65 息抜き?
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進展がないまま更に一週間が経過した。
セドリックの容態は変わらず、起きては身綺麗にすることも空腹を満たすこともせず仕事に向かうため、ユージンは強制的に眠らせるという対応をとっていた。
そして先週までは買い物に繰り出していたイマラも、今週は出かけることもせず部屋へと引きこもっていたため、デインが隅々調べる余裕もない。
分析を任せた業者も手配した医者も、調査結果は先が見えない状態は変わらず、ユージンは執事と共に公爵家当主としての仕事をこなしていた。
だが喜ばしいこともあった。
ユージンを育ててくれたといっても過言ではない前デクロン公爵夫婦もとい、ユージンの祖父母がやってくるという情報が届いたのだ。
ユージンは今から一週間前、セドリックの状態を確認し状況を素早く理解した後すぐに、祖父母へと手紙を書いた。
きっとやってきてくれると思ってはいたが、それでも歳を重ねた肉体ではあと一週間は遅くなるだろうとユージンは思っていたため、予想よりもだいぶ早く到着することを知った時には年相応に喜びそうになった。
だが使用人の前。
そして幼い頃からデクロン公爵家に仕えている執事がそばにいることを思い出し、ユージンは平静さを取り戻す。
遂に到着した祖父母をユージンは出迎え、早速セドリックの元へと案内した。
祖父母は悲しみと、若干の呆れ、そしてこのような状態に仕向けた者に怒りを向けた。
ユージンは犯人を問われ、推測の段階ながらもその人物の名前を告げると同時に、手は出さないでほしいということを告げる。
反論し、イマラと裏で操る人物を庇っているのかと問いかける祖父母にユージンは首を振った。
「僕はこの件に関わった者を全国的に犯罪者として知らしめたいのです。だからこそ反論する余地も与えないほどの証拠を集め、そして一生太陽を拝めないようにしてやりたい。……ただそれだけです」
そしてユージンの言葉を聞いた祖父母は、今ユージンが行っている公爵当主としての仕事をすべて引き受け、ユージンにはこの件だけに集中できるように気を配った。
頼もしい祖父母にユージンは安心して任せ、そしてなにやら騒がしくしている場所へと向かった。
公爵夫人としてふさわしいその部屋は、大きな窓からは太陽の日差しが差し込み、夜にはきれいに輝く星空が一望できる場所だった。
そんな部屋の前でイマラ・デクロンは、前デクロン公爵夫婦が訪れる素晴らしい日の朝早くから耳を覆いたくなる奇声をあげていたのだ。
ユージンは心当たりがありながらも、騒いでいるイマラに会うために向かう。
朝の身支度のため使用人が部屋へと持ってきていた人肌程度に温められた湯は床にぶちまけられ、喉を潤すために持ち込んだ水差しは割れた状態で床を濡らしていた。
そして本日イマラを担当する使用人は頭を深く下げているといった状態だった。
ユージンはそんな光景を見て深くため息をつくと、流石に気付いたかイマラはユージンがいる方向へと顔を向けた。
「あの子はどこよ!?」
イマラはユージンの姿を見た瞬間、まるでお伽噺にでも出てきそうな恐ろしい顔を浮かべながら問いかける。
「……ナルのことなら、ここにはいませんよ。貴方に殴られていましたので“治療”をさせています」
「はぁ?!治療!?ふざけたこと言わないで!治療なんて必要ないってことわかってんのよ!?」
「必要かどうかはあなたが決めることではありません」
ユージンはイマラに告げると祖父母が連れてきた騎士たちに指示を出し、イマラを部屋へと戻らせた。
そしてイマラが勝手に外に出てこないよう扉の外で待機するよう指示を出すと、使用人の女性に顔を向ける。
「騒がせてすまないな。もう少しの辛抱だと思ってほしい。
……と、片付けるときには手を切らないように気を付けて」
使用人はユージンの言葉を聞くと顔を赤らめ頭を下げた。
ユージンは踵を返し、今できることのために屋敷を出ようとすると、後ろからデインが引っ付くようについてくることに気付く。
「ユージン様、今日があの日ですがどうしましょうか」
馬の蹄の音で聞き取りにくい部分があったが、それでも理解したユージンはデインに答えた。
「あの女は今日部屋から出られない。早めに店に行き様子を見ていてくれ。マントゥールの者に気付かれたら予約のキャンセルをしに来たとでも言えばいいだろう」
「畏まりました!」
ユージンは元気よく答えたデインから視線を逸らすと、まっすぐ前を向く。
「……………」
「……………」
「……………どうした?いかないのか?」
「あの……、ユージン様はどちらに?」
純粋な疑問なのか、それとも公爵当主の仕事がなくなったユージンが今どこに向かっているのか、ユージンに対して思うところがあるのかデインは尋ねた。
ユージンはデインに「………アリスのところだ」と小さく答えると馬のスピードを上げる。
「……あ、…別にいいのに…」
あっという間に小さくなった主の後姿にデインは呟いた。
何年も会うことが叶わなかったアリエスとやっと再会を果たし、そして気持ちが通じ、会おうと思えば会える距離にいながらも、今度は父親の再婚女性に苦しめられたユージンは、少し肩の荷が下りた機会を逃したくなかったのだろう。
そんな気持ちは恋をしたことがないデインにはわからないが、それでも進捗のない待ちの状態の今、恋人に会いに行こうとする主を咎める気持ちなんてない、寧ろ行ってくださいと気遣う気持ちしかない。
デインはきっとそんな気持ちは伝わってないだろうなと、耳を赤くした主人の姿を思い出し、イマラが予約したという店へと向かった。




