66 急展開
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「ユン!ちょうどいいところに!」
恋人に会いに来たユージンを迎えてくれたのはユージンの愛するアリエスではあったが、アリエスの隣には他に見知らぬ男がいて、少しだけ上がった口角が下がった。
「やぁ、アリス…」
少しいつもとは声のトーンが違うユージンにアリエスは首を傾げながらも、隣にいる男性を紹介する。
アリエスの頭はもう早くユージンに、紹介したくてたまらなかったからだ。
その為、ユージンがどんなにいつもと違う様子であろうが、アリエスは紹介することを優先する。
「こちらはハーゼル・オロリマー。あのワイングラスを作った職人よ!」
わかりやすく簡潔に、アリエスが紹介するとユージンの目が大きく見開かれた。
そしてあまりに衝撃的だったのか、ユージンはポカンと口を開き「…………………え?」とたっぷりの間を開けた後言葉を漏らす。
「わかるわ。まさかこんな短期間で職人を見つけるとは思っていなかったこと、驚く気持ちがすごくわかるわ。だって私も同じだったから。
でも今は驚いている場合じゃないのよ!オロリマーさんがいれば成分も特定しやすいし、なにより証拠品の証言だってできるもの!」
アリエスは意気揚々とした態度でユージンの手を握ると、ユージンとオロリマーを応接室まで案内した。
オロリマーも今ウォータ家へとついたばかりなのか、シリウスを呼んでくるとアリエスは部屋を後にする。
アリエスは将来美人となるだろう顔立ちだがまだ十二歳、いや十三歳になる少女で、気さくに出迎えてくれたその性格から、平民であるオロリマーもあまり居心地が悪くは感じていなかったが、どう見ても高位な貴族である見た目のユージンと二人きりになった瞬間居心地悪く感じた。
部屋へと案内されたがきっと座ってはいけないのだろうと扉付近に立った状態でじっとしていると、ユージンが一人掛け用のソファを指さし声をかけた。
二人掛けのソファへと座るユージンに対し、オロリマーは指定されたとおりに一人掛け用のソファへと腰を下ろす。
するとこれが高級品かと思うくらいに柔らかいソファに、オロリマーは思わず背もたれに寄り掛かった。
「君があのワイングラスを作った職人、で間違いないですか?」
静かな空気が漂う室内、ユージンがオロリマーへと尋ねた。
オロリマーは背もたれに背中を寄り掛からせ、まるで寝具のように心地いい感覚を目をつぶって味わっていたが、ユージンの問いかけにハッとし、寄りかけていた背中を離しまっすぐに伸ばして質問に答える。
「はい!このスケッチ画のワイングラスの置物を作ったのは私で間違いありません!
基本的には平民が使うテーブルや椅子などといった家具が主な依頼内容でしたが、この置物に関しては貴族の方からの依頼だったためよく覚えています!」
オロリマーが答え、ユージンは次に依頼主について尋ねようとしたとき、応接室の扉が開かれた。
兄を呼んでくると部屋を後にしたアリエスに、アリエスに連れてこられたシリウス、そしてユージンに会いに来たナルシスの三人だった。
ナルシスはユージンを見ると駆け寄り、甘えるように膝の上に上る。
そんなナルシスを注意することなくユージンはナルシスを抱きかかえると、ユージンの向かい側にある二人掛けのソファにはアリエスとシリウスが座った。
シリウスはテーブルの上にナルシスが書いたワイングラスの絵が置かれていることを確認すると、ユージンに「続けてください」と告げる。
ユージンが本当に探していた職人であることを確認しているだけだったため、シリウスの言葉に甘えて次の質問をした。
「依頼主のことは覚えていますか?」
「覚えていますが……、特徴を話せということなら難しいです。何分顔が見えないように帽子を深くかぶっていたので……、でも女性だったことは間違いありません」
オロリマーの言葉にイマラの顔を見たわけではないことがわかると、残念そうに肩を下げたアリエスだったが、それでもワイングラスという繋がりだけを見てもイマラが制作を依頼したという証言となるだろうと考える。
「では依頼内容はどのようなものでしたか?」
「“とても高く見えるようなワイングラスの置物を作ってほしい”という内容でした。
高く見えることにこだわるなら純金を進めたのですが、貴族だから銀食器のような見た目がいいとおっしゃられ、確かに毒が混入していないかを確認するために貴族は銀食器を使用していると聞いたことがあったのでその通りにしましたが、材料費を見た途端もっと削れるはずだというので驚きましたよ」
「それで?」
「なら鉄を混ぜ合わせれば値段も下がるとお伝えしました。それから色々と質問されましたね。鉄を混ぜ合わせた時の錆の発生はあるかとか、鉄を使ってもさびないように工夫は出来ないかとか。
そもそも鉄と錆は切っても切り離せない関係ですが、表面加工をすればある程度は防げるとお話ししました。でもその際に提示させていただいた加工材料についても色々指定してきて、ちょっと変な方だなと思いました」
「変、というのは?」
「いえね、平民でもあまり使わない材料を指定するんですよ。絶対触れない場所に掛けたり置いたりするならわかりますが、置物といってもワイングラスですよ?
旦那さんへの贈り物といっていたので、近い将来お子さんが生まれたら、きっと好奇心で触ったり舐めたりすると思うんです。
例え水に溶けにくい素材だとしても、体に害のある素材を使いたいと思いますか?俺なら嫌ですね、近い将来誕生する子供のことを考えたら余計に」
オロリマーは言い終えたころには腕を組み、ゆっくりと首を振っていた。
しかも最初は“私”と口にしていた一人称が“俺”となっていることから、今のオロリマーが素の状態なのだろうとわかる。
だがそんなオロリマーの素の態度よりも、気になるのは話の内容だった。
アリエス、シリウス、そしてユージンは視線を絡ませると頷きあい、オロリマーへと顔を向ける。
「その素材とはどのようなものを使ったんですか?」




