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54 失敗した隠蔽現場




ユージンはウォータ家から戻ると、厨房に灯る小さな明かりに気付いた。


同じ王都に屋敷を構えているとはいえ、爵位の違いから屋敷を構えていた場所には距離がある。

しかもウォータ家は比較的最近王都に屋敷を構えたため、王都に建てたといっても端に近い土地を選択せざるを得なかった。


既に陽が沈み、夜といっても過言ではない時間帯にウォータ家から出発したユージンは、デクロン家に到着するころには皆が寝静まる深夜になっていた。

そんな時間帯に仄かに灯る明かりはなんとも不自然だと思ったユージンは、馬から降りるとまっすぐ厨房へと向かう。


厨房に近づくとカチャカチャと何やら金属めいた小さな音が聞こえてきた。

何の音だと忍び足で近づいたユージンは、そっと厨房の扉を開く。


音を立てずに静かに開けられた扉は、厨房に潜む人物には気付かれなかったようで、カチャカチャという音は今だに続いていた。


暗闇の中馬を走らせ帰ってきたユージンにとっては、この暗闇の中でもはっきりと見えていた。

だが厨房でなにか怪しい動きをしている人物はそうではないのか、小さな明かりだけを頼りにしているためか、なかなかうまくいかないのだろう、金属の音は次第に激しくなっていく。

ユージンは扉の隙間から犯人を確認した。


イマラ・デクロン。

現在はデクロン公爵夫人として、ユージンの父親であるセドリックの再婚相手となった女性だった。


ユージンは注意深くイマラを観察すると、どうやら鍵がかけられた食器棚を針金を使って開けようとしているところだった。

ユージンは口元を上げると、静かに扉を開けた。

今度は足音を鳴らしながらイマラに近づく。


イマラは足音に気付くと持っていた細長い針金をポケットへと忍ばせ、蠟燭を片手に振り返った。


「こんな深夜にこんなところで何をしているのですか?」


ユージンに尋ねられたイマラはバクバクと心臓が鼓動した。

アリエスのようにユージンの顔面に見惚れたわけではない。

自身の行動がどれだけ不自然なものであるのかを自覚しているからだ。


そもそもユージンが帰省して二日も経っていないが、それでもこの短期間にセドリックを弱らせた原因を突き止めるために、様々な部分を調査するように指示を出している姿をイマラもみていた。

ユージンの行動を邪魔してもいいが、そもそも何故ユージンが行動に出たか、原因を考えるとそれは出来なかった。

公爵夫人として、セドリックを心配するかのような態度を見せなければ、完全に犯人だと疑われてしまうからだ。

今は証拠も見つかっていない。

だが証拠は自分の手元にはない。

だからこそ迂闊な行動はできなかった。


しかも厨房は特に念入りに確認している場所なために、このような深夜遅くで且つコソ泥のように忍び込む姿は、学がないものでも怪しいと思えてしまうだろう。


イマラが立っている場所は食器が並べている棚の前で、小腹がすいて、という言い訳も食材が保管している棚は向かい側にあるため通じるとは思えなかった。

一体どうすればこの状況をうまく抜け出せるのか。

ごくりと唾を飲み込みながら、イマラはポケットへと隠した針金をギュウと握った。


「………もしかして、お腹が空いたのですか?」


「え……」


イマラはユージンの思いがけない言葉に目を開き瞬かせた。


「それともグラスをとろうとしているところから見ると喉が渇いたとか?」


イマラの後ろをちらりとみて、見当違いの憶測を並べるユージンにイマラは「そう!」と、思ったよりも大きく発してしまった声量を落とし、再び同意する。


「…そうよ。喉が渇いたの。こんな時間に使用人たちを起こすのも悪いでしょ?だから自分で来たんだけど、グラスが収納されている棚には鍵がかかっていて取り出せなかったのよ」


「あぁそういうことだったんですね」


イマラは安堵した。

といっても目の前にユージンがいて、そしてこの場に留まっている以上心からの安心はできなかったが、それでもこの場に何故いるのか、その理由を誤魔化せたと思えた。

ユージンもイマラの言葉を聞いて納得すると、別の棚に向かい鍵が掛かっていない棚からグラスを一つとる。


「そこは父上や僕たちが使う食器を保管する場所ですからね、鍵が掛かっているのは当然です。使用人たちが使う食器棚なら鍵は掛かっていませんので、次からはこちらをご利用ください」


はい、とユージンはイマラにグラス渡すと笑みを浮かべた。

イマラはユージンの完璧な笑みを見ると、ぞくりと背筋が凍るようななにかを感じたが、この場を抜け出したい一心で渇いてもいない喉を潤わせ、足早に自室へと戻っていく。


ユージンはそんなイマラの後姿を見送った後、浮かべていた笑みを消し、イマラが開けようとしていた食器棚へと視線を向けた。


「……ここか」


ユージンは遂に証拠を掴めたと確信した。

アリエスの話を聞いていなければ、今頃イマラを問い詰めた結果、もしかしたら誤魔化されてしまっていたかもしれない。

流石にその可能性は低いが、それでも確実に証拠を掴み、イマラがなにを企んでいるのか、それを調査する時間は明らかに足りなかった。

だがユージンがイマラの警戒をとき、冷静に対応したからこそ確実に証拠を掴み、調査する時間も確保できたのだ。


ユージンは小さく呟くと執事のもとへ向かい、ぐっすりと眠っているところを無理やり起こした。

そしてアリエスから仕入れた知識と先ほどのイマラの行動を簡潔に伝えた後、すぐに棚にあった食器を調べるように指示を出す。

それもイマラに気付かれることなく内密に進めるように、だ。


疲れているだろうユージンは全く疲れている様子も見せず不敵な笑みを見せると、今度はセドリックの仕事場である書斎へと向かったのだった。






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