20 対応策
「そ、それで!?」
アリエスは大きな声を上げながら真っ赤に染めた顔を上げた。
そしてユージンと目が合うと、ぷしゅうと空気が抜けたように再び顔を俯かせる。
そんなアリエスを愛おしい眼差しで見つめるユージンに、羨ましいが友人の幸せを喜ぶ三人はほっこりしながらもアリエスの代わりにユージンに尋ねた。
「……それで、その魅了を解く方法はありますの?」
エリザベスの問いにユージンは「勿論」と答える。
わっと喜ぶ三人にユージンは「あくまでも暫定的かもしれないよ」と忠告した。
「魅了の魔法を完全に解く方法は今のところないが、簡単な対処法があるんだ」
「それはなんですの?」
「別の魔力で相殺、もしくは上書きしてしまえばいい」
人差し指を断たせてニヤリと口角をあげるユージンは、優しく微笑みを浮かべる姿とは打って変わって、なんだか危険な香りがする花のように妖艶だった。
アリエスはグッと胸を押さえ、アリエス以外の三人はギュッと目を瞑る。
友人の愛しい人を好きになるわけにはいかないからだ。
舞台役者を好きになるような感情ならまだしも、ドキドキと胸を高鳴らせるわけにはいかないとユージンの美しい顔を全力で見ないように目を瞑る。
そんな令嬢たちの努力など気にすることなくユージンは続きを話すためにパチンと指を鳴らした。
そして姿を見せるユージンの従者に驚く女性たち。
「君たちも知っているように花には花言葉が存在するように、宝石にも宝石言葉が存在するんだ。
そして魔力を本当に含んでいるのなら、聖女の魅力にも打ち勝つことが出来るかもしれないと、彼に宝石を食べてもらった」
勿論食べやすいように小さくしてね。と話したユージンは従者を横に立たせる。
「彼が食べたのはオニキスという宝石だ。悪霊を祓う石として使われてきた魔除けの石で、他者からの悪い感情から守ってくれると言われているオニキスならと考えて、食べさせてみると魅了から見事に打ち勝ってくれた。
今では魅了した例の女性に罵倒の嵐だよ」
ユージンの従者は魅了が解かれた時の感情を思い出したのか、苦々しい表情を浮かべていた。
動物で例えるとするならば、苛立ちながら吠える犬のような従者の姿に女性たちはなんと声をかければいいのかと迷っている。
そして「戻っていいよ」と指示したユージンの言葉に姿を消した従者に女性たちは驚きながらもホッとした。
おめでとう、という言葉は悪い言葉ではないが、それでも言ったら噛みつかれそうだったからだ。
「ただ彼の場合は例の女性と接触していない。もし接触回数で魅了の度合いが変わっているのだとしたら、宝石を食べるだけでは解決しないかもしれない事を覚えておいて欲しい」
女性たちはコクリと頷いた。
そしてエリザベスはユージンに対して深く頭を下げる。
「それだけでも十分ですわ。接触回数で効果が変わっている可能性があるとすれば、かの者と引き離し魅了の効果が薄れる可能性だってありますもの。
それに一度だけの接触に留まった殿下にはきっと効果がある。早速王妃様にご報告させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。実際に効果も確認していますからね」
微笑み合う二人にアリエスは少しだけもやっとした感情が生まれたが、一つ気になったことが、とユージンに尋ねた。
「なんだい?」
「宝石を身に着けているだけだと効果は表れないの?」
「僕の従者には現れなかったね。だけどまだ魅了されていない者に対しては、確認していないから、もしかしたら持っているだけで効果があるかもしれない」
「それじゃあ魅了されてしまった人は食べないとだめって事ね」
「そういうことだね。これは僕の推測だが、既に魅了されてしまった人は体内に聖女の魔力のようなものが住み着いているんだと思うんだ。
それを打ち消すために、魔力が込められている宝石を食べて体内に取り込むことが必要になってくるんだと思う」
「でも、毎回魅了された人に宝石を食べてもらうというのは現実的じゃないと思うんだけど…」
「それについても考えがあるよ。要は根本を無くせばいい」
明るく告げたユージンにアリエスは首を傾げたが、「まさか!」と顔を青ざめたことで「物騒なことはしないよ」と告げられる。
物騒なことをする人物に命を狙われたことはあるが、それを自分も行っては同じ人間になってしまう。
ユージンはユージンを殺そうとした女とは違うと、殺しではない方法で復讐を決めていた。
だからアリスについても、殺すという物騒な方法以外で対策を考える必要があった。
「彼女にも宝石を食べてもらうんだよ。そして魅了の力を上書きさせてしまえばいい。
魔法が使えなくなって千年の時が経った今、魅了の力だって限りなく弱いものになっているだろう。だからこそ魅了された者の効果も消すことが出来た」
「そっか!彼女の力を封じ込めれば……、でも封印の意味を持つ宝石なんてあったかしら?」
アリエスが首を傾げるが、ユージンはふるふると首を振る。
「流石に僕もそこまで宝石言葉に詳しくなくてね、封印という意味をもつ宝石はわからないけど、ルビーなら魅了の力を上書きできるかもしれないと考えているんだ」
「ルビーを?」
アリエスは首を傾げた。
他の三人の令嬢たちも何故ルビーなのかと不思議そうにユージンを見つめる。
「ああ、宝石言葉は”純愛”。邪心のない、ひたむきな愛で、“その人の為なら自分の命を犠牲にしても構わないような愛”や“無償の愛”という意味を持っているルビーなら、不特定多数の異性を魅了なんてせずに、ただ一人だけに愛を誓うんじゃないかと思ったんだ」
聖女を愛しく思っている神だって、沢山の愛に囲まれるよりも一人の愛に溺れてほしいと思うものでしょう?と告げるユージンの言葉にアリエスは確かにと納得する。
それにルビーは純愛の他に情熱という石言葉が付けられるほど、燃え尽きることがない炎のように真っ赤な宝石で人々を魅了する。
感じることが出来ないが、きっと含まれている魔力だって多いだろう。
「でも問題はどうやって食べさせるか、なんだよね」
腕を組んで考える表情を浮かべるユージンに、エリザベスはニヤリと笑った。




