ソニアちゃんの街へ
ガランガドーさんは遅れてやってきました。オロ部長を連れてくるように私が命じていたのですが、地下に潜んでいた部長とコンタクトを取るのに時間を要したようです。
事情が事情なので、私は戦闘に遅刻した罪を咎めることはしませんでした。
オロ部長、満身創痍でした。鱗は所々剥がれて赤い皮膚が見えますし、細くてきれいな腕の片方は千切れています。
到着時にはガランガドーさんの両手で掴まれてダラリとしていまして、まるで鷹に捕らわれた蛇みたいでした。
原因は明らかで喧嘩屋巫女長との戦闘でしょう。オロ部長にここまで深傷を負わすとは、やはり恐ろしい敵でした。
さて、すぐに私が得意とする回復魔法を使います。たちまちの内にオロ部長の体から傷はなくなりました。
とぐろを巻いてから部長は私に頭を下げて礼をしてくれます。
「メリナの上司?」
「そうですよ、ソニアちゃん。頼りになるオロ部長です」
「本当に大蛇。こんなのを上役に付けるなんて、竜の巫女は懐が深い」
オロ部長も同意されたのか、おちゃらけたのか、親指と人差し指で丸を作ってソニアちゃんに同意されました。『こんなの』とは口が悪すぎるので私は注意をしようとしたんですけどね。
それから、部長は手の平に物を書くようなジェスチャーをされまして筆記用具が欲しいのだと察します。
吹き飛んだ馬車の近くにアデリーナ様から頂いた鞄を無事に発見し、中から日記帳とペンを取り出します。
「オロ部長、どうぞ。ご自由に――あっ、いえ、この冊子、私の観察日記なんですよ。私を観察する日記でして、ついでに今日の分を部長に書いて頂けると嬉しいです」
再び手でオッケーのサインをしてくれました。オロ部長は気さくだし、強いし、優しいし、理想の上司です。加えて、唯一の人間の部位である腕から先はとても美しくて、もしも普通の人間の形で生まれてきていたなら、目を見張る美貌だったかもしれません。
オロ部長はサラサラと流暢に筆を動かし、筆記用具を私に返します。
◯メリナ観察日記19
もう死ぬんだなと私は思ってましたが、メリナさんに助けられました。王都にて、前王に憑依されたルッカさんに両断されて以来の二度目の救済ですね。
ありがとうございます。
今、決めました。私は修行の旅に出たいと思います。なので、巫女は退職します。後任はアシュリンに託しますね。
あっ、そうそう。アデリーナさんもこの日記を確認されますよね。寂しがらないで。定期的に顔を見せに来ますのでご安心を。また美味しくて楽しいお酒を楽しみましょう。私のは樽で用意しておいてね。
読んで愕然としました。
アシュリンは既に退職の意を示したところです。
となると、私、淫乱、淫乱の部署になるのです。または、私、魔族、魔族の構成でもあります。
魔物駆除殲滅部という名に反して、メンバーの過半数が魔物以上の化け物集団ですよ、これ! 化け物集団であることは今と大して変わらない気もしますが、新人が入ってきても半日で辞表が出されてしまうでしょう。ただ、それも今と大して変わらない状況な気もします。
「オロ部長、辞めないでください! 本当に辞めないでください! 私には部長が必要なんです!」
私は懸命に懇願します。それにたいして、オロ部長は両手をクロスして、ダメってジェスチャー。
「巫女さん、そんなにオロ部長に懐いていたの? でも、悲しくても旅立ちを邪魔するのはノーグッドよ」
「メリナが必死。そんなにも偉大な蛇。凄い」
オロ部長は今にもどこかへ飛んで行ってしまいそうです。私は焦ります。説得するには時間が足りない気がするのです。
そこで方策を変更します。
「部長、とりあえず街に行きましょう。旅をするにも今は帝国内で独立した勢力がありまして、軍事活動が盛んなのですよ。危ないですよね。さぁ、あっちの山の近くに安全な街があるみたいですから向かいましょう」
ガランガドーさん、有無を言わさずオロ部長を捕まえなさい。
『承知した』
幸いにもオロ部長も抵抗されず、とぐろを解いて横に真っ直ぐになりまして、ガランガドーさんが両前足でがっしりと握ります。
「それでは、皆さん。参りましょう。ソニアちゃんの故郷の街、えーと……」
「マールテン」
「そう! その街へ!」
馬車を失った私達もガランガドーさんに運んでもらいます。いまだ動かない剣王はガランガドーさんから転げ落ちそうだったので、自力で飛べるルッカさんに依頼しました。
うふふ、口には出しませんが、ルッカさんへの罰のつもりです。
そんなに時間を要さずに目的地に着きます。
上空から眺めた街は半壊していました。街道に面した壁は正門ごと崩れ、真ん中に位置する大きめの建物も火事の後が残されたままです。
「メリナ、あの館の前の庭に降りて」
ソニアちゃんがその焼けた屋敷に向かうことを指示してきました。拒否する理由もなく、私はガランガドーさんにそのまま伝えます。
本来は整えられた庭園だったのかもしれません。しかし、芝生も所々剥がれていて砂埃を上げながら私達は着地します。
突然に何本かの矢が飛んできて、全て火炎魔法で燃やし尽くします。
「敵じゃないですよ! ほら、こちらの女の子をご覧ください! ソニアちゃんです! 皆さんのソニアちゃんですよ!」
相手が帝国兵である可能性はありましたが、マールテンでは帝国に反旗を翻そうとしている勢力があると聞きました。
なので、こんな紹介をしたのです。
ソニアちゃんがガランガドーさんの背中で直立します。そして、どの方角からも本人の顔が見えるようにグルリと体を回しました。
「ソ、ソニアお嬢様!」
「生きておられたか!」
物陰に隠れていた何人かが声を上げます。その方々が顔を出すと、更に多くの武装した方が湧くように出てきて、一斉にワーッと駆け寄って来ました。
「行商の者から聞いておりましたぞ! 帝国からの独立を宣言したとか!?」
「そのお覚悟、我々もお供します!」
「うおぉ! 逃亡ではなく竜を従える為に終焉の森へ入ったのですか! さすがは英才ソニア様です!」
周囲の方々はそんなことを叫びながら、全力疾走です。ちょっと怖いです。
それを我慢して、私はソニアちゃんを抱いて地上へと飛び降ります。あっという間にソニアちゃんは喜ぶ人達にもみくちゃにされていました。
ソニアちゃん、無表情だけど嬉しそう。懐かしい人々との再会をお楽しみください。
その歓喜の集団をこっそりと抜けまして、私はオロ部長の下へと急ぎます。
「部長、お疲れ様でした。お体をお磨きさせて頂きます!」
喧嘩屋に焼かれた服を鞄から出しまして、オロ部長の鱗についた汚れを拭き取ります。そして、艶が出るまでに磨き上げるのです。
部長に尽くして尽くしまくって、『まぁ、メリナさんはこんなにも私を思ってくれているのね。健気です。じゃあ、竜の巫女のままでいてあげようかしら』と思い直すのを期待しているのです。
「ちょっと。巫女さん、何か男物の服を貰ってきてくれない。この人のシークレットな部分が私に直接当たっていたのよ」
うふ、面白い。そうなるように期待して剣王を運ぶのを依頼したんですもの、って、おい! 仰向けに置くんじゃない! 目が腐ります!




