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37 約束の取り付け



「わかったわ!明日ユンと話をしてみる」


アリエスは気持ちを強く持つとシリウスに告げた。

シリウスは先ほどの動揺した弱気な態度を一変させ、覚悟を決めたように強い意志を感じさせるアリエスを見るとコクリと頷く。


シリウスはアリエスのように王太子の婚約者や侯爵令嬢といった高位な貴族との繋がりを持ってはいないが、それでもコツコツと人脈を広げたおかげで貴族だけではなく平民にも交友を広げていた。

ユージンが関わっていないとなれば取り下げはデクロン公爵が行ったものだろう。

そもそも婚約の申し込みがされたということはデクロン公爵か、または親代わりに近い存在の署名が必要だ。

勝手にアリエスとの婚約を取り消された経験を持つユージンは、父親であるデクロン公爵ではなくその祖父母の署名をもってウォータ伯爵に申し込みしたと考えられる。

一度婚約が成立してしまえば、婚約解消するためには当人同士の同意も必ず必要になるからだ。


ならば誰かがユージンの婚約の件をデクロン公爵に告げたということだ。

勿論身内の存在がそうしたのであればわかる話だが、もし仮にアリエスの不幸を考える者の行動だとすれば、兄として見過ごすわけにはいかない。


シリウスは明日に向けて気合を入れる妹を見ながら、少しでも情報を仕入れてみせると決意した。





次の日、アリエスは学園に登校するとユージンの元へと尋ねた。

大切な話があると事前に予定を開けてもらうように話すためだ。

授業が始まってしまえば会えるのはお昼休みの時間帯。

そうなってしまえば一度食堂で顔を会わせる必要があるため、話をする時間を確保するためにも事前に顔を会わせておいたほうがいいと判断した。


アリエスはいつもよりも早い時間帯に登校したため、あまり人気がない廊下を靴音を立てながら歩いていた。

それでもユージンがまだ登校していないのではないかという不安は抱いていない。

よく話すようになってから、朝早い時間帯にユージンは学園に登校していると聞いていたからだ。


アリエスはユージンがいる一般クラスの扉を開けると、何かの本を読んでいるユージンの姿を捕らえた。

授業に使う教材か、それとも娯楽のための本か、いずれにしても何を読んでいるのかまではわからないが、あけられた扉に顔を上げることなく本に目を通し続けるユージンに近寄ると「おはよう」と声をかける。

ユージンは声をかけられたことでやっとアリエスの存在に気付くと、ぱっと明るい表情を浮かべ、ふわりと微笑む笑みを浮かべた。


「おはよう、アリス」


朝からこの顔面はキラキラ攻撃がえぐいと高鳴る心臓とにやける口元を抑えながら、やっぱり昨日の婚約取り下げの件は知らないようだと安堵する。


「どうしたの?僕に会いに来たの?」


「ええ、そうよ」


そう答えるとユージンは嬉しそうに頬を染め、席から立ち上がると自らの席にアリエスを座らせる。


「え、私すぐ戻るつもりだから…」


「それでもここまで僕の為に来たんだろ?座ってほしいんだ」


ユージンの言葉にアリエスは苦笑した。

一般クラスと淑女クラスは棟自体別れていても、疲れるほどの距離はない。

それも幼い頃にユージンの教えを受け、成長した今でも体を動かすことを習慣化してきたアリエスなら、まず疲れることはないだろう。

だがそれでもアリエスを気遣うユージンの心優しさに、アリエスは断ることなく素直に受け入れた。


「嬉しいな。朝からアリスに会えるなんて」


「…あのね。私がユンに会いに来たのは話をしたかったからなの」


「話?」


ユージンは首を傾げた。


「そうよ。でも流石に時間が足りないと思うし、時間を気にせずにゆっくり話をしたかったから、お昼休みは食堂ではなくガゼボを利用して話をしたいと思っているの」


いい?とアリエスはユージンに尋ねるとユージンは不思議そうにしながらも了承する。

アリエスと共にいれるのならば断る理由なんてないという考えが、聞かずとも伝わってきそうだ。


アリエスは「ありがとう」と微笑むと淑女クラスへと戻っていく。

送り届けようと一緒に教室を出ようとするユージンをアリエスは断ったため、せめて見送りだけでもとユージンは去っていくアリエスの後姿を見つめていた。


後姿も可愛いなと、姿が見えなくなるまで見つめ続けたユージンは、少しだけ曇る表情を浮かべたアリエスを思い出す。


(一体、なんの話なんだろうか…)


アリエスの好みは成長しても変わらず、今もユージンの顔面に弱いことをユージンはしっかり把握していた。

アリエスの反応からして進めている婚約を今更無しにしたい、などという言葉は出ないだろうが、それでもユージンは不安だった。

何故ならアリエス側からの話ではないが、一度婚約話をなくされているからだ。

あれ程以上に胸をえぐられるようにつらいことはないだろう。


ユージンは考えた。

悩んでいた不安は解消され、毎日幸せそうに笑顔を浮かべるアリエスを思い浮かべる。

アリエスとの会話を思い出してみても、特段気になるようなことは言っていなかったはずだ。

一つだけ言えるのなら、エリザベスやマリア、キャロリンとの時間を婚約者に奪われているということだけだろう。

とはいっても奪われているのは昼休みの時間帯であり、授業が終ったあとは彼女らと過ごす時間を楽しんでいると話していたはずだ。

第一淑女クラスに比べ授業内容が多い一般クラスでは時間帯が合わない。

ユージンとの時間だって昼休みの時間帯を利用しなければ会うことは難しいだろう。

正式に婚約者に決まっていない以上、学園外で過ごすことも難しい今、逆にユージンはエリザベス達がアリエスと過ごさなくて有難いくらいである。


ユージンは出ない答えを考えながら、次にアリエスに会える昼休みまで悶々とした気持ちで授業を受けたのだった。





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