72 薬草の入手
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「ユン」という愛称で出迎えてくれるだろう恋人を待ち望んでいたユージンは、アリエスと雰囲気が似ている兄のシリウスに歓迎された。
確かに考えてみれば、今回ユージンが訪れたのは平日のど真ん中。
しかも陽が高く昇っていることから、アリエスはまだ学園だとわかるものだが、急ぐユージンの頭にはなかった。
休日や夜に訪ねに来ている所為で、屋敷には常にアリエスがいるという考えがしみこんでしまったのだろう。
ユージンはそんな自分の考えに苦笑すると、シリウスに対し「お聞きしたいことがあるのですが」と前置きして尋ねた。
ちなみにナルシスに関しては使用人と一緒に遊んでいるらしく近くにいない。
「呼びましょうか?」と問うシリウスは「すぐ帰るので」と断っていた。
ユージンも暇ではないと知っているシリウスは単刀直入に尋ねることにした。
「どうしたんです?」
「ここにミズジョウバという植物はありますか?…以前その…庭に生えているところを見たのですが……」
庭に案内されたことがないユージンは少し言いづらそうにしながらも口にした。
シリウスは「庭?」と呟きながら、確かに応接室の窓から見えることを思い出し、家が大変なことになっていたとしても周りを見渡しそして記憶するユージンに舌を巻く。
自分も心に余裕がないときでも、広い視野を持たなければといけないと、自分よりも年下のユージンをみて学んだからだ。
「ええ、ありますよ。でもそれがどうかしました?」
シリウスは首を傾げた。
そもそもミズジョウバという植物をシリウスは“薬草”として育てておらず、“動物避け”として野菜と共に育てているのだ。
アリエスがアクセサリーのデザインを起こしているのならシリウスは農業に着目していた。
鉱脈が発見されたとはいえ、全てを鉱脈に頼っていては鉱山に関わる者しか利益は還元されにくい。
そこでシリウスは昔から農業をやってきた民のために、食物連鎖が起こらない植物を研究していたのだ。
昔から農業をやっていたといっても土地は無限にあるわけではない。与えられた領内でいかに効率よく栽培するか。
いくつもの野菜を手掛けるよりも少ない種類を手掛けた方が、農業のために準備する必要な什器品だって違ってくるため、領民のお財布にも優しい筈だとシリウスは考えていたのだ。
そしてミズジョウバという植物は、野生の動物が野菜を狙って現れた際、ミズジョウバが放つ匂いが動物を引き付けるといわれている。
またミズジョウバを食した動物はすぐにお腹を痛め、恐怖心が与えられるからか二度と近づかなくなるというのだ。
勿論人間には察知できない香りのため、香りをかいでもわからないらしいが。
そんなミズジョウバを何故必要なんだとシリウスは考えたが、お腹を痛めるという点を思い出し「まさか」と口にした。
「あれは動物にしか効果がないものかと思っていたんだが……」
「どうやら人間にも効果があるようです。ですが取り扱いが難しく、今は薬草として認知されておらずどこにも売っていません。しかし今は医師から即効性のある薬草として必要らしく、お譲りいただけませんか?」
「構いませんよ。お役に立てるのならば喜んで」
シリウスはそういうと農作業をする際に使用する肘まである厚手の手袋を装着した。
慎重に掘り返し土がついた状態でユージンに渡そうと差し出した。
薬草としてどのように使用するのか知識がないため土はつけた状態だが、そのまま渡そうとしたシリウスは体を硬直させ手を引っ込める。
ユージンの肌にミズジョウバがついたら…そう考えるだけで妹に叱られそうだと容易に想像できるからだ。
シリウスは、ミズジョウバが露出しないよう丁寧に紙に包み、そして更に布で包む。
これなら文句はないだろう妹よ。と、この場にいないアリエスにドヤ顔した。
ミズジョウバを受け取ったユージンは、何故そんな表情をしているのかわからなかったが、シリウスにお礼を告げると足早に去っていった。
今度こそ吉報を、とシリウスは小さくなるユージンの後ろ姿を見送りながら願い、そして着実に解決に進んでいることを、そろそろ学園から帰宅するだろう妹に伝えようと口角を上げて微笑んだ。




