47 久しぶりの実家
ユージンが声を張り上げたのは、デクロン公爵現当主であるセドリックが明らかにおかしかったからだ。
幼い頃の記憶ではあるが、それでも明らかに肉が削ぎ落とされたかのようにコケた頬。
誰もが振り返るほどの容姿で、切れ長な目は男前を助長していたはずなのに、肉が無くなったことから窪んだ目をギョロつかせ、男前な面影など見る影もなかった。
そして服の上からでもわかる骨のようにガラガラな体は、明らかに健康状態を害しているはずなのに、書類を進める手は動いたまま。
ユージンは本来、アリエスとの婚約を許してもらいに来た筈だった。
だがこんな状態の父親を見てそれができないことはすぐに分かった。
ユージンは泣きながら震える執事にやっと視線を移した。
そして今の状態の執事からはなにも聞き出せないと悟ると、ユージンは今もなお仕事をする手を止めないセドリックの背後に回り手刀を食らわせる。
そしてやっと意識を手放したセドリックを担ぎ、隣接している仮眠室へと運んだ。
(……軽い)
まだ十三にもなっていないユージンは大の大人である父を担ぎそんなことを思った。
父に何があったのか。
自分がいない約七年の間に何があったのか。アリエスとの婚約話をセドリックにする前に、まずそれを知り、そして解決しなければならないと考えた。
静かに死んだように眠る父親の姿を見たユージンは、眉間にしわを寄せたまま仮眠室を出る。
涙を流す執事をソファへと座らせ、書斎の扉を閉めると執事の前に向かい合う形で座った。
「ゆっくりでいい、なにがあったか話してくれ」
執事は嗚咽を漏らしながらゆっくりと話し始めた。
「……旦那様は奥様、イマラ様に操り人形にされている、と思われます……」
“思われる”という言葉を選んで口にしたということは、執事の推測であり事実の証拠がないながらも、それでもそれが真実だと確信めいたように執事は話した。
そして執事の話を纏めるとこのような話だった。
話の最初はユージンがまだ王都にいた頃。
だが前公爵夫人であったデメトリアが亡くなったばかりの話だった為、こうして詳細な話を初めて聞くユージンは一切聞き逃すことがないよう前のめりになりながら聞いていた。
まず前公爵夫人であるデメトリアを亡くしたセドリックは酒に手を伸ばした。
生前からデメトリアには酒癖が悪いからと、あまりいい顔をされていなかったセドリックは普段飲まない酒を、この時ばかりは現実から逃げるように大量に飲んだという。
これは意識を失ってはいたがユージンも知っていることだ。
妻を失ったセドリックが悲しみから目を背けるため、ユージンの目の前にいる執事も他の使用人たちも見て見ぬふりをしたときいている。
だがその際、一人のメイドと過ちを犯した。
たった一度の過ちは子を成し、責任を感じたセドリックは再婚し子供を産ませた。
「……どこの貴族と、と思ってはいたがまさかメイドとは…」
ユージンは痛む頭を押さえた。
メイドと言ってもデクロン公爵家に仕えている使用人のほとんどは貴族の者が殆どだ。
だが下働きとして平民も雇っている。
酒を飲んでいたセドリックと肌を合わせたということは、仕えている主人と顔を合わせることが許されていない平民ではなく貴族なのだろうが、それでも初めて知る事実にユージンは頭が痛くなった。
誰か一人でも教えてくれていたのなら…。
そう思いはしたが、当時はそういかなかったのだろう。
母を亡くしたユージンの失意に沈む様子を見れば、“貴方の父親はメイドと体を繋げました。”“これから新しい母はこの家で働いていたメイドですよ。”などといった言葉を言えるわけがない。
それに再婚した時にはイマラは腹を大きくし、体に負担をかけないよう安静にしていたため、ユージンとの関わりはほとんどなかった。
不安定なユージンを思えば、誰がイマラの話を積極的にしたがるものか。




