84 決めたこと2
『ユージン、お前とリアがウォータ領へと向かっている間、工事で山の一部が切り倒されたのだ。“領地民の暮らしをもっといいものにすべく住宅を建て直す”“その為にはただの山を活用したい”という言葉からなされたことだった。その結果土砂崩れが発生し、お前たちが巻き込まれた』
ユージンは思った。
それが何故仕組まれたことになるのだろうかと。
本当に仕組まれたものなら腹立たしいことだが、それでも領民のことを考え、その結果悲劇を生んでしまったのなら致し方ないのではないかと、ユージンは不思議に思う。
年月が経ったからか、それとも事故の被害者だからかわからない。
だがセドリックの話を聞いたユージンはそれだけだと何の感情もわかなかった。
それよりもイマラの罪を裁けないことのほうが嫌だった。
『私も当時は領民を考えた行動を称賛した。素晴らしい考えだと、重い税を課していたのも工事費用を考えてのことだったのかと、そう思っていた。
だが調査を重ねるとそうではないと気付かされたのだ』
『それは、一体何故、ですか…』
『山を削った土は馬車が通る道のすぐ近くに積まれていたんだ。すぐに運ばれず、何日も放置されていたという。
実際に工事にあたった者は、“土を運ぶことよりも作業を進め、資材を確保することの方が重要だろう”と指示されたらしい。だが作業者の言葉通り土砂崩れが起きると工事は中止になり、今もその工事は進められていない。結局搾り取った税は領地民に還元されることはなく、そして当時あたっていた作業者も全員が行方不明になった』
「作業者の言葉は危険を訴えた領民に対して作業者が漏らした言葉らしい」とセドリックは話した。
『……つまり作業員の言葉から父上はあの事故は意図的に仕組まれた、と考えたのですね』
『そうだ。だが証拠はない。当事者ではない人物の証言は証拠にならないからだ。だからこそ私は騎士たちに行方不明になった作業員たちの捜索を指示した。“必ず見つけろ、証拠をつかむまで行動を起こすな”“万が一にも私に何かあれば、公爵期に戻らず父上のもとに行け”と告げてな』
ユージンはここで気づいた。
今まで不自然に思っていた正体がわかったのだ。
何故公爵家の騎士たちはセドリックが倒れても動かなかったのか。
当主の安全を思うのならばユージンが戻るずっと前に動き、イマラを断罪していてもよかったのに、公爵家に忠誠を誓っているはずの騎士たちに動きは見えなかったことだけでなく、公爵家そのものの騎士の数が少なかったことに、今更ながらに気付いたのだ。
だがだからこそユージンはイマラの情報を公爵家の騎士ではなく、自身の情報を集めることに優れている部下たちに依頼したのだが、今のセドリックの言葉で納得する。
動きたくても動けなかったのだ。
動いてしまえば目先の悪だけが裁きを受け、最も罪を償ってほしい人物に届かなくなる。
だが、いくら心の余裕がなくとも気づく機会は沢山あったはずなのに、と経験不足をユージンは深く感じた。
無理もない。ユージンはまだ子供なのだから。
所詮事業を展開していたとしても、全てをユージン一人で行ったわけではなく、そこには祖父母による助力があってこその結果だった。
もっと精進しなければ……と、ユージンは心に刻む。
一方セドリックの言葉に執事はキョロキョロと頭を動かし不安がる。
一見怪しい行動のように見えたが、今までの執事の様子からセドリックを裏切ったわけではないことはすぐにわかることだ。
それよりも一部の騎士に重大な任務を任せたのに、側に控えセドリックを支えてきたと自負する執事にはなにも告げられていなかったことがショックだったのだろう。
執事は困ったように、いや、悲しげに眉尻を下げセドリックを見つめながらユージンにチラチラと視線を送っている。
『………執事にはなぜ言わなかったのですか…?』
ユージンはそんな執事の視線を感じ、仕方がなさそうに尋ねた。
『……先ほども言ったが……セバスは顔に出やすいんだ』
ユージンが問いかけてくれたことに目を輝かせた執事は、セドリックの返しを聞いて輝かせていた目を悲しみに染めわかりやすく肩を落とす。
「ほら、わかりやすいだろう」とユージンに問いかけるセドリックに“確かに”とユージンは心の中で呟いた。
それでもユージンは執事には色々な面で力を貸してもらった。
公爵家を思えば当然のことだが、それでも一月も掛からずにここまで辿り着いたのは執事の働きが大きいことは確かだった為に敢えて口にすることはしなかった。
勿論セドリックの代わりに公爵家の仕事に関しても執事の功績は大きい。
『……それで、行方不明になった作業員はみつかったのですか?』
話を戻したユージンに今度はセドリックではなく、隣に座っていたマグナスが口を開く。
『そこからは儂が話したほうがいいだろう』
マグナスはセドリックが頷くとゆっくりと話し出す。
まだセドリックがおかしくなる前に情報を求め公爵家を出た騎士たちが、セドリックの状態を知ると指示通りマグナスに助けを求めた。
息子であるセドリックの状態を聞き怒り狂いそうになったマグナスだが、騎士たちがセドリックの意思を説明し、なんとか怒りを鎮めさせる。
そうしてマグナスも領地へと隠居すると共に連れてきた騎士たちに命じ、情報を集めることに手を貸した。
『結局見つけることは出来なかった、…ユージンお前が手紙を送る前までは、な』
(つまりお祖父様も父上のことを知っていたというわけか)




