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38 お昼休み




そうして遂に訪れたお昼休み。

ユージンとアリエスは事前に約束していた通り、淑女クラスの棟にあるガゼボを利用していた。

ちなみにガゼボにも事前に予約をしておけば軽食ではあるが飲食を用意してもらえるために、改めて昼食を用意する必要はない。

席に着くなり運ばれてきたスリーティアスタンドに乗せられた軽食をユージンと摘まみながら、アリエスは早速本題に入った。


「婚約の取り下げだって!?」


一段目と二段目が綺麗になくなり、三段目に飾り付けられたスイーツのみとなった時、ユージンは信じられないと驚愕した表情でアリエスを見る。

アリエスはユージンの反応に安堵しつつも「どういうことか心当たりはある?」と尋ねた。

アリエスからすれば、婚約はユージンがいるデクロン公爵家からの申し込み。

それを取り下げることは普通はあり得る話ではないのだが、今回それが起こったのだ。

とはいえユージンも初耳であるから詳細は期待できそうになかったが、それでもアリエスは尋ねる。


ユージンは眉間に深く皺を刻みながら口元を形の良い綺麗な手で覆う。

国宝級な顔面はしかめっ面をしてもいい顔なのねとアリエスは本気でそう思ってしまった。

笑った顔、照れくさそうな顔、真面目な顔と、ユージンの色々な顔を見てきたアリエスだったが、本気で機嫌が悪そうな、そんな表情は初めて見るような気がしたからだ。


「………おそらく僕の父が取り下げたんだと思う」


「ユンのお父様が?どうして?」


「婚約の申し込みは父からのサインではなくて、僕をここまで育ててくれた祖父母にお願いしたものなんだ。

以前話したと思うけど、僕は父の再婚相手の女に殺されそうになったことがある。流石に父も見て見ぬ振りは出来ないと僕を祖父母の元へと送り出したんだが……、その父の対応に流石に僕も思うところがあってね。

自分にとって親は父よりも祖父母だといっていいくらい、家族としての信頼を祖父母に抱いているんだ。

そしてちょうどいいことに婚約の申し込みは必ず親や当家の主でないといけないという規則はない。

血の繋がりのある肉親ならば問題ないと知ったからこそ、僕は祖父母に頼んで君の父親に婚約申し込みを送らせてもらったんだ」


確かに貴族の中で婚約というものは利益が生まれるものの一つとして考えられている。

だから多少は家にもたらす利益を考慮し、息子や娘の婚約を決める親が多いだろう。

だが中には子供の幸せを一切考えず、まるで人身売買のように利益のみを期待して子供の婚約を決める親がいた。

不本意な死を遂げる事件が減るどころか増える要因に、貴族間での婚姻問題が挙げられたことから、親だけが婚約の決定権をもつという法律が見直されたのは、そのような子供の人権を守るために定められたものだった。


命を狙う女性を守るとはいえ、元凶を追い出すことを選択せず、寧ろ跡取りでもあるユージンを追い出したデクロン公爵に、親としての不信感を抱いたユージンは祖父母に婚約申し込みの手続きをお願いしたのだろう。

一度ウォータ伯爵との縁をバッサリ切ったことがある過去があるため、ユージンはデクロン公爵に一切伝えることはしなかった。

寧ろ隠し通した上でアリエスとの婚約が成立してしまえば、こっちのものだと考えているようだった。

なぜなら成立してさえすれば、婚約解消には当人の署名も必要だからだ。

だからアリエスはカリウスに署名させる必要があったのだ。


「だけど取り消されたことを考えたら、……誰かが父に婚約のことを話したんだろう。

だけどいったい誰が……、あの女の子供はまだ六歳で学園に入学できる年でもないから、僕とアリスとの関係だって知らないし、あの女には慎みという言葉すら知らないような派手さばかりを重視する性格だ。

父上が社交界に参加させるようなことは流石にしていない筈……」


「…でも婚約取り下げということは、ユンのお父様は私との婚約を認めないということよね。絶望的だわ…」


アリエスはそう言葉にしながら息を吐きだした。

幼い頃と同じように、デクロン公爵家に対しウォータ伯爵家では利益なんてをもたらすわけがないと判断されていることを思い出していた。


そんなアリエスを見たユージンは、落ち込むアリエスの頭を優しい手つきで撫でる。

互いに誤解していたことを話した際に、アリエス含むウォータ伯爵家にデクロン公爵が書いた手紙の内容を聞いていたからだ。

“互いに釣り合う身分と婚約関係を結ぼう”というデクロン公爵の考えをユージンは思い出しながら、口角を上げた。


「…絶望的ではない筈だよ」


「どうして?」


アリエスは首を傾げる。

“貴方も反対されると思ったから祖父母にお願いしたんじゃないの?”と言っているようだった。




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