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60 父の容態2





死んだようにぐっすりと眠った状態のセドリックの睡眠の邪魔をしないようにと、閉じられた遮光性のあるカーテンにより部屋は暗く、唯一の光はそばで様子を見ていた医者が持つ手元を照らすランプのみだった。

白い白衣を着た医者は部屋の内側にある一つの扉で繋がれた入り口が開いたことで、漏れた光からユージンと執事の姿を確認すると立ち上がり、ソファとテーブルが設置された隣の部屋へと移動する。


広いソファに眠らせたナルシスに気付くと、医者は一人掛け用のソファに座り、ユージンと執事はナルシスが眠っている反対側のソファに腰を下ろす。

ユージンは早速診断結果を尋ねた。


「父上の状態はどうですか」


ユージンの質問に医者は眉を潜めながら答える。


「正直……かなり深刻ではありますが、このまま十分に安静にしていただき栄養のあるものを取っていただければ、これ以上悪くなることはないかと……」


医者の言葉に二人はほっと安堵した。

イマラを遠ざけ、セドリックに療養を専念してもらえばいいと安直に考えたからだ。

だが医者は表情を暗くし、俯きがちに目を閉じる。


「ですが摂取した成分の特定が難しく、薬の調合が出来ないのが現状です」


「……先ほど、悪くはならないとおっしゃっておられましたが…」


「今のところ、の話です。排泄物を解析した結果、不純物が含まれている確認がとれたことから、公爵様が摂取した毒、…成分は排泄しにくいと呼ばれている生物蓄積にあたる物質ではないように見受けられました……。

それでも長期的に摂取し続けたことを考えると今すぐにでも大量に排出できるよう、成分の特定を急ぎ、排泄を促す薬を調合しなければなりません」


「排泄を促す、というのは一般的に売られている下剤……などではダメだということですか?」


医者は質問に頷くと話しを続けた。


「もちろんです。薬といっても構成されている成分によって、副作用の可能性が否定できないことは知っておられるかと思いますが、公爵様が摂取した成分がわからない以上予想されている副作用以上の症状が現れる可能性があるのです。

その為、薬を投薬する前には成分の特定が必須になります」


「つまり、現状手詰まりか……」


ユージンが呟くと、執事がいう。


「あの、確認された不純物から毒の成分の特定は不可能なのですか?」


「できなくはありませんが、特定には長い時間がかかるでしょう。分析には確証を得るためにまず事例となる物質との比較をしていきます。

何千何万もある物質を一つずつ確認することを考えるだけで、どれほどの時間が必要になるか……。

もっとも確実で早く特定する為には、その成分を使用した本人に確認することです」


医者の言葉に二人は言葉を詰まらせる。

それが出来るのならばそうしているからだ。

セドリックを陥れた原因となったものを特定しない限り、イマラを追い詰めることは出来ない。

ワイングラスという怪しさ満点の品はあるが、確実的な物的証拠品としての価値は低かった。

体に悪い成分を含んでいると、まだ証明されていないからだ。


「……あの女がどこに依頼をしたのか、それがわかればよかったのだが……」


苦々しく口にするユージンに、執事は悲し気に表情を歪ませた。


「申し訳ございません……。当時は旦那様の再婚のため、他家の出入りが多くございました。

奥様は受け入れてくれた旦那様に感謝の意を伝えると、我々も知らぬ場所で公爵夫人として割り当てられた費用ではなく、個人資産から支払われてしまいましたので、業者の特定が困難に………」


「はぁ、最初から仕組まれていたってことじゃないか…」


「面目ございません…」


頭を下げる執事にユージンは「まぁいい」と話を終わらせた。


「医師よ、特定が出来たら真っ先に伝えるから、どうか父上をよろしく頼む」


そうして頭を下げたユージンに、医者は執事との会話を聞かないように必死に耳を押さえていた手を下ろし、患者と患者の家族を安心させるような笑みを浮かべたのだった。




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