68 物質の特定2
遵守しなければならない国の法律として、使用制限や使用禁止が決められている材料があるということは、一人前の職人として当たり前に知っていること。
依頼内容を伺い、それでも使用禁止成分が含まれた材料を使用しなければならない場合は、たとえ貴族であろうとも誓約書を交わすことは一般常識でもあった。
その為オロリマーも昔の依頼とはいえ誓約書を交わしたことは覚えている。
その誓約書があるからこそ、絶対誤った使用方法はしていないだろうと、絶対に置物以外の使用用途には使われていないだろうと考えていても、それでも目の前にいる三人の貴族たちの反応にもしやという不安がオロリマーの鼓動を早まらせる。
「…………あの、……もしや食器として使用した……とかでは、ありませんよ、ね?」
オロリマーは不安に駆られながらも尋ねた。
貴族に平民が質問するだなんてという思いはあったが、それでも自分が作った作品が貴族の命を危ぶませていないだろうかという気持ちの方が強く、“つい”口にしてしまったのだ。
アリエスら三人はオロリマーに答えることなく視線を逸らしたが、一人の存在が肯定するかのように口にした。
「……お父様、あのグラスを使って毎晩お酒を飲んでた……、ちゅーすいしんけーけーってなんだかわからないけど、しょーがいを引き起こしたからお父様、病気になっちゃったんだ…!」
「ナル…!」
ユージンの膝の上で話のすべてがわからなくとも、実際にセドリックが臥せてしまっていることを知っているナルシスは、何が原因でどうしてセドリックが倒れてしまったのかを悟ってしまった。
だからこそナルシスは声を荒げた。
「なんでそんなもの作ったの!?お父様いつも辛そうにしてた!ボクのお父様を殺そうとし_」
大きな目を見開き、大粒の涙を流しながらオロリマーを責めるナルシスの口を、ユージンは咄嗟に手で覆う。
ナルシスは何故止めるのか、ユージンの考えがわからず自分を抱いてくれるユージンを振り返った。
そして悲し気な表情でそれでも笑みを浮かべるユージンにナルシスは威勢を失い、そしてユージンの口から発せられた言葉に驚く。
「やめなさい。彼は依頼を受けただけの人間だ。本当に悪いのは、彼に依頼した人、なんだよ」
「い、らい……」
「賢いナルなら、わかるだろう?」
ナルシスはユージンの言葉にきゅっと口を閉じると俯いた。
脳内に浮かぶのはただ一人の女性だった。
だが自分の母親が本当に父を殺すのかという疑問が、ナルシスから真犯人の名を口にすることをためらわせる。
そしてナルシスは静まり返った空間の中、ユージンの胸元に顔を渦ませると困惑しているオロリマーに謝罪を口にした。
「……ごめんなさい、おじさん……」
「あ、いえ……とんでもございません」
オロリマーは自身が制作した作品の所為で死にかけた人物がいたことに困惑していた。
誓約書を書いてはいたが、相手は貴族。
どんな理不尽なことをいわれるのだろうと、気が気じゃなかった。
状況から考えて、倒れたのは子供の父親。
しかも子供が抱き着いているのは、見た目からして高位貴族の令息だろうと思われる容姿の男性だ。
解放されたら誓約書を探さなければ……、いや、当時の依頼書も必要か?場合によっては依頼されたときに受け取った金銭も返金しなければならないのだろうか。
………そもそも自分は解放されるのか?とオロリマーは不安に駆られる。
その為、自分が“おじさん”と呼ばれたことにも気づかなかった。




