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70 物質の特定4








「……じゃあ僕は行かなきゃ」


ユージンがそういうと、ユージンの膝の上に座りそして抱き着いた状態でおとなしくしていたナルシスは、わがままを言うことなく静かにユージンの上から降りる。

ユージンはそんなナルシスに「いい子でね」と頭を撫でると、オロリマーに視線を向けた。


「できれば早めに書面を手元に準備していてほしい。……父上と言葉が交わせる状態になるくらいまでは、と思っているけど、もしかしたらその前には決着をつける可能性だってあるからね」


「畏まりました」


「あと、出来れば外出は控えてほしいかな。君の身を守るためにも必要なことだと思ってほしい」


これは言葉通りオロリマーを守るという意味もあったが、同時にオロリマーが持っている証拠品の隠滅を防ぐためだった。

ユージンが幼い頃暗殺者を使って殺されそうになったこと、そしてマントゥール侯爵の者との関りを考えると、イマラを屋敷に閉じ込めていたとしてもイマラに手を貸すものの存在がオロリマーを狙うという可能性もあったからだ。

だがオロリマーは不思議そうに首を傾げる。


「え……ですが、私はしがない職人です。依頼の注文を作らなければ生活できません。

それにご子息様は依頼の際にやり取りした書面を持っているから私が狙われる可能性があると思っているようですが、その可能性は低いと思います」


「何故だ?」


今度はユージンが不思議そうに首を傾げる。


「先ほどもいいましたが、書類の保管期限は変わっています。今から六年前に一年から十年に変更となっているのです。

ワイングラスを制作した当初の書類の保管期限は一年、変だなとは思いましたが依頼人の女性に尋ねられた時には勿論法の発足前でしたため保管期限は一年で、それ以降は廃棄していると伝えております。

また当時の私はまだ見習いで、一人前と認められてから王都へとやってきました。書類はきっと廃棄させられていると思い込んでいると思いますし、依頼当時の場所にいない私をどうやって狙いましょうか」


ユージンはオロリマーの言葉に「なるほど」と呟いた。

確かにそれなら見つかる可能性は低いだろうが、仕事の早い情報屋ならばほんの少し調査時間を与えれば見つけられてしまうだろう。


ちなみに依頼書の保管期限が大幅に増えた背景には、貴族や一部の金持ちの平民が横領するという問題が保管期間の長期化に繋がってしまった。


「………なら僕の_」


「ならしばらくの間ウォータ家で匿おうか?」


“護衛を一人つけよう”と言いかけたユージンは、アリエスの言葉にぎょっとする。

ナルシスも男であるが、それは歳が倍離れた子供であり、絶対にアリエスが好きになるわけがないと確信しているからユージンは何も不安がることなく預けているのだ。

勿論アリエスの好みドストライクであるユージンは自身に絶対の自信があるが、それでも大人の男性であるオロリマーをウォータ家で匿う場合、アリエスが惚れる惚れない以前にアリエスの身に何かあったらと不安になる。

シリウスという兄はいってはなんだが、大した筋肉もなく安心できないと考えていた。護衛的な意味で。

平民のオロリマーに貴族の令嬢を襲うといった勇気があるかはわからないが、ユージンの目にはアリエスは可憐な美少女に映っているため、ユージンは絶句したのだ。


「あ、アリス!なんてことをいうんだ!?」


「え、私なんか変なこと言った?」


焦りが前面に見えるユージンにアリエスは戸惑いながらも首を傾げる。

ちなみに隣に座っている筈のシリウスは、いつの間にか今までユージンが座っていた目の前のソファに移動していたため、ユージンがアリエスに近づきガシッと肩を掴んだ。もちろん優しく。


「ああ、とても危ない発言をしていた。いいか?男は皆狼なんだ。ウォータ領の住民が親切で優しい人ばかりでも、誰にでもそんなことをいっちゃいけない」


「……へ?」


「そうじゃなくてもアリスは可愛いんだ。僕がいない学園でアリスが他の男に言い寄られていないか、ずっと気が気じゃないのに、家の中でも不安要素の存在を許せるほど僕の心は広くないんだよ」


「……あ、うん。ごめんね、私が変なことを言ってしまったわ」


アリエスは間近に迫るユージンの顔面に赤面しつつ、話の流れを戻そうと言葉を告げる。

ぶっちゃけ淑女クラスであるアリエスに他の男性との接点は皆無に等しいが、今のユージンにそれをいってもきっと無駄だろう。

確かに週に何度かは食堂を利用しているため、男性がいない環境でしか過ごしていないとはいえないが、それでも接触は一切ない。


しかもアリエスはそんなユージンの愛から来る心配を履き違えていた。

美しすぎるユージンはきっと狼に狙われた天使のごとく危ない目に遭ってきたんだなと考えていたのだ。

幼い頃から平民であったが女の子だけではなく男の子とも遊んでいたアリエスは、遊ぶ内容から女の子扱いはされていなかった。

元気よくかけっこしたり、木に登ったり、そんな遊びをしてきた為にユージンに言われるように“可愛い”なんて言葉を言われてこなかったのだ。

それは大きくなっても変わらず、むしろ成長してからは一切言われなくなった。そのため自分が言われていたのは小さい子供に掛ける言葉だったという認識を持っていたのだ。

そう、アリエスがナルシスに感じるような、そんな気持ちだ。


ユージンはアリエスが納得してくれたと安堵し、今度こそ護衛をオロリマーにつけることを約束した。

何かあった時に対処できるように。

護衛は大げさだと感じたオロリマーだったが、命を狙われる可能性もあることを知ると安堵する様子を見せた。


「…じゃあ僕は行くよ。今度は吉報を伝えられるように頑張るね」


「うん。でも無理はしちゃだめよ」


「わかってるよ」


ユージンはアリエスの滑らかな頬に触れると名残惜しそうにしながらも去っていく。

まだ陽は高かったが、それでも成分の特定が出来たことを早く医者に伝え、セドリックが回復できるよう薬を作ってもらわなければならなかった。

また実際にオロリマーから教えられた成分がセドリックを蝕む原因になったのか、裏付けのための調査もしなければならない。

ユージンがここまでするのはイマラに逃げる隙を作らせず、確実に罪を認めさせるためだ。



そしてまだ陽が明るいうちに帰ってきたユージンを珍しいものでも見たかのように驚くデインの頭を、ユージンは軽くはたいたのだった。




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