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トラストミー

 昨晩はソニアちゃんの帰還を祝う宴会でした。でも、帝国の襲撃を警戒してお酒は出なかったんです。料理は中々だったのに、その点は大変に残念でした。


 会場だった庭園にはまだ椅子とかテーブルとかが片付けられておらず、朝食もそこで食べました。

 今は私だけ席に残って日向ぼっこを楽しんでおります。


 喧嘩屋に焼かれた服の代わりに皮鎧を身に付ける羽目になっていましたが、本日からはスカートです。薄緑色のワンピースのスカート。スースーします。でも、乙女チック。


 ショーメ先生かベセリン爺がいたら、きれいな磁器のポットで優雅なティータイムを演出してくれたでしょう。



 ガランガドーさんが空を翔んでいます。この街、マールテンの人々は彼をソニアちゃんに従う竜と勘違いしていまして、皆が彼を敬いの目で見上げていました。ガランガドーさん、注目を浴びて楽しそう。

 ソニアちゃんは家族の墓参りに行くと言ってましたね。剣王は知らない剣士達と稽古中。オロ部長は土の下。ルッカさんは姿が見えないので空でも飛んでいるのでしょう。

 結果、私は暇です。



 さて、どうしたものか。


 オロ部長の辞職をどうやって撤回させるか考えますか。

 やはり私1人では力不足な感じでして、アデリーナ様やアシュリンさんからも変心をお願いすることが良い気がします。



 はっ! ここで私の頭脳が唐突に閃きました。


 オロ部長、アシュリンが抜けるとなると、部署の序列的に私がトップになるんじゃないでしょうか……。だって、ルッカさんやフロンより私は在籍年数が長いし、人望がある。


 いや、しかし……あいつらがメリナ新部長の言うことを素直に聞くはずがないですね。愚かな考え……ハッ!!



 魔族どもを追い出せば良いのか……。

 そうすると、魔物駆除殲滅部に所属するのは私1人。仕事をサボっていても怒る人はいないし、オロ部長も何ら仕事をしている様子はないから「これが部長の仕事です。知らないんですか?」とか主張できそう。



 ……ゴクッ。凄く魅力的なアイデアです。



 ルッカさんは、うん、私の記憶を奪ったことを吊し上げて、その罪で神殿を追放しましょう。嘘ではないから誰にも文句を言わせません。

 フロンは……そうだ! 真夜中に寝ているアデリーナ様を襲わせましょう。フロン的には念願が叶って殺されても本望でしょうし、生存しても同僚の巫女を襲うとは何たる不届き者ということで、メリナ部長の権限で懲戒免職です。


 うわ。スゴ……。



「どうしたの、巫女さん? クレイジーな雰囲気を醸し出しているけど?」


「わっ! ルッカさん!」


 背後から声を掛けられて、思わず大きな声を上げてしまいました。

 なお、クレイジーな雰囲気っていう極めて失礼な言葉に怒りを覚えます。


「大切な話があります。そこに座ってください」


「えー、何よ。そんなに改められると緊張するわね。私、ナーバスになっちゃうわ」


 そんなことを言いながら、彼女は私の正面に座ります。胸の谷間を強調した相変わらずの服装が風紀を乱す感じです。



「私の記憶を奪った大罪を償う方法なんてあるのかしら? ねぇ、ルッカさん」


 奇襲にして先制攻撃。

 さぁ、ルッカ! お前はどう返す?


「あら? 犯人が見つかったの? グッドね」


 そうか。お前の選択は(とぼ)けか。


「アデリーナ様も言っておりましたよ。最有力容疑者はルッカさんだと」


「えぇ!? まだ私が疑われてるの!? アンビリーバボー!」


 ふん、目を大きく見開いての驚きの表情がわざとらしい。


「ルッカさん、いや、ルッカ。記憶を奪われている間、私はお前のことをルッカ姉さんと呼ばされていたのです。どう考えてもお前の仕業です」


「何を言ってるの、巫女さん? それ、記憶を失った巫女さんが勝手に言い出しただけだと思うよ。私もちょっとコンフュージュしたもの」


 真顔で言われて、私もそんな気がしてきました。しかし、そんなことで私は言い負けません。



「私、覚えてますよ。あの時の稽古、お前はいつもより素早い動きで私を襲いました。殺意さえあったのではないでしょうか」


「そう? 巫女さんが油断していたのよ。私なんかが巫女さんに敵う訳がないでしょ。ほんとクレイジー」


 くぅ、攻めあぐねる展開です。証拠がないのは辛い。

 ……ここはブラフを使いますか。


「ルッカさん。実はですね、アデリーナ様の詰問を受けて聖竜様がゲロってますよ。ちゃんと本当のことを喋れば許してあげますから」


「…………」


 えっ? 無言……?

 作戦が当たったのか……。



「聖竜様、言っちゃったのかぁ」


 おぉ! 見事に引っ掛かった!!

 しかし、はい、その反応は黒。残念ですよ、ルッカさん。


 私は黙って彼女が再び口を開くのを待ちます。


「遂に知ったのね。私が魔族じゃなくて天使だってこと……。うふふ、サプライズだったでしょ?」


 は?

 図々しい主張がいきなり放たれました。

 冗談にしても全く面白くないし、その意味では驚きです。


「ふざけてますね。意味分かんないし」


「ソーリーよ、巫女さん。巫女さんが強すぎるから天使としてウォッチせざるを得なかったの」


 ……ダメだ。全く話が読めない。

 私には手に負えません。あとはアデリーナ様に任せよう。


「いえ。事情は分かりました。ルッカさんも大変でしたね」


「そうなのよ。フローレンスさんも異常に強くなって、私1人でカバーできなくなるし。巫女さんが手伝ってくれて良かったわ」


「まあまあ、シャールに戻ってから続きを聞きますよ」


 そして、アデリーナ様に追求を任せ、最後は私が魔物駆除殲滅部からの追放を宣言するんです。


 そうだ。もう一回だけ記憶について聞いておこうかな。こいつが犯人かどうかは確かめておかなきゃ。



「で、どうして私の記憶を奪ったんですか?」


「それが分からないのよ。聖竜様の雄化魔法が完成間際だったから、巫女さんがエキサイトし過ぎないように鎮静魔法を事前に打っておこうかなってくらい」


「は? お前、それが原因でしょ!」


「そんな効果ないんだって。効き過ぎても眠るだけだもの」


「あそこに剣王がいます。あいつに、その鎮静魔法を全力で打ってみて下さい」


 今日も飽きずに剣を懸命に振るう姿が遠くに見えます。


「デンジャラスよ」


 人の名前に聞こえるのが異常です。クリスラさん、再改名して欲しいな。

 いやいや、今はそんなことを思っている場合じゃない。


「そんなデンジャラスなもんを私に放ったとか信じらんないです。ルッカさん、貴女は天使じゃなくて悪魔です」


「もぉ、じゃあ、やるわよ。彼、剣に対して執着してるわね。それを鎮静してみようかしら」


「全力ですよ。記憶がなくなるくらいに」


「失くならないって言ってるのに、巫女さんはプシーね」



 言い終えて、ルッカさんは剣王の方へと向かいます。私も付いて行きました。



「なんだ? 実戦訓練をやってくれるのか?」


 気付いた剣王が額の汗を拭いながら喋り掛けて来ました。


「えぇ。まずは、こちらの天使様がお相手ですが」


 私はルッカさんを示します。


「あ? ルッカだっけ? お前も天使なのか? 大変だな。俺も天使だ。聖女の奴、ふざけてるよな」


「ん? ……クレイジーね」


 混乱してきましたね。

 しかし、どうでも良いことです。


「それじゃ、試合始め!」


 お互いに準備をしていませんでしたが、私は宣言します。



「悪いな!」


 剣王の出だしが速い。喧嘩屋との戦いでもそうでしたが、彼は瞬発力に長けているみたいですね。


 彼の剣が無防備なルッカさんの片腕を落とす。


「ふん。大丈夫だ。メリナに治療して――グッ!!」


 ルッカさんをほぼ不死身の魔族と知らなかった剣王は油断していたのでしょう。喋っている最中に残った腕で頭を殴られました。


 軽く触ったくらいの威力で、たんこぶも出来そうにないくらい。なのに、喰らった剣王は意識を失って倒れます。

 動かない彼を観察していると、しばらくしてから、ムクリと立ち上がりました。



「ん? なんだ? わっ! 危ねーもん、持ってたわ」


 手にしていた剣を放り投げました。体勢も何だか猫背気味。表情も緩んでいます。


「剣なんて、だリーな。1日寝てたい。大金を拾って部屋で食っちゃ寝してたい」


 ……クズになってる。

 これ、鎮静魔法って言うのか。


「……剣王?」


 私は恐る恐る声を掛けます。


「よぉ、メリナ。俺、田舎に帰って金持ちの女と結婚するわ。ブスでも良い」


 私のことは覚えているか。記憶喪失ではない。

 しかし、クズだ。


「最強を目指すんじゃ無かったでしたか?」


「いや、無理。俺、剣怖いし、野蛮だし。楽して金が欲しい。靴なら舐める」


 性格まで変わってるのは確認。



 私は目配せでルッカさんに元に戻すようにお願いします。っていうか、戻るんだよね、これ?

 彼の妹のサブリナに申し訳ないですよ。


「はい、剣王さん。ウェイクアップよ」


 パチンと両手を合わせてルッカさんが合図をすると、剣王の目にギラギラした輝きが戻ります。


「うぉ! 俺は何を言ってたんだ!? ヤッベー。夢か? クソ、稽古の時間を損したじゃねーか」


 慌てて投げた剣を拾いに行き、また素振りを始めます。



「私、分かりました」


「何がよ、巫女さん?」


「犯人はルッカさんです」


「違うって! ほら、彼、記憶喪失にならなかったでしょ。トラストミー、トラストミー! 巫女さんに私の攻撃、ヒットしてないし!」


 えー、信じるとでも思ってるんですか。

 私はジーッと冷たい目で愚かなルッカさんを見つめ続けました。

 万死に値しますね。

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