45 アリスとカリウスの今
■
「なんでなのよ!」
アリス・カルチャーシは苛ついていた。
ユージンとアリエスの婚約話を、ユージンに敵意を抱いているデクロン公爵夫人であるイマラに告げ口することで、アリスは自分が動かなくても楽に婚約を取り下げることができるだろうと考えた。
アリスの読みは当たり、イマラはアリスからユージンとアリエスの婚約話を知った後すぐに動いた。
だがイマラはアリスとは違う思考で取り下げることを考えていた。
アリスはユージンを公爵の籍のまま男爵家に婿養子としてアリスと婚姻することを望んでいたが、イマラは裕福且つ伯爵令嬢であるアリエスがユージンと婚約することによって、ユージンの後継者としての資格を更に強固なものとなるのではないかという不安に駆られた。
何故ならウォータ領で採掘された宝石はどれも透明度が高く、社交界に顔を出したことがないイマラでもその質の良さは一目瞭然でわかるほどのものだった。
その為公爵家の婚姻相手として見劣りしない伯爵という身分、そして勢いがあり評判のいい領地の娘と婚約することは、贅沢が好きなイマラにも都合がいいと考えられたが、それでも後継者のことを思えば妥協もしたくない話だった。
イマラはデクロン公爵を継ぐのはユージンではなく、自らが産んだ子が継ぐべきだと考えているからだ。
つまりユージンの後押しをするような真似ごとをしたくないと、結果イマラはアリスの意を汲み取る形となったが、それだけだった。
イマラは自分の夫であるセドリック・デクロンにユージンが勝手に進めている婚約話をした。
好きにさせればいいと答えたセドリックだったが、イマラの嘘の供述を信じると眉を顰め、すぐにユージンが出した婚約申し込みの取り下げを行ったのだ。
ユージンの好きにさせてもいいという考えはあっても、セドリックは領地運営もまともにできない貴族とは縁繫がりになりたくないと考えていたからだ。
結果アリスの目論見通り、ユージンとアリエスの婚約話は取り下げられる結果となったが、それでもアリスは苛立ちを露わにしていた。
何故なら絶望に打ちひしがれているはずだろうアリエスは生き生きとした表情を見せ、ユージンといまだに顔を合わせ、交流をとっているからだ。
涙を流し、別れを告げるのならばアリスも最後の別れの挨拶として受け入れられようものだが、そうではない。
ユージンの父であり、デクロン公爵に認められるよう領地で採れる大きな宝石を手土産として相応しいか相談し、また爵位の違いなんて問題ではないのだといわんばかりに、侯爵家であるマリアとキャロリンに礼儀作法を学びなおしているアリエスの姿を見ていれば、まるで明るい未来があると考えていることが手に取るようにわかった。
だからこそアリスは前を向き続けるアリエスに怒りが湧いた。
そしてユージンと今だ仲睦まじい様子を見せるアリエスに嫉妬していたのだ。
ギュウと握り潰されるような痛みが走る心臓を服の上から握りしめ、アリスは鋭い視線を楽し気に口角を挙げるアリエスへと向ける。
「…笑ってられるのも今のうちなんだから……!!」
そうしてアリスは離れた場所でアリエスを睨んでいた。
そんなアリスをカリウスは悲し気な眼差しで見つめている。
可愛かったアリスが変わってしまったように思えたからだ。
そして好きだった内面も、アリスを見ているうちにアリエスとは別人のように思えて、カリウスは頭が痛くなったように感じた。
「アリス……」
正常な人間であればアリスとアリエスは別人のため、内面も外見も違うということは当たり前のことだが、アリスの魅了の影響か、もしくはカリウスの脳がなんらかの信号を出しているのか、カリウスはアリエスとアリスは同一人物であると考えていたのだ。
その為カリウスはアリスを見て、好きだった内面も、可愛かった外見も、今では好ましく思うことが出来ず、それが辛かった。
そしてユージン・デクロンという顔だけの男に入れ込んでいるアリスとアリエスの姿をみるたびに悲しくなった。
お前は俺の婚約者なのにと、既に婚約解消は成立しているはずなのに、カリウスはいまだにアリエスと婚約が続いていると思い込んでいたのだ。
正直ここまでくれば学生生活も思わしくないことは誰が見ても明らかだが、王太子の護衛騎士候補から除外されたカリウスが貴族が通う学園からも除名されては流石に将来に影響が出るということで、“今後関わることがないのなら”とアリエスも承諾したことから学園に通い続けることが可能となったのだ。
そしてアリスも、ユージンに振られ苦しんでいるところをカリウスが連れて去ったことから、カリウスが相手という認識を持たれたことで、二人で仲良くしてねという意味で学園を追い出されることはなかった。
ちなみに王太子としては現代にもいる聖女として、魅了の効果はなくなってしまっても他の力はないのか、国の発展のために人体実験を王家で抱える科学者たちに任せるべきではないかと考えを述べたが、それは学生生活を中断してまでも行うべきことなのかと、まだ未成年の子供を擁護する意見があがったため、実験の話が“先送り”になったことをアリスは知らない。
本人がいないところでの話であるため仕方がないことではあるが、非常に珍しい存在であることは確かな為に、学園を卒業した後は逃れられないだろうと、一生涯を考えたらとても短い学園生活をせめて楽しんでねと、あの日かかわった人物やアリスへの処分を決めた者たちはアリスに対して同情的な部分を少なからず抱いたのであった。




