76 到着
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デクロン公爵家にたどり着いたアリエスは馬から降りると門番へと声をかけた。
大人だからか騎士だからか、おそらくどちらもだろう貫禄があるアリエスよりも大きな男性はアリエスを視界に入れるともう一人の門番へと視線を送る。
「申し訳ございません。ユン…ユージン・デクロン様はいらっしゃいますか?今すぐお会いしたいのですが…!」
余裕がなさそうな様子のアリエスに、門番は怪訝な顔を浮かべたが身にまとっている制服を確認すると身元が保証出来る貴族の令嬢であることに気付き、すぐに中へと通す。
本来ならば屋敷にアポイントがあるか、目の前の少女とユージンが本当に交流があるのかを確認すべきなのだが、この時の門番は何故かそうしなかった。
アリエスは借りた馬をもう一人の門番に預けると、案内するため少し先を歩く門番を追いかけるように急ぎ足に走る。
「……念の為お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、申し訳ございません。失念しておりました。
私ウォータ伯爵家のアリエスと申します。アポイント無しでの訪問になり申し訳ございません。
ですが、至急ユージン様にお伝えしたいことがあり参りました」
門番は屋敷へと案内する途中アリエスの言葉に首を傾げた。
「…その“伝えたいこと”とは?」
「詳細はご本人にのみお伝えしたいと思っています。ですが……」
アリエスはそこで話を区切ると、ごくりと息を飲み込んだ。
アリエスはユージンから状況を手紙で聞いてはいたが、実際に誰が味方で誰が敵なのかをわかっていない。
手紙では敵はイマラのみで、他の使用人はユージンの味方として動いてくれていると書いてあった。
その為ユージンには味方は多く、反対にイマラには味方がいない。もしくはほとんどいないということはなんとなくわかっていた。
だがそれが本当に正確なのかまではわからなかった。
店で拾ったイマラのものと思われる手紙を見つけたことから、イマラには企みがあることを示す大事な証拠品となるのではないかと持ってきた。なんて言ってしまってもいいのだろうかとアリエスは悩んだのだ。
そんなアリエスの気持ちを知らない門番は、何故か楽しげに笑う。
「……言っておきますが私はデクロン公爵家に忠誠を誓ってはいますが、その忠誠心は公爵様にです。
少し前、領地にいた先代公爵様のもとにユージン様より助けを求む手紙があり、先代公爵様指示のもと私たちは戻ってきました。勿論先代もご一緒です。
お嬢様の心配は杞憂なものとは思いますが、………忠誠を誓った騎士として、警戒する姿勢は好ましく見えますね」
パチンと片目を瞑りそう告げた門番は口笛をふくような軽やかな足運びでアリエスを屋敷へと連れていく。
アリエスはそんな門番を任せられた騎士が、アリエスを怪しい人と思っていないこと、そしてアリエスが今何かを隠していたとしても追及する気がないことを悟った。
だがアリエスはスタスタとどんどん先に進む門番、いや騎士の後ろ姿を見つめながら考えていた。
公爵に忠誠心を誓っているのに、何故先代の元にいたのだろう、と。
そして戻ってきたということは、ずっと屋敷にいなかったのだろうかと。
だがそれを問いかけてもいいものなのか、アリエスは考え悩みながら追いかけるようについていく。
そして屋敷に到着したその時だった。
小さく物音が聞こえ、その後に悲鳴のような声が聞こる。
一人や二人のものじゃない、なにやら複数の人間が戸惑い、騒ぐ様子と、バタバタと慌ただしく走る様子が伝わってきた。
すぐに異常を感じ取った騎士は駆けだした。
成人しているシリウスよりもずっと背が高いその騎士は、長いリーチを活かし客人であるアリエスを置いていくこともためらわずに走る。
アリエスはそんな騎士に驚き、思わず追いかけるように走った。
大人と子供。
騎士と令嬢。
様々な理由もありどんどん距離が離されていくが、それでも姿が見えるうちはあきらめないと付いていく。
そうして辿り着いたのは大きな浴室場だった。




