられることはない」
「そ、それって……」
セドリックの言葉に顔をあげたイマラはまさか…と呟いた。
そしてやっとユージンが笑みを浮かべていたその理由に気付く。
「そうだ。お前のサインがなくとも離縁ができる、ということだ」
「嘘よ!!!」




