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52 イマラの過去




■■■■■■■■■■■■■■■■■


現公爵夫人であるイマラ・デクロンは顔を青ざめさせていた。


領地へと追いやられていたデクロン公爵家長男であるユージンは今の今まで家に寄り付かなかった筈なのに、何故か王都に構えている公爵邸で暮らすようになっていた。

公爵邸は王都にあるため決して通えない距離ではない筈なのに、今は学園にも通わず、あれやこれやと使用人に指示を出し、せっかく思い通りの“仕事だけをする人形”にしたセドリックを“保護”し始めたのだ。


このままではマズイと、イマラは考えた。

何故ならセドリックをこの状態にしたのはイマラだからだ。


イマラはセドリックと一夜を過ごす前、別の男と共にいた。

その男とはデクロン公爵家とは親戚関係のマントゥール侯爵家の者だ。


マントゥール侯爵家自体はあまりいい噂をきかないが、それでもデクロン公爵家との繋がりがあるためなのか、経済的な面だけで言えば非常に豊かであるとイマラは思い出した。


そんなある日、デクロン公爵家でメイドとして働いていたイマラは声をかけられる。


公爵夫人だったデメトリアスが亡くなったことはすぐに親戚に当たる間柄の人たちに伝えられ、たくさんの人がデクロン公爵家へ弔問に訪れていた。

その時イマラはマントゥール侯爵家の者に声をかけられたのだ。


貴族といえども爵位の低い男爵の娘だったイマラは、手を痛めるような仕事は任されることはなかったが、それでも家事労働を任される下級使用人の分類に割り当てられていた。

だからこそ自分よりも爵位の上の者、しかもお金持ちな男性に声をかけられ夢を見てしまった。

自分にも巷で流行っている小説のような展開が起こるのではないかと、そう期待したのだ。


そしてイマラは抱かれた。

だがイマラを抱いた男は一夜限りのつもりで、イマラを側室として迎え入れるつもりも、愛人に囲うつもりもなかった。

体を許してしまったイマラは男性に不満をぶつけると男性はいった。

『今なら既成事実だっていえば受け入れてもらえるんじゃないか?アイツ真面目だし』

冗談めかしながら笑う男は更に言葉を告げる。

『俺だってあいつと親戚なんだから血は繋がってる。子供を産んでもバレねえだろ』

と。

女であるお前にそんな度胸はねえだろうがな、と高笑いを上げた男にイマラは殺意に似た感情を抱いたが、すぐに男の言葉に考えを変えた。


妻を亡くし、酒に逃げたセドリックは我を失っているといってもいいほどに荒れていたのだ。

ここで寝室に忍び込んだとしても、セドリックに連れ込まれたと嘘を伝えても怪しまれることはないかもしれない。

すぐに受け入れられずとも、男の言う通り、遠い親戚であってもセドリックの血だって少なからず混ざっているだろう。

全く似ていない子供がうまれてくる可能性は、きっと低い筈だとイマラは考えた。


そしてイマラは衝動的にセドリックの寝室に忍び込み、乱暴に服を脱ぎ捨ててベッドへと潜り込む。

隣にセドリックが寝ていたが、泥酔し死んだように眠っていたため、クシャクシャにシーツを乱すことは余裕でできた。

勿論イマラがこういった行動に出たのは、セドリックに無理矢理関係を迫られたと言い訳するためだ。


イマラはセドリックの様子を見に来たメイドがやってくる時間を見計らい、慌てた様子で部屋を出て、まるで自分がセドリックに無理やり行為を迫られたかのように装ったのだ。


そんなイマラの行動を面白く見た男は、セドリックがメイドに手を出したとでまかせをいった。


デクロン公爵家の当主の座を狙っている者は多い。

男の言葉が真実でなくとも、同調する者は多くいた。

そしてイマラが妊娠したことがわかると、セドリックは再婚せざるを得ない状況に陥ったのだ。


勿論イマラも心から安心して公爵夫人として過ごすことはできなかった。

真実をバラされたくないのなら、セドリックを当主の座から退かせろと脅されたのだ。

だがイマラは公爵夫人になれたばかり。

せっかく働くことなどせず、楽に暮らすことができる生活を手に入れたのだ。

贅沢できる時間を、イマラは絶対に手放したくなかった。




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