73 買い物
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アリエスは授業終わり、友人たちと共に街へと出かけていた。
理由は簡単だ。
“息抜き”の為である。
今からひと月も経っていない前のことであるが、アリエスからの提案でアリエスが在席しているクラスの生徒は、マリアとキャロリン指導のもと、礼儀作法を今一度学びなおしていた。
“作法がなっていないから”という理由ではなく、自分の家格レベルに留まらない完璧な礼儀作法を身に着けることは、それだけでその人物に対する印象が変わるというもの。
アリエスはユージンと婚約した後、先のことまで見据え、礼儀作法を学びなおしていた。
そして、そんなアリエスをみて感化された者たちも願い出たために、今では王妃教育の為王城へと通うエリザベス以外のクラスメイト全員が参加していたのだ。
今日も早速始めようかというタイミングで、一人の令嬢が婚約者のプレゼント選びのために休ませてほしいと手を挙げたことで、アリエスは思った。
そういえばお兄様の誕生日ももうすぐだわ、と。
アリエスが今住む王都はウォータ領と比べればあまり寒く感じることはなく快適に過ごしていたが、気が付けば一年も半分以上が過ぎ去り、最近では少しだけ涼しい気候が多いと感じる。
さすがに上着が必要となるほど気温が下がる冬と比べて寒くはないが、冬が近づいていたことを自覚すると、兄であるシリウスの誕生日が近づいていることを思い出した。
礼儀作法を休むと告げた令嬢に便乗するように、アリエスも「私もお兄様の誕生日プレゼントを探そうかしら」と呟くと、「それなら今日はお休みしましょう」とマリアがいい、「それなら皆で息抜きに街にいきませんか?」とキャロリンが提案した。
流石にクラス全員で街に出かけ、集団で固まってしまえば動きも取りにくいし周りにも迷惑がかかる。
その為行きたい人、行き先が同じの人達で街に出かけることになったのだ。
マリアとキャロリンはもう一度王太子の側近として励んでいる婚約者へのささやかな贈り物を選ぶために、シリウスの誕生日プレゼントを探すというアリエスと行動したいと話す。
アリエスも兄であるシリウスへの誕生日プレゼントは毎年上げてはいるものの、あまり凝ったものではないため、“ささやかな贈り物”を選ぶと話すマリア達に気負いすることなく街へと出向いたのだった。
流石王都。
通りの整備は完璧で、馬車で通ってもガタガタと揺れ体を痛めることもない。
またアリエスはマリアの実家であるヴィノビアン侯爵家の馬車に乗って移動していたため、ウォータ家で所有する馬車よりもふかふかの座席に感激していた。
「アリエス様はお兄様にはどのようなプレゼントをお考えですか?」
座席のふかふかを堪能していたアリエスは、マリアの質問に視線を戻すと頭を悩ませながら答える。
「いつもは研究開発に役立つようなものを選んでいたのですが、今年から兄も社交パーティーに出るようになりましたし、カフスボタン……など身に着けるようなものにしようかと思っています」
「まぁ、それはいいですね!アリエス様が身に着けているアクセサリーはいつもセンスの良さが感じられるので、きっとお兄様も喜ばれますわ!」
純粋に笑みを向けるマリアだったが、キャロリンは“研究開発に役立つって?”と、詳しく聞いていいのかわからないアリエスの言葉に疑問を抱きつつも、結局は詳細を尋ねることなくにこやかに微笑むだけに終える。
「マリア様とキャロリン様は、婚約者へのプレゼントを選ぶのですよね?……あの、なにを、とか決めているのですか?」
アリエスは少しだけ頬を赤く染めて尋ねた。
いつものアリエスは言ってしまえばさっぱりとした性格で、遠回しな言い方はせず、そして聞きづらいこともはっきり尋ねることができるような、そんな性格をしているとマリアとキャロリンは思っていた。
だが目の前のアリエスは、単刀直入に聞いてはいるものの、気恥ずかしそうな様子で尋ねている。
マリアがカルンに、そしてキャロリンがロジェになにをプレゼントに選ぶのかを尋ねるだけで、何がそんなに恥ずかしいのかと二人は思ったが、すぐにハッとした。
兄への誕生日プレゼントだけではなく、婚約者未満恋人のユージンへのプレゼントをこの機会に選ぼうと思っているということを、そして二人に尋ねたのは会話のキャッチボールを楽しむだけではなく、ユージンへの初めてのプレゼント選びの参考にしているのではないかと二人は悟ったのだ。




