53 イマラの恐怖
※お願い※
ある材料名が出てきますが、実際にはないファンタジー設定です。
(作者のネット検索結果では出てきませんでしたので、創作できた名称だと思っていますが、もし存在しているとしても、想像上の材料名だと広い心で受け止めてください)
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イマラは考えた。
セドリックを落ちぶれさせてしまっては贅沢はできなくなる。
かといって何もしなければ、体を許してしまった男に真実をバラされてしまうかもしれない。
そして何の運命のイタズラか、ある材料がイマラの願いを叶えてくれる物だと知ることができた。
トラエルという人工的に作られた材料は、無色透明で無味無臭の液体である。
一定量を長期間、体内に取り入れることで軽度な中枢神経系の障害を引き起こす可能性があると言われているが、経口摂取をした場合という条件があるため、食器や調理器具といった使用用途に利用しないことを条件に使用を許されていた。
現に一般的な額縁や花を生ける花瓶等にもトラエルという材料は使われている。
そしてイマラの希望に応えるかのように、想定されている障害は中枢神経系といっても脳に損傷を与えるものではなく、人間の三大欲求ともいわれる睡眠、食欲、性欲を伝える脳からの信号を妨げるものと言われているのだ。
つまり公爵当主としての仕事に穴を開けるものではない。
しかも更に都合がいいことに、このトラエルとよばれる材料は水には極めて難溶だが、アルコール類には可溶であることから、食事の席に出したとしてもトラエルを使用していることなど知られる可能性がかなり低かった。
イマラは公爵夫人となった時点で、置物だと嘘をつき、職人にワイングラスを依頼した。
ゴテゴテで見る者を選ぶデザインのグラスをセドリックに贈り、しばらくの間は水を注いで食事の席に出すように指示をしていた。
セドリックに体調の変化がないことを印象付けたイマラは、久しぶりにお酒でもどうかとアルコール度数の低いワインを勧め、グラスに注ぐ。
イマラは自分が正式な公爵夫人であることを、セドリックならびに使用人たちにも認められていないことを知っていた。
だからこそグラスに問題がないことを印象付けてから、確実にワインへと注目させるべく、イマラ自身がワインを選んだ。
イマラの予想通りセドリックに贈ったワイングラスは水を注いだ状態で調べられ、毒物反応はないことを確認された。
つまりグラスには何ら問題ないと判断されたのだ。
そして今度は確実にセドリックに毒物を摂取してもらうために、絶対に毒物反応が出ないワインを用意し、使用人たちを安心させた。
そして水ではなくアルコールを注いだワイングラスから人体に有害な成分がワインへと溶け出し、セドリックは知らないうちに少しずつ毒物を摂取していった。
少しずつ容態を変えたセドリックは、イマラの想像通り麗しい見た目を変えていき、睡眠不足で思考に回らなくなったセドリックは仕事の時間を増やし、そして公爵邸に関することをイマラに任せるようになった。
全てが順調に進んでいた。
それなのに、今更邪魔をするものが現れたのだ。
ユージン・デクロン。
デクロン公爵の唯一の令息である。
ユージンは公爵邸に戻ってくるとすぐに指示を出した。
食材の仕入れ先の見直しや、調理の工程、配膳までに関わる全ての人物の持ち物検査も行われた。
イマラは怯えていた。
まだ食材に目がいっているとはいえ、それがいつ方向を変えるか分からなかったからだ。
いつ食器に向けるか、いつイマラが贈ったワイングラスに目を向けるか。
イマラはユージンが戻ってからビクビクと震えていた。
そしてイマラは決意する。
怯える時間があるのなら、すぐに原因をなくしてしまえばいいのだと。
なにをまだ成人にもなっていない子供にビクついているのか。
爵位を継いでもいないただの子供が何を言ったとしても、証拠を隠滅してしまえばそれまでだ。
イマラはそう意気込み、自身に喝を入れた。
夜遅く、皆が寝静まった後イマラは部屋を抜け出すと、厨房へとやってきた。
目立たないように、そしてすぐに明かりを消せるように、小さな蝋燭に火を灯していた。




