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86 断罪2


■■■



イマラは訴えた。

全ての事柄はセドリックの誤解で、自分は何もしていないことを、必死に訴えていた。

だがイマラが発言するたびに事実と違う証拠を出される。


マントゥール侯爵家の者と関わりを持っていないといえば、ナルシスの血縁者となるジョニー・マントゥールの証拠を提示され、セドリックの殺害未遂は違うといえば、凶器となったワイングラスを提示される。

ユージンの暗殺についても既に調べはついていたのかセドリックは暗殺犯から仕入れた書面を叩きつけた。


青褪めるイマラにセドリックは更に追い討ちをかける。


「まさか、私が掴んだ証拠はこれだけだと思っていないか。お前の悪行の全ては把握し、証拠も押さえている」


イマラはセドリックの言葉にわかりやすく狼狽えた。


今回の事柄を曖昧にでも感じ取っていた周りの使用人たちは動揺するが、それでも公爵家で働く者として、せめてこの動揺は表に出すものではないと必死に唇を結ぶ。

だが口には出さないだけで見て分かる程表情に出ており、使用人たちの視線はイマラだけに向けられていた。

使用人たちの思いは測れるものではないが、それでも痛い程の視線を全身で感じるイマラは身を縮ませる。


そしてイマラは続いた沈黙を打ち破った。


「なによ……なによ!全部私が悪いって言うの!?違うわ!私は悪くない!私を孕ませたのも、私に行動を起こさせたのも全部、全部あの男が悪いのよ!」


「……あの男?」


イマラはセドリックの小さく呟かれた言葉を掬い取りニヤリと笑った。


「そ、そうよ!ジョニー・マントゥール、知っているでしょう!?あの男が全部やらせたのよ!私はあの男の指示のまま動いただけ!!」


「……だがワイングラスはお前一人で購入したものだろう」


「それだってあの男が指示しなきゃ私だって動かなかった!!」


「それを示す証拠は?」


「しょ、証拠…?…証拠は……」


イマラは視線を彷徨わせ分かりやすく狼狽えた。

どうやらジョニー・マントゥールからの指示が書かれた手紙は全て処分しているとイマラの反応を見たセドリックたちは察した。

だがそれで良かった。

下手に証拠があると答えられてはイマラに一方的な取引を持ち出すことは出来ないからだ。


ユージンはふと外の様子をガラス越しに確かめる。

エントランスには透過度の高いガラスではなく、外から中の様子を確認できないようスモークガラスが使用されている。

そして小さくではあるが動く影が確認できた。


目を瞑ったユージンは口角を上げる。

このまま順調にイマラに取引を持ちかければ、セドリックの離縁も目前だ。

ナルシスも話がまとまりつつある今到着が目前で、全て解決、といかなくとも解決が目前となった今ならアリエスとの婚約話も上手くいくだろうと考えていた。


「そうだわ!あの子がいるじゃない!私を孕ませた証拠のナルシスが!!」


「………………は、」


だが、イマラの言葉にユージンは目を見開き硬直する。

そしてイマラの発言を聞いたセドリックや前公爵夫妻も眉を顰めた。


「……それのどこが証拠となるのだ」


「全てのきっかけになった証拠なのよ!?あの子がいなければ私だって公爵夫人にならなかった!夢を見ることもなかったの!!そうよ!あの子が全て悪いのよ!あんな子が生まれてこなければ……望まれてもいないあんな子産まなければよかっ―」


「プハッ!!」


実の母親でありながら子を罵倒するイマラに誰もが怒りの感情が生まれる中、突如噴き出す様な笑い声にイマラは喋ることをやめ、ぽかんと口を開いた。

イマラだけではない、セドリックも前公爵夫妻もそして使用人たちも笑い声をあげた人物にゆっくり視線を向ける。

それほど意外だったのだ。

実際の交流期間は短くとも、それでもナルシスを可愛がっていたユージンが、ナルシスの存在を否定するイマラの言葉に笑い声をあげたことが。

だがユージンの表情をみた人たちは考えを覆す。


ユージンは確かに笑っている。

可笑しそうに笑っている。

だが目だけはイマラを今にでも殺しそうなほどに鋭かった。

怒りを通り越せば笑いが生まれると聞いたことがあったが、ユージンの場合は過剰なまでのストレスからの自己防衛だろう。

イマラに対する怒りがユージンの体に大きなストレスとして降りかかったことから、少しでも軽減しようと笑いとして体が和らげようとしたのだと思われた。

だが可笑しそうに笑うユージンは誰が見ても恐怖を感じる。

例えまだ未成年で十三という子供だったとしても、いや、子供だからこそ余計に恐ろしく見えるのだろうか。




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