62 判明と避難先2
「……ナル、どうしたんだ?」
ユージンは悲しげな様子を見せるナルシスを抱き上げると理由を尋ねる。
ナルシスはユージンの首に腕を回し抱き着くと小さな声で答えた。
「……お姉ちゃん、ボクのこと嫌、なのかな?」
「え!?」
反応したのはユージンではなくアリエスだった。
アリエスは小さくとも答えたナルシスの言葉を聞き取り、シリウスを追いかけ回すことはやめてナルシスに近寄る。
「嫌なわけないでしょ!?」
「…でも…」
「私がお兄様を怒ったのは私をのけ者にしたからよ」
「…のけもの?」
首を傾げるナルシスに、アリエスは口にした言葉を少し変えてもう一度伝える。
「うん。除け者っていうのは仲間外れっていう意味よ。お兄様とユン、そしてナルシス君も知っていたのに、私だけナルシス君が家で暮らすことを知らなかったもの、自分だけが知らないのはさみしいでしょ?」
「……ボクが嫌なわけじゃなかった?」
「嫌じゃないわ。寧ろ楽しみよ!」
ナルシスは屈託のない笑みを見せたアリエスに頬を染めると嬉しそうに笑った。
悲しげな雰囲気が消え去り、アリエスだけでなくユージンにシリウスも安堵した。
「……じゃあアリエス、すまないがナルシス君を部屋に案内してくれないか?」
シリウスの言葉に「わかった」と告げるアリエスの言葉を遮るような形で割り込んだ人物がいた。
その人物に困った表情を見せつつも「どうしたんだ?」と理由を尋ねると、その人物はユージンにぎゅっと抱きつく。
「……お兄ちゃんがお家に帰るまでボク、お兄ちゃんと一緒にいたい……。だってしばらくまた会えなくなるんでしょ?」
ユージンはナルシスの言葉に一度口を閉じた。
もともとユージンは暴力を振るったイマラを目撃し、ナルシスに危険な場所から離れ安全な場所にいて欲しいとお願いしてアリエスのもとに来たのだ。
ナルシスは母親と離れることは寂しかったが、それでも初めて手を挙げられたことが衝撃的で、そして恐ろしいという恐怖心が大きく、ユージンの提案に頷いた。
自分を助けてくれて、そして初対面の時から優しい人だと感じたユージンの言葉なら信じると、ナルシスは思ったのだ。
ナルシスはまだ6歳の子供だが、それでも子供なりに状況を理解していた。
自分を好いてもいない母親と、病弱な父親。
ナルシスが物心つく頃にはすでに毒に侵されていたセドリックはナルシスに病弱だと認識されていた。
そんな体でも仕事をしている姿は格好良く映ったが、無理はしてほしくないと自ら距離を取ろうとし、ナルシスは進んでセドリックに話しかけることはなかった。
そして母親であるイマラは都合のいい時だけナルシスを利用していたが、それでも好いてくれるのならとナルシスはイマラの言うことをよく聞いていたのだ。
褒められなくても、感謝されなくても、いつか自分に関心を持ってくれるのなら、そして自分を好きになってくれるのならと期待していた。
でも頬を初めて叩かれて、イマラにそんな期待は無駄だと本能的に理解したのだ。
そして出会ったばかりではあるが、唯一自分を心配し、助けてくれたユージンに絶対的な信頼を抱き、ナルシスは両親と離れて暫くの間暮らすことを承諾した。
ユージンは自分と離れることを寂しがるナルシスの気持ちと、つい先ほど除け者にされ兄に詰め寄ったアリエスの姿を思い出した。
(…確かに、仲間外れはいけないことだな)
ユージンはアリエスがナルシスの相手をしてくれている間に、現在のデクロン公爵家の現状をシリウスに伝えようと思っていたのだ。
本来ならば家の恥ともなることは他家の者に話すべきではないと理解しているが、それでもアリエスに伝えたい気持ちと、アリエスの家族を信じる気持ちが強かった。
そしてまだ幼い子供に、自分がこれから何をしようとしているのか、母親と子供を完全に切り離そうと予想できる話をナルシスの前でするべきことではないと理解していたが、それでも今こうして自分を好いて、ついてきてくれたナルシスを思うと自身の考えを覆した。
「…わかった。案内は僕が行ってからしてもらうといいよ」
「いいの!?」
「ああ。だけど条件があるよ。とても難しい条件だ」
「条件…?」
喜んだナルシスはユージンの言葉に笑みを消し、不安な気持ちでユージンを見つめ首を傾げた。
ユージンは口元の笑みを維持したまま怖がらせることがないよう、だが真剣な声色で告げる。
「僕が今から言う話を聞いていてほしい。理解できなくてもいいから。そして、自分がこれからどうしたいかを、この家にいる間ゆっくり考えてほしい」
ナルシスはユージンがなにをいっているのか分からなかったが、それでもユージンの真剣さが伝わりコクリと頷いた。
「わかった。ボク、ちゃんと聞く。そして考える」
ユージンはナルシスの答えを聞くと満足気に頷き、抱き上げていたナルシスをソファへと下ろしたあと座った。




