57 救出
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デクロン公爵家で働く使用人は、イマラ公爵夫人の部屋を通りかかった際バチンという音を耳にした。
物同士がぶつかりあった音や落としたに生じる音とは違う、特徴的な鈍い音を聞いた使用人は“もしかして”という疑問を抱く。
「ね、ねぇ…、今、奥様の部屋から聞こえた、わよね?」
「う、うん……」
「私、ナルシス様が部屋に入ったところみたんだけど……」
「やだ、変なこといわないで、…流石に子供に手をあげたりなんて、しない、でしょ…」
「そ、そうよね……、今までだって、手を挙げているとこ、見たこと、ないし……」
否定しながらも使用人の女性は顔を青ざめ口元を引きつらせていた。
使用人の女性がはっきり自信を持って否定できなかったのには理由がある。
恐る恐るイマラの部屋へと近づいた使用人は、扉を開けて確かめはしないものの、扉に近づき耳を澄ませると中から荒々しく声を上げるイマラの声が聞こえてくるからだ。
子供の泣き声は聞こえてこないものの、イマラの不機嫌な様子とナルシスがイマラの部屋へと入ったところを目撃したことを合わせると、嫌な予感が頭をよぎる。
正直同じ使用人だったとはいえ、当時は下級使用人として割り振られていたイマラより立場は上だった女性たちは、イマラが公爵夫人になったことで、今では完全に立場が逆転している。
デクロン公爵当主であるセドリックに見初められたわけではないにしても、それでもイマラの立場は公爵夫人。
使用人として働いている女性たちは、中で何が行われていたとしても、勝手にイマラの部屋の扉を開け確認することは出来なかった。
それでも、もし中で虐待されているのなら……、そう思うと早く気の所為と思い離れたいと考えている筈なのに、足が床に縫い付けられているかのように離れない。
使用人の女性たちは引きつる口元を無理やり笑みに変えながら、泣きたい気持ちになっていた。
そんな時だった。
「………どうした?」
絹の糸のようにやわらかそうな銀髪に青天を思わせる鮮やかな青色の瞳で、不自然に立ちすくむ女性たちを見つめながら一人の男性が現れた。
ユージン・デクロンは手も足も止まっている使用人に眉をしかめながら近づく。
ユージンはナルシスからの重要な証言を元に、セドリックへと仕掛けられた凶器はワイングラスであることを絞るとすぐさま執事へと情報を共有した。
昨晩イマラの行動であたりをつけたといっても、確実に証拠を掴むためには全てを確認する必要があった。
棚にあった食器類は皿といってもいくつもの種類と数がある。
数が多ければ多いほどに、凶器として使用されていた証拠品にたどり着くには時間がかかる。
だがそれもナルシスのお陰で一つへと絞ることが出来たのだ。
ワイングラス。
しかもイマラがセドリックに贈った特注品である。
執事の話ではセドリックに症状が現れる前からも使用していたグラスということ、そしてグラスに注がれた状態で毒物反応があるか確認したが、反応がなかったということで現在は気にも留めていなかったそうだ。
どんなカラクリを使ったのかまではわからないが、それでも現段階では一番怪しい証拠品であることは間違いない。
ユージンはワイングラスを念入りに調査するよう指示を出した後、セドリックの元に向かう為移動していた。
書斎の仮眠室から、ゆっくりと休めるよう寝室へ運ばれ、セドリックの診療のために医者が足を運んでいる。
その為、セドリックが今どのような状態なのか、診断結果を聞くためユージンは寝室へと向かっているところだった。




