58 救出
注意されると普通なら焦るだろうと考えられるものだが、使用人の行動はユージンの想定とは違い、大変嬉しそうに顔をほころばせた。
ユージンはそんな使用人の反応を不思議に思い、声をかけようとしたところで金切声のように、耳と頭に悪そうな声が聞こえてくる部屋へと目を向けた。
「あ、あの……中にナルシス様が……」
目尻に涙を浮かべた使用人の言葉にユージンは察した。
中に弟であるナルシスがいること。
そして怒声を浴びせられていること。
十三という大人にも遠いまだ未成熟者であるユージンの腕にも収まるほど小さな子供が、今恐ろしいものを目の前にしていることをユージンは察したのだ。
ユージンは両開きの扉を開け放つと、部屋の中の状態を確認した。
眠ることが出来なかったのか目の下にははっきりとした隈を作り、自身で搔きむしったのかボサボサの髪のまま、服も着替えていない状態のイマラが手を高く振り上げて立っていた。
そしてイマラの目の前にはぼろぼろと涙を流し、だが声が漏れないよう必死で口元を両手で押さえるナルシスの姿があった。
イマラはユージンに気付くと目を泳がせ焦るような様子をみせたが、すぐに口角を上げる。
「躾けよ!躾をしていたの!」
ユージンは思った。
手を上げ、暴力で恐怖を覚えさせることの何が躾かと。
だが、ユージンもナルシスと同じくらいの年齢の時にはイマラに殺されそうになったことがあったと思い出すと、なにをいっても理解はしてもらえないだろうなと、開きかけた口を閉じた。
「……大丈夫、ではないよな」
ユージンはナルシスを抱き上げると、真っ赤に腫れ上がる頬を見て眉を顰める。
ナルシスはユージンの顔を間近でみると大きな目から大きな粒の涙を流し、「うわあん」と声を上げながら泣きついた。
ユージンはそんなナルシスの背中をあやすように撫でると、何事もなかったかのようにイマラの部屋から出ようとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
咄嗟に引き留めようとするイマラにユージンは振り返った。
「……なんですか」
「な、なんですかって……、勝手に連れて行かないで!私はその子の母親よ!?」
「母親……?」
ユージンはイマラの言葉を口にすると、自身の生みの親であるデメトリアの姿を思い出した。
デメトリアはいい母親だった。
ユージンに赤子の時の記憶はないが、それでも記憶の中のデメトリアは常に笑みを浮かべ、優しい表情で見守っていた。
外に出かけるときは手を繋ぎ、一人で行動したいときには心配しながらユージンに注意してほしいことをしっかり教え込む。
出来たことには褒め、失敗したときには慰めてくれた。
イマラのように、手をあげて恐怖心を与えられたことなど、一度もなかった。
「………貴方の教育方針は斬新なものですね。とても真似できないし、これが公爵家の教育だと思われては不愉快です」
ユージンは冷静に告げるとそそくさと部屋から出た。
イマラはユージンの言葉にすぐに反応できず、言葉の意味を理解した時にはユージンが部屋から出て、扉が閉められた後だった。




