46 久しぶりの実家
とにもかくにも様々な人間の心の広大さ(?)から、カリウスとアリスは学生生活を送ることを許されていたのだ。
だが下手なことは起こさないよう、王家の影がアリスを監視し、そしてカリウスの家は密かに令息を監視した。
その結果アリスとカリウスがデクロン公爵夫人に接触した事がカリウスの実家であるプロント伯爵からウォータ伯爵に、そしてアリエスとユージンに伝わった。
勿論ユージンは既に怪しい人物としてアリスを想定していたために然程驚くことはなかったが、それでも男爵の娘でしかも元平民の言葉で父が動くものかと重要とは考えていなかった。
例えアリスが関わっていたとしても、結局は父を説得しなければ先に進めないことは変わらないため、ユージンは学園が休日を迎える日、朝早くから出かけ王都にあるデクロン公爵邸へと向かったのだ。
久しぶり、といっても学園に入学する際、再婚相手でもあるイマラが公爵家を落ちぶれさせていないか、それを密かに確認しに訪れたきりだったユージンは、迎えた執事に父の場所を尋ねた。
コツコツと綺麗に磨かれた大理石の床は革靴を履いたユージンの足音を響かせ、その音によってユージンの帰りを知った使用人たちは深く頭を下げる。
ユージンは後ろをついて歩く執事をちらりと横目で確認すると尋ねた。
「変わりはないか?」
現状維持を保っている筈の公爵家の経済状況は今はどうなっているか、ユージンはそういった意味で問いかけたが執事は言葉を詰まらせた。
そして徐々に涙を浮かべ、苦労してきたのだろう新しく増えた皺を深くさせ、その表情を歪ませた。
ユージンは足を止め、執事を振り返る。
「……どうしたんだ?なにかあったのか?」
「…それは、旦那様に……会っていただければ、お分かりになります…」
執事はそう告げると顔を俯かせながら肩を震わせた。
ユージンが実の父と顔を合わせたのは今から六年、いやもう七年になろうとする程前のことだ。
再婚相手のイマラの手から逃れるため、そして後継者教育として扱かれる為に早い段階で領地へと送られたのだ。
それから一度も父親にあっていなかったユージンは、執事の言葉と態度に困惑する。
何故なら前回、デクロン公爵家に訪れた際執事はセドリックの状態について何も言及することはなかったのだから。
ユージンは俯く執事から、周りを見渡すように視線を巡らせた。
よく見れば使用人たちの表情は暗く、笑みを浮かべるどころかどこか硬い。
ユージンはゴクリと唾を飲み込み執事の言葉を確認する為、父のセドリックがいる書斎まで足早に移動した。
ドアノブに手をかけ、細かい装飾が施された扉を不作法だがノックもなく開ける。
普通ならば、このような行動をとった人間を叱咤するのが当たり前の行動だろう。
だがユージンの父、セドリックは何の反応も示さなかった。
ただただ俯き手を動かし続けていた。
気密性の高い書類ではないのだろうか。
ユージンはそのような考えが浮かんだが、ちらりとも視線を寄越さないセドリックの様子に、扉が開けられたことすらも気付いていないのではないかと、どこか様子がおかしい父親の姿を見つめた。
そしてその違和感を知る。
「……これは、どういうことだ…」
ユージンはセドリックから視線をそらすことなく執事へと問いかけた。
近くに控えているだろう執事に対しての問いかけだが、執事は何も答えなかった。
いや答えられなかった。
泣いているのか、それとも泣くのを我慢しているのか、押し殺すような声を漏らす執事はユージンの問いに答えることができなかった。
だがユージンはそんな執事に気付いても今の状況、そしてこうなった経緯を知らなければいけない。
「答えろ!一体どういうことだ!?」
だからこそ、声を張り上げた。




