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22話  「新入部員を選抜せよ!」

「ほんと、バカだわ、俺……」


 終業式の日に返却されたテスト結果を見て、慶次は、がっくりと机に突っ伏していた。

 慶次は、暗記科目の点数がここまで下がるとは正直思っていなかった。いつも大体上位の成績だった慶次は、今回、平均よりかなり低い点数を取ってしまった。原因は、実戦機の運用試験等で、期末テスト前の土日がつぶれたためであったが、それでも空いた時間についゲームをしてしまうなど、相当に努力不足ではあった。


「おぉ、なんか落ち込んどるなぁ」

 ヒットポイントの下がっている慶次を見て、準がここぞとばかり追い打ちをかけにやってくる。


「いいんだよ、赤点じゃなければな!」

 慶次は机から顔を上げると、ニヤニヤしている準をうさんくさそうに眺める。


「俺だって、赤点なんかないわ!」

「そっか、そいつはよかったな……」

「どれ、見せてみろ」

 先に行ってるわよと話しかけてきたモニカに気を取られた慶次の隙を突いて、準は机の上に置かれた答案用紙をひったくった。


「おい、こら!」

「ん? どれどれ……って、普通やろ、これ!」

「普通より悪いだろ……」

「お前は、なんでもかんでも贅沢なんだよっ!」

 準は、いつものヘッドロックをかけようとしたので、慶次は体を傾けてかわす。そして、立ち上がりながら指摘してやった。


「おい、今日は入部テストの日だぞ」

「わかっとるわ!」

「早く行かないと、待ち時間が長くなるぞ」

「むうっ、今日はこの辺で勘弁しといたるわ!」

 準は、自分のカバンをひっつかむと、ありがちな捨て台詞を言い残して、教室から走って出て行った。


 続いてドミニクがモニカと一緒に出て行ったのを見て慶次が振り返ると、クリスは由香里や他の友達ぽつぽつと談笑している。そのうち来るだろうと思い、慶次は一人で部室へと向かった。



 ――部室の前に着くと、夏の強い日差しが降り注ぐ中、多くの人が集まってごった返していた。慶次は、妙なデジャブ感にとらわれながらも、人の山をかき分けて、部室のドアの前までたどり着いた。


 ドアから中をのぞくと、数台のパソコンに繋がったテスト装置がセッティングされていたが、まだテストは始まっていないようだった。しばらく様子を眺めていると、ドミニクが見つけて声をかけてきた。


「ああ、慶次! そこに番号札があるから、外の人に渡していって!」

 慶次が近くの机の上を見ると、小さく裁断された紙切れの束が置かれてあり、一つ一つに番号が手書きされていた。慶次は、入部テストのことをモニカらに一切任せていたが、準備には結構時間がかかったようだ。


「これから、番号札を配ります。順番に呼びますので、それまでに戻って下さい!」

 慶次は、手作りの番号札を手に取ると、外の人に配り始めた。

 部室の前は、暑い中を相当な数の人が集まっていたが、ガヤガヤと騒いではいても、皆きっちりと並んでいる。もっとも、割り込む奴はテストを受けさせないだけの話だ。


 慶次が番号札を配っていると、向こうの方からクリスと由香里がやって来た。由香里は、それ代わるよ、といって番号札を受け取ったので、慶次とクリスは、並んで部室へと戻っていった。戻る途中で、列の後ろの方に準が並んでいるのが見えた。



 部室の中では、ちょうど準備が整ったようで、モニカとドミニクがドアの方へ戻ってくるところだった。

「今から始めるところよ。記録係はあっちの席でよろしくね」

 モニカがそう言うと、クリスはこくりとうなずいて、部屋の隅のパソコンの方へ歩いて行った。モニカは、さらに慶次の方を向いて言う。


「慶次とユカは、受験者をさばいてちょうだい。私とドミニクは、試験装置の説明や装着の補助をしてるから」

「了解」


 テスト自体はゲームのようになっていて、操作の説明も自動で行われる。試験には10分程度かかるので、慶次らが5台の試験装置へ受験者を振り分けるように案内し、5人の受験者がテストを受けている間に、モニカとドミニクが待っている次の5人の受験者に説明する、という手はずになっていた。


「これから、入部テストを始めます! 待ち時間は一人2分程度なので、番号札の数字を2倍した分ぐらいかかります!」

 慶次は素早く計算して、長蛇の列を作っている入部希望者に対して、大きな声を張り上げて説明した。現時点でも100人近く並んでいるので、入部テストにかかる時間は、3時間を軽く超えそうだ。


 慶次は、まず最初の5人を入れ、大量に印刷してあった入部希望用紙に名前や連絡先を書かせた後、試験装置に案内した。その説明はモニカらに任せて、慶次は次の5人を部屋の中に入れる。そして同じように入部希望用紙に記入させて……と、てんやわんやの忙しさが始まった。


 慶次が忙しく案内していると、ふとモニカの説明が聞こえてきた。どうも壁に貼った表を指さしてスコアの説明をしているようだ。

「……というわけで、最後にスコアが出ますが、目安はあの表にあるとおりです」


 表には、一番上が1000点満点と書かれていて、説明欄には『神』と書かれていた。また、500点のところには『平均点。まあまあの適性』、600点のところには『かなりの適性』、700点のところには『素晴らしい適性』と書いてあり、さらに871点『最高得点。ユカ』、867点『次点。バカ』と小さな字で書かれていた。

 その『バカ』とは誰なのか、という質問に対して、モニカが意気揚々と答えることがないように祈りながら、慶次はあたふたと受験者の整理に奔走した。


 しばらくして、首筋に滴る汗をハンカチでぬぐいながら由香里が戻ってきたので、慶次は受付の席で休むように声をかけたが、由香里は疲れた様子もなく、慶次と一緒に受験者の整理にあたる。もっとも、受験者に大体の開始時間を説明したので、外の列はかなり短くなり、残りの受験者は涼しい場所で時間をつぶすために、食堂や教室へ戻っていた。



 ――さらに一時間以上が経ち、試験は順調に行われていた。慶次は、新しくやって来た受験希望者に番号札を渡しながら説明をしていると、受験者の一人が一緒に来たもう一人に、気になる話をしていた。


「……ぐったりしてて、かわいそうだったね」

「うん、でも、うちは猫飼えないし……」

「水も飲まなかったし、死んじゃうかなぁ……」


 慶次は、もしかしたらクリスと仲良しの野良猫の話ではないかと思い、その女の子に声をかける。

「あの、いきなりで悪いんだけど、その猫って、どんなやつだった?」

「え? 灰色で少し黒の縞が入ってましたけど……」

「そう言えば、右耳がかじられたのか、少し短くなってたよね」


 その特徴は、慶次が記憶する猫の特徴と完全に一致していた。

 慶次は、思わずクリスの方を振り返ったが、クリスは熱心にパソコンと向かい合っている。

 クリスは、5台の試験装置の状態をモニターしながら、スコアを含む細かいテストデータを記録し、研究所へ送信する作業を行っていた。試験自体に危険はないが、万が一ということもある。話しかけて、作業の邪魔をするわけにもいかなかった。


「その猫、どこで見かけました?」

「えっと、中庭の奥の方の茂みにうずくまってて……」


 慶次は、彼女らに礼を言うと、由香里に少し出かけてくるとだけ言い残し、部室を走って出て行った。由香里は問いただそうとしたが、既に慶次は見えなくなっていた。


 モニカらも慶次が走り去るところを横目で見ていたが、トイレだろうと特に気にも留めていない様子だった。由香里は、慶次の様子がおかしいことに気付いていたが、何かあったら電話でもくれるだろうと思い直し、忙しい作業に戻っていった。



 慶次は、中庭まで全力で走って戻り、奥の方の茂みあたりを注意深く探してみた。すると、ときどき見かける灰色の猫が丸くなってうずくまっているのを見つけた。一見すると寝ているようにも見えたが、よく見ると細かく痙攣していて、よだれを流している。詳しいことはわからないが、熱射病のように見えた。

 慶次は、服が汚れるのも気に留めずに猫を抱きかかえると、帰り道で見かけた動物病院に向かって、全力で走っていった。



 ――動物病院に着いて事情を話すと、野良猫でも治療費が必要だ、と当然のことを言われた。治療には一万円もかかるらしい。慶次は、生徒手帳を見せながら、今は5千円ほどしか手持ちのお金はないが、必ず後で支払うので、どうか診てやって欲しいと獣医に頼み込んだ。

 獣医は一瞬悩んだが、今回だけは半額の五千円でよいから、外で待っているように、と言って慶次を診療室から追い出した。慶次には痛い出費だったが、すぐに治療してもらうことができたことに安堵して、慶次はしばらく待合室で待つことにした。



 点滴を使った治療には一時間ほどかかったが、野良猫なら診療時間が終わるまでここで休ませてあげてもいいと獣医に言われ、慶次はその親切な言葉にありがたく従うことにした。

 そのまま慶次は待合室で待つことにしたが、途中で一度、由香里宛てに事情を説明する長いメールを打った。由香里からは、回りには説明したから、もう戻ってこなくていいよ、という暖かいのか冷たいのかわからない短い返信が来た。

 慶次は、もう少し説明しようかとも思ったが、電話すれば忙しいのに迷惑が掛かることは間違いない、と思いとどまった。そうして慶次は涼しい待合室でそのままウトウトと居眠りを始めた。



 それから、さらに三時間ほどが経った。日も傾き、診療時間が終了したため、慶次はお礼を言って治療費を支払い、猫を引き取った。猫は、運びやすいようにと段ボールの箱に入れられ、その中でスヤスヤと寝ている。

 できたら数日は涼しいところで休ませた方が良いと言われたが、猫アレルギーの父親がいる自宅に持って帰るわけにも行かず、とりあえず部室に戻って相談しようと動物病院を出た。

 そこで慶次は走ってきたクリスとばったり出会った。


「容態は?!」

 クリスは、いつもとは全く違う切迫した口調で慶次に尋ねる。慶次は、ゆっくりと箱の中をクリスに見せて答えた。

「点滴で直ったみたい。涼しいところで安静にしていればいいそうだ」


 クリスは、ほっと安心したのか、目を細めて猫をしばらく眺めていた。

 慶次は、そのままクリスが言葉を繋ぐのを待つ。しばらくしてクリスがゆっくり顔を上げると、その顔は晴れやかな表情の目には涙が浮かんでいた。


 慶次は、ここでハンカチを渡すべきなんだろうけど、両手がふさがっているからなぁ、などとつまらないことを考えながら、さらにクリスの言葉を待つ。クリスは、一言、帰ろ、と言って慶次の横に立った。


 慶次とクリスは、特に話もしないまま、箱の中の猫を起こさないようにゆっくりと歩きだす。二人は、長い影が伸びる夕焼けの中を部室へと戻っていった。



 部室に着くと、すでにテストは終了した後だった。モニカ達は、片付けながら慶次らの帰りを待っていたようだ。一番先に慶次を見つけた由香里が駆け寄ってくる。


「猫ちゃんは、大丈夫だった?」

「うん、ほら、疲れて眠り込んでるよ」


 慶次は、箱を床の上にゆっくりと下ろすと、モニカやドミニクも近づいてきた。

「それで、治療費はいくらかかったんだい? カンパするよ?」


 ドミニクは、猫の方をのぞき込みながら、うれしいことを慶次に言う。その横で、はっと息を飲む音が聞こえた。クリスは、治療費のことをすっかり忘れていたらしい。


「わたしが全額払う」

 クリスは、慶次の方へ向き直って言ったが、笑って断る慶次。


「俺が好きでやったことだし、俺が持つよ。まあカンパは歓迎だけど」

「全額カンパする」

「それ、全部払うのと変わらないんだけど……」


「で、いくらかかったのよ?」

 モニカも、すやすや寝入る猫を見て目を細めながら、カンパする気満々で慶次に尋ねる。

「一万円のところを五千円にまけてもらった」


「じゃあ、ここにいる全員で千円ずつ払うのはどう?」

 モニカは、勝手に仕切ってしまったが、それは全員の気持ちに沿った提案だったようだ。皆はうなずいて、それぞれ財布から千円札を出すと、順番に慶次に渡す。慶次は、それを受け取ると、感謝を込めて言った。

「毎度あり~」

「いえいえ、いいのよ、どうせパフェで取り返すから」


 モニカは、まだチラシ配りでの生徒会長の話を根に持っているようだ。

 慶次は生徒会長以外とパフェをおごる約束などした覚えはない。しかし、モニカの言葉に、ドミニクや由香里ばかりか、クリスもうなずいている。そこで、慶次はおごる約束が既に決定事項となっていることを知った。

 女子の既成事実化ほど恐ろしいものはない、と慶次は思った。



 ――それから片付けを終了し、テスト結果は明日メールで発表することになっていたので、明日もう一度集まることにして、今日は解散となった。クリスは、猫が心配なので、部室に泊まり込むと言って聞かず、しょうがないので置いて帰ることにした。


「じゃあ、帰るから、猫と一緒に風邪引かないようにね」

 慶次は、クリスに声をかけると、クリスは神妙な顔をして答える。


「野良猫は、本当はこんな風に保護してはいけない……と思う」

「まあ、それはそうだけど、さ」

「でも、体が治るまでは、助けてあげたい……」

「うん」

「その後、死んでも、それはこの子の運命……だと思う」


 モニカらは、戸口で慶次が出てくるのを待っていたが、クリスと何やら話し込んでいるようなので、戸を閉め、外でみんなと話しながら待つことにしたようだ。

 クリスは話を続ける。


「もしかしたら、あの場で死ぬことが……この子の運命だったのかもしれない」

「でも、その運命は変わったから、さ」

「そう、慶次の手でこの子の運命は変わった……」

「いや、そんなたいしたことでは」


 クリスは、猫を見ながら伏せていた目を上げて慶次の方を見つめる。その目には、動物病院で会ったときのように、こぼれんばかりの涙を浮かべていた。慶次が驚いていると、クリスはささやくように言う。

「ありがと……」


 そして、驚く慶次にさっと顔を寄せると、慶次の頬にキスをした。一瞬のことに、慶次がさらに驚いていると、クリスは猫の入った箱を黙って抱え上げ、奥の方へと引っ込んでしまった。

 慶次がその後ろ姿を動転した気持ちで眺めていると、いきなり入り口のドアが開いた。

 慶次がゆっくりと振り返ると、思った通りジトッとした目で仁王立ちしている由香里の姿があった。


「か、帰ろうか……」


 慶次の言葉に由香里は沈黙で返す。

 夏の暑さからか、ハートの熱さからなのか、汗がどっと噴き出す慶次。

 その夜は、慶次にとって、とびっきり寝苦しい熱帯夜となったのだった。

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