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45話  「決死の敵を打ち倒せ!」(後編)

 

 真奈美は、ぴっちりとしたパイロットスーツの上から何か羽織りたくて、空を見上げているモニカ達の方へ小走りに近づいていた。

 すると、その前で同じように空を仰いでいる女生徒の一人に声をかけられた。


「あれ? 真奈美さん……、ですよね?」

「あー、プールの時の~」

「はい、真行寺怜香です」


「怜香さんは、事情を聞いてなかったの?」

「はい…… もう何がなんだか……」

 怜香は、体にぴっちりと貼り付いた先進的なパイロットスーツを身にまとう真奈美を見て、信じられないといった感じで、深くため息をつく。


「そうだよね。 由香里ちゃん達と話したら、後で詳しく説明してあげるね」

「はい…… いえ」

「え?」

「やっぱり、慶次が帰ってきたら、彼から詳しく聞きます」

「そう、それがいいわね」


 真奈美はいたずらっぽく微笑むと、怜香の肩を軽くぽんと叩いてから、後ろのモニカ達の方へ走り寄っていった。



「渋谷、目標交差点まで、あと1分」

 白虎改のナビゲーションプログラムは、淡々と報告した。

 白虎改が飛行するための操縦方法は、非常に簡単で、パイロットが特に意識しない限り、コースや高度の設定などは完全に自動で決定される。


 飛行中、慶次は、渋谷のスクランブル交差点に設置されたカメラの映像をずっと見ていた。映像の中の死龍(シーロン)は、巨大なバズーカ砲のような銃器を構え、じっと動かなかない。そこには、パイロットの決意がひしひしと感じられた。


「目標地点上空に到達。 降下します」

「敵機から対角方向へ一番離れた位置に着陸してくれ」

「了解。 ポイント、マーク。 あと20秒」



 地上では、着陸態勢に入った白虎改の放つ凄まじいエンジン音が周囲をつんざき、死龍(シーロン)も、それを取り囲む自衛隊の隊員達も、みな空を見上げていた。

 白虎改は、その中をゆっくりと降下していき、交差点の中央をはさんで、死龍(シーロン)と向かい合う位置にその巨体を着陸させた。

 すぐに、エンジン音が小さくなり、飛行翼が自動的に格納されていく。


「おい、白い機体のパイロット、聞こえるか?」


 いきなりランフェイの声が聞こえた。

 あまりにも突然で場違いの通信に、慶次が驚いていると、さらに声が()かした。


「おい、聞こえているなら、返事をしろ!」

「……ああ、聞こえてる」


 慶次は、やっとのことで返事をした。

 しかし、このタイミングで、どうしてランフェイが通信をしてくるのか。

 慶次が頭を悩ませる暇もなく、声は続ける。


「お前は、服部慶次か?」

「ああ、そうだ」

「私は、(リン)蝶華(ディエファ)だ」

 それは、ランフェイがお姉さまと慕い、中国奥地の研究所で慶次と命をかけて戦ったパイロットの名前だった。


「なぜ、ランフェイの声でしゃべる? いや、そんなことはどうでもいい。 なぜこんな馬鹿なことをする? ランフェイも悲しんでたぞ!」


「ああ、まず、この翻訳プログラムがなぜランフェイの声で話すのかは知らん」

「そうか、中国語でしゃべってたのか……」


 死龍(シーロン)飛龍(フェイロン)も同じ研究所で作られた機体であり、研究所では、おそらくランフェイが最も日本語が堪能だろう。そのため、音声データのサンプルや調整は、ランフェイが手伝ったのかもしれない。


「次に、私がここに来た理由は、今話しておかなければならんな。 死んだら話せん」

「死ぬつもりなのか?」

「お前を殺したら、な」

「……」

 慶次は、凄みのある声で笑うディエファの声に、不覚にも鳥肌を立てた。

 ディエファは、勝っても負けても、死ぬ気でここに来たようだ。


「私がここにいる理由…… それはテロリストから東京都民を守るためだ」

「な、なんだって?!」

「はっはっは、驚いたか。 冗談ではないぞ?」


 ディエファは、一転して楽しそうに笑うと、事の顛末を話し始めた。


 ディエファの話によれば、全身麻痺に近いディエファが入院している病院に、例の反乱騒動で生き残ったメンバーが訪ねてきたそうだ。そのメンバーは、このまま朽ちて死ぬより、一緒に東京を火の海にしないか、と持ちかけたらしい。


 思考制御型に改造された死龍(シーロン)は、指一本動かせなくても、自在に操縦することができる。そしてディエファは、抜群に優秀なパイロットだ。テロリストがディエファに目を付けるのは、むしろ当然のことだろう。


 ディエファは、東京で市街戦となれば、敵の機動歩兵、おそらく白虎が出てくることは間違いないと考えた。そこで敗戦の屈辱を晴らせるのなら、人生に思い残すことは何もない。どうせ先のない人生だ。ディエファは、二つ返事で、テロリストの仲間に入った。


 だからディエファにとっては、白虎と再戦できればよいのであって、東京を火の海にするテロリストの復讐計画は、全くどうでもよかった。むしろ、非戦闘員を無差別に殺すことには乗り気ではなかった。

 しかし、そんなことはおくびにも出さず、ディエファは、テロリスト達に対して、自分をこんな風にした日本人を殺し尽くしてやりたい、恨みを晴らしたい、と熱く語った。

 テロリスト達は、そんなディエファを仲間として信じたのだった。


 ディエファの長い話が終わったその時、慶次の元へ父親から無線通信が入った。

「今、自衛隊の対潜部隊によって、敵潜水艦が沈められた」

「じゃあ、残るは、こいつ一機か…… おい、聞こえてるか?」

「ああ、聞いた。 やつらの末路はどうでもいい」


「で、あんたは、東京を火の海にする気はないんだよな?」

「お前がきちんと戦ってくれたら、このミサイルは発射しない」

 ディエファは、右手の巨大な武器をわずかに左右に振りながら答えた。


「しかし、ここで戦ったら、一般市民にも被害が出るんだが」

「ふん、そうだな。 場所は、海辺のゴミの島なんか、どうだ?」


「場所を移してもいいのか? 戦闘機に袋だたきにされるかもしれないぞ?」

「もしそうなったら、私も覚悟を決めて、死んだやつらの遺志を継ぐだけだ」


 慶次は、場所を移してもいいと言ったディエファの言葉に驚いたが、ディエファは、そのリスクも考えた上で決めたようだ。

 確かに、死龍(シーロン)のスピードなら、戦闘機からのミサイルを避けることができるだろうし、その気になれば何万もの人々を殺せるだろう。


 慶次は無線で父に相談する。

「なあ親父、俺はこの提案を受けようと思う。 けど、自衛隊の方は待機してくれるのかな?」

「交渉はこちらに任せてもらおう。 一騎打ちが最も被害を小さくできるからな」

「じゃあ、この件は任せた」

「ああ。 しかし一騎打ちは、お前にとっては最もリスクが大きいんだがな……」

「そりゃそうだけど、負けはしないさ」


「まったく、こんなことになるなら、英才教育なんてするんじゃなかったな……」

「英才教育って?」

 服部博士が場違いにぼやいた言葉がひっかかり、慶次は思わず尋ねる。

 博士は少しためらったが、慶次に簡単に説明した。


「お前の母さんは反対したんだが、お前が赤ん坊の頃に、脳波制御の実験をしたんだよ」

「俺に生体実験したのかよ?!」

「まあヘルメットをかぶせて、脳波を強制的に変化させる訓練を繰り返しただけだ。それでお前は、この装置に異常な適性を示しているわけだ」

「まじかよ…… そんな英才教育は、紅茶ぐらいにしといてくれよな……」


 慶次が研究熱心すぎる父親の行動にあきれていると、ディエファが話に割り込んでくる。

「お前の強さの秘密が分かって楽しかったが、もう父親との別れは済ませたのか?」

「そんなもんは必要ないさ、俺が勝つからな」

「ほう? 言ってくれるじゃないか」


 ディエファは楽しそうに言うと、右手に持っていた巨大な武器を背中に格納し、そのまま腕組みをして話を続ける。

「一応の誠意は見せておこう。 準備ができたら言ってくれ」


 しばらくして、服部博士から連絡が入った。慶次から指示があるまで、自衛隊から攻撃はしないことで決着ようだ。

 つまり、慶次が死龍(シーロン)を片付ければそれでよし。ダメなら慶次が死のうが生きようが、弱った死龍(シーロン)を片付けられればそれでよし。そういうことなのだろう。


「じゃあ、場所はお前が決めろ。 私はついていく」

「了解」

 慶次はそう言うと、東京湾に浮かぶゴミ処分場に行き先をセットしようと、地図を呼び出す。地図には、既に目標地点がマークされていた。この行き先は、研究所側で指定したに違いない。ということは、そこで働く人々の避難も完了しているだろう。


「それでは、出発する。 飛行翼、展開」

 

 白虎改は、その背中から巨大な翼を広げると、膝を折って身をかがめた。離陸モードに入ったエンジンがあたりに轟音を響かせる。

 白虎は、地面を蹴って空中へ飛び上がり、エンジンは最大出力に切り替わった。その強力な噴射で巻き起こる突風の中を、白虎改は矢のように空高く上昇していった。

 それに続いて、翼を広げた死龍(シーロン)も甲高いエンジン音を轟かせながら、白虎改のあとを追いかけ、晩夏の青い空へと飛び立っていった。



 慶次達は、あまり高度を上げずに、多くの人が驚いて空を見上げる品川駅周辺のビル群をかすめるように飛び越え、東京湾に浮かぶ新海面処分場へ向かった。


 目標地点には、あっという間に到着した。白虎改が降り立った数十メートル先に、死龍(シーロン)が着陸する。そのはるか上空を、緊急発進した自衛隊機の編隊が大きく旋回していた。

 白虎改と死龍(シーロン)は、飛行翼を格納すると、言葉を交わすこともなく背中から静かに剣を抜く。


 ピンと張り詰めた空気の中、突如、死龍(シーロン)は、飛行翼を格納したまま、エンジンを最大出力に上げた。そして、まさに飛ぶような勢いで走り寄ると、白虎改に向かって剣を振りかぶった。


 両機の間では、小手調べなどなく、最初から全力で打ち合うことになるだろう。慶次はそう予想していた。

 慶次は、エンジンを噴かす死龍(シーロン)を見ながら、まぶたをわずかに伏せ、息をふうっと吐く。すうっと意識が沈み込むような感覚とともに、遠くで白虎のナビゲーションプログラムの報告が聞こえる。


「全脳波、ガンマ帯域への移行を確認。 安全装置解除。 量子シンクロ回路接続」


 その瞬間、白虎の量子計算処理は、慶次の脳が起こす波動関数の収束とシンクロした。慶次の認識する世界(クオリア)は、人が認識する世界から、はるかに明確なものへと変化する。死龍(シーロン)の剣の動きは、止まっているかのように見え、その動きは確実に予測できる。


 しかし、はっきりと予測できていたはずの死龍(シーロン)の剣先の動きは、互いの剣が交わる瞬間、いきなり何重にもブレ始めた。



 ディエファは、思考制御型の死龍(シーロン)で戦うことを決めたときから、出撃するまでの間に何度も、倉庫の中で死龍(シーロン)に搭乗した。

 すでに首から下がほとんど動かない重度の麻痺状態にあるディエファは、周囲の介助を受けなければ、死龍(シーロン)に搭乗することすらできない。何度も搭乗を希望するディエファに、周囲は面倒な顔を隠さなかった。しかし、それでもディエファは、可能な限り搭乗を繰り返した。


 そうして行った訓練は、ただひとつ。鏡に向かって剣を素振りすることだった。倉庫には、巨大なアルミ板が運び込まれ、ディエファは、そこに死龍(シーロン)の姿を映して、何万回、何十万回とひたすら剣を振った。


 つまり、ディエファは、鏡に映る自分を敵に見立てて剣を構え、鏡に映る自分の剣さばきが予測できなくなるまで、剣を振る訓練を繰り返したのである。

 ディエファの体は、薬物に対する拒否反応のため、もう脳反応の強化を行うことはできない。それでも、ディエファの剣は、訓練の結果、動きのくせがすっかりとれ、極限まで読みにくくなっていた。


 武道の達人が繰り出す拳は、わざとゆっくり動かしても、簡単にかわすことができないと言う。

 ディエファの剣は、既に剣聖と呼ばれるのに十分なレベルに達していた。



「くそっ、剣筋が全く読めない……」


 慶次は、目の前で何パターンにも軌道予測が分岐した死龍(シーロン)の剣の動きに愕然とした。

 剣の軌道予測は、白虎改の量子コンピュータがシミュレーションした結果だ。完全な未来の予知ができるわけではない。

 結局、剣の動きは、慶次の経験的な判断を合わせて予測される。しかし、慶次は、武道が得意な一高校生に過ぎない。剣聖レベルの達人と互角に打ち合える経験は、当然持ち合わせてはいなかった。


「よし、ここだ!」


 にもかかわらず、慶次は、相手の剣が当たるぎりぎりの瞬間に、自分の剣を動かして防御することに成功した。

 慶次は、人間よりはるかに高速な動きを認識することができ、白虎は、人間よりはるかに高速に剣を振ることができる。だから、剣の技量に大きな差があっても防御できる。しかしそれは、武道と言うより、反射神経が支配するゲームに近かった。


 死龍(シーロン)の一撃を防いだ瞬間、慶次は素早く攻撃に転じた。しかし、慶次の繰り出した上段切りは、簡単に死龍(シーロン)に受けられてしまった。そうして、数秒の間に、攻防を入れ替えて百回を超える斬撃が繰り返された。

 周囲には、剣戟の音、というより、金属の道路に金属のドリルで穴を空ける工事をしているかのような、聞いたことのない連続的な打撃音が鳴り響いた。


 死龍(シーロン)は、前回の戦いと同じく、動きを補うために飛行用エンジンを多用している。そのため、可燃物が埋まっている周囲のゴミは、ぶすぶすと煙を上げて燃え始めた。あちこちから、灰色の煙が立ち上り、鼻を突く悪臭があたりに立ち込める。



 いきなり、足元で大きな爆発音がして、死龍(シーロン)は、ぐらりと体勢を崩した。どうやら、地下に貯まったメタンガスが爆発したようだ。死龍(シーロン)は、素早く体勢を立て直すと、白虎改と間合いを取る。


「こいつは、使えるんじゃないか?」


 慶次は、周囲に意識を集中させ、白虎改の電子の目を通して、周囲に存在するガスだまりの場所を見極めはじめた。すぐにいくつかのガスだまりが見つかる。

 しかし、同じ事は、死龍(シーロン)にも当然できるにちがいない。慶次は、すぐにそのことに気がつき、相手を出し抜くためにガスの爆発を利用することをあっさりとあきらめた。


 それでも、慶次の心には何かが引っかかった。

 死龍(シーロン)は、周囲のガスに注意を払っていて、すぐには攻撃してこないようなので、慶次は、もう一度慎重に、電子の目で周囲を見回してみた。


 慶次が気になった物はすぐに見つかった。

 それは、長さ十数センチほどで、折れてゴミになった工業用ドリルの刃だ。その刃は、超硬度のハイパーダイヤモンド製で、斜めに割れて鋭く尖っている。


「あれなら装甲を貫けるかもしれない。しかし、短すぎる……」


 慶次は、使えないと思った。しかし、小さいことは逆に利点になるかもしれない。

 慶次は、少し考えてから、それを手に入れることに決めた。

 そして慶次は、死龍(シーロン)にならって、背中のエンジンを猛然と噴かせながら、ほとんど体当たりのように勢いを付けて、死龍(シーロン)に斬りかかる。


 死龍(シーロン)は、難なく白虎改の剣を受けたが、その勢いで互いに体勢がぐらつく。

 慶次は、それを利用して、ドリル刃が落ちているあたりにわざと左膝をつくと、死龍(シーロン)から見えないようにそれをつまみ上げ、左手の中に隠し持つ。そして、素早く立ち上がると、死龍(シーロン)と距離を取った。


「ここは勝負に出るしかない、か……」


 慶次は、剣戟では負けそうな死龍(シーロン)に勝つためには、突飛な作戦しかない、と腹をくくった。

 その慶次の気持ちの変化を見て取ったのか、死龍(シーロン)は、剣を体の前に構え直すと、一段の気合いを込めて斬り込んできた。


 再び数秒の間に百を超えて剣を交える、超人的な攻防戦が始まった。

 慶次は、攻防の途中に、こっそりと左手の指先で、折れたドリル刃をつまんだ。


 その動きによってできた一瞬の隙を突き、死龍(シーロン)は、白虎改の左腕を狙って、神速の一撃を繰り出した。その致命的な隙は、白虎改の左腕を肩から切り離すのに十分なものだった。


 ――グワッシャン!


 装甲が砕け、金属が引き裂ける音が周囲に響く。左腕を切り落とされる痛みのフィードバックに慶次は歯を食いしばった。

 しかし、慶次は腕を切り落とされる直前、死龍(シーロン)から見えない位置で、指先を器用に使って、ドリル刃に超高速回転を与えることに成功していた。


 ドリル刃は、回転運動によってコマのように空中で安定し、その回転軸を死龍(シーロン)の方へ向けながら、ばらばらに砕け散った白虎の左腕の部品と共に、下へと落ちていく。


 慶次は、作戦を悟られないように、右手の剣で死龍(シーロン)に斬りかかりながら、装甲が最も厚い左足のつま先で、そのドリル刃を死龍(シーロン)へ蹴り込むモーションに入った。



 そのとき、ディエファは、散乱する白虎の左腕の部品の中に、なぜか高速で回転している棒状の部品を見た気がした。


 しかし、極限の攻防の中、バラバラに砕けた破片一つ一つの材質まで判断している余裕はない。ディエファは、かすかに感じた違和感を意識の隅の方へと押しやった。

 そして、ディエファは、白虎の右上段からの剣を防ぎながら、同時に繰り出された白虎の左足での蹴りに対し、自分の右膝を高く上げて防御姿勢に入った。


 その右膝の横にある関節の隙間めがけて、慶次は、最高の集中力と最大の瞬発力をもって、空中に浮かぶドリル刃を、白虎改の左足先で思いっきり蹴り込んだ。


 ドリル刃が関節内に入り込んだザクっとした感触が左足先に伝わる。

 その瞬間、異物を挟み込まれた死龍(シーロン)の右足膝は、曲がったままの形で、伸ばすことができなくなってしまった。


 伸ばしたはずの右足が伸びなかったことで、死龍(シーロン)は、体勢を大きく崩し、右側へぐらりと傾く。その致命的な一瞬は、死龍(シーロン)の命を刈り取るのに十分な時間だった。


「服部流奥義、断肢斬!」


 慶次は、本来なら両手に満身の力を込めて繰り出す一撃必殺の殺人剣を、白虎の右手だけで易々と行う。

 白虎の剣先は、死龍(シーロン)の胴体を中心に反時計回りの軌道を描いて移動し、その軌道上にあった死龍(シーロン)の左腕、左足、右足、そして右腕を一瞬のうちに胴体から切り離した。


 死龍(シーロン)は、四肢を切り離され、芋虫のように地面に転がった。


 勝負は決した。



 倒されたディエファは、再び負けたことの悔しさよりも、一瞬の隙を作った慶次の手際に感嘆していた。そして感嘆する気持ちが沸いたことに、自分でも驚いていた。

 ディエファは、場違いに朗らかな笑顔を浮かべると、奥歯に仕込んだ自決用の毒薬の位置を舌先で確かめ始めた。



「それで、お前は自殺して終わりなのかよ!」


 そのとき慶次は、ディエファに向かって、吐き捨てるような声で無線通信を送った。

 ディエファは、律儀にも慶次に答える。


「私は満足した。 罪は命をもって償おう」

「大体こんなこと、剣の試合で十分なんじゃないのかよ!」

「ふん、そうかもしれんな……」


「あー、お話中、すまないんだが……」

 いきなり服部博士が割り込んできた。

 慶次は、父親に何か言い返してやりたい気持ちをぐっと抑えて続きを待つ。


(リン)さん、うちの研究所で働かない?」

「ほう? 何か取引すると、恩赦でも出るのかな?」

「いや、テロを防ぐための行為だったわけだし、白虎以外、何も壊していないからね」

「は?」

「まあ、罪と言っても、密入国と、交通規則違反、あとは強要罪ぐらいかな」


 父親の呑気な回答に、慶次はさすがに口を出さずにいられなかった。

「自衛隊も出動してるのに、無罪放免とか、そりゃ無理でしょ!」

「いや、むしろその方がどうにでもしやすい。 というか、全部どうにでもなるかな」

「マジかよ……」


 どうも話が大きいほど、超法規的措置というのは取りやすいようだ。

 そのとき、無線にランフェイの声が割り込んできた。


「お姉さま、死ぬことに逃げちゃダメ!」

「ランフェイ…… お前も、なかなか言うようになったじゃないか」

「もっと生きて、生きたあかしをこの世界に残して!!」

「この体じゃ、もう何もできないからな……」


 ランフェイ声のディエファと、ランフェイとが同じ声で会話する違和感に、慶次が目を白黒させていると、またしても服部博士が割り込んでくる。


「そこで、うちの仮想世界で働くことが、とっても有意義というわけだ」

「そうよ、お姉さま。 仮想世界では、組み手だって剣の試合だってできるんだから!」

「なんだ、それは?」


「今の環境を兵器以外で利用し、世界中の人々を仮想世界で繋ぐことが私の夢だ」

「また大きく出たな」

 服部博士の持論に、ディエファがため息混じりに答える。


「いや、冗談ではないぞ。 君のような逸材を手に入れる機会はそうそうないからね」

「ふん、利用する気まんまんだな」

「もちろんだ。 お互いに利用すればいいんじゃないのかな」

「なんだか、もうどうでもよくなってきたぞ、ランフェイ」


「なら死ななくてもいいでしょ、お姉さま。 それに服部博士は信用できる人よ!」

「その通りなのだよ、(リン)くん!」

「……もう、好きにしてくれ」


 ディエファは、決死の覚悟で敵地に乗り込み、敵機を大破させたのに、敵から就職先を紹介されているこの馬鹿馬鹿しい状況に、色々思い詰めていた自分が滑稽に思えてきた。

 別に命に執着はないから、死んでも生きてもどっちでもいい。しかし、生きてみるのも面白いかもしれない。ディエファは、そう考え始めていた。


「今、迎えのヘリコプターがそちらへ向かっている」

 服部博士の言葉を聞いて、慶次は空を見上げる。

 先ほどまで旋回していた自衛隊機はいつの間にかいなくなっていて、今までの戦いが嘘であるかのように、何の変哲もない入道雲が青い空に浮かんでいた。


「で、あんたはどうするんだ?」

「……そうだな、このまま流れに身を任せるとしようか」

 ディエファはそう言うと、小さな声でコマンドを発し、首と胴体だけになってしまった死龍(シーロン)のコックピットの扉を開けた。


「悪いが、私を引きずり出してくれないか?」

「ああ、そうか、出られないんだったな…… 白虎、降機モード」

「コックピット、開放します。 お疲れ様でした」


 白虎改のナビゲーションプログラムは、いつもの挨拶を告げると、片膝を折る姿勢になって、コックピットの扉を開けた。

 慶次は、コックピットから地面にさっと飛び降りて、死龍(シーロン)の方へ歩いて行く。周囲には、燃えくすぶったゴミの匂いがたちこめ、慶次は思わずせき込んでしまった。



 死龍(シーロン)の傍らにたどり着くと、慶次は、コックピットの入り口までよじ登り、中をのぞく。中にはパイロットスーツを着た小柄な女性が座り、じっとこちらを見上げていた。


「ニーハオ」

 慶次がぎこちなく挨拶をすると、ディエファは、首をわずかに動かして挨拶を返す。慶次は、腕の制御装置に向かって話しかけた。


「白虎、翻訳の音声をここから出力してくれ」

「了解しました」

「今から引きずり出すぞ」


 慶次の言葉を白虎が翻訳するのを聞いて、ディエファは、またわずかに首を縦に振る。慶次は、コックピットの中に片足を踏み入れて、両腕をディエファの細い体に回すと、力を入れて抱き上げた。ディエファは、非常に痩せていて、人形を抱いているような現実感のない軽さだった。


「体の感覚もないのか?」

 ぐにゃりとして人間とは思えない軽さのディエファを両手に抱えながら、慶次は、思わず質問する。

 ディエファは、口に皮肉っぽい笑いを浮かべると、中国語で答えた。白虎がそれを翻訳する。


「感覚はある。 手のひらで胸をつかまないでもらえないか」

「うへ、ごめん!」


 慶次は、ディエファの背中から上半身に回した右手で、ディエファの胸を無造作につかんでいたことに気がつき、あたふたと答えた。


「優しくなら、触ってもいいぞ」


 ディエファは、さらに唇の端を持ち上げると、笑っているのか、怒っているのかよくわからない表情で答える。


 慶次がどぎまぎしていると、遠くからヘリの爆音が聞こえてきた。

 音の聞こえる方に目を向けると、二機の大型ヘリがまっすぐにこちらへ飛んでくるのが見えた。白虎改もヘリに乗せていくようだ。



 慶次が腕の中のディエファへ目を戻すと、ディエファは、皮肉っぽい笑顔を止め、慶次の方をじっと見ていた。命をかけて戦ったはずではあったが、もしかするとディエファの方は、初めから慶次を殺すつもりなど無かったのかもしれない。


 ディエファは、何も言わず、安らかな笑顔で慶次を見つめ、慶次も柔らかく微笑み返した。


「今度は、仮想世界で、剣の試合でもしようか」

「ああ、気楽な試合を、な」


 二人は、同時にフンと鼻を鳴らすと、掛け値なしに満面の笑顔になった。


 本編は今回で終了で、次回からは、続編へとつながるお話になります。


 続編は、SFベースの話なのですが、ファンタジー的にまとめてみたいので、続編のSF的な導入部を、こちらの方へ書いていきます。そして続編の方では、SF色を薄めて、本編を知らない人でも読めるような導入部に書き直す予定です。


 これからも慶次達の活躍にご期待下さい。

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