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精霊と魔族

 喧嘩屋の体は弛緩。ルッカさんにしこたま魔力を吸い取られたようです。

 私は動けないように喧嘩屋の両肩を握っていた腕を下ろします。逃げる素振りもなく、喧嘩屋はお尻から力無く座りました。

 ルッカさんも唇を手で拭って満足げな顔をします。



「ロングタイムノーシーだったわね、巫女さん」


 ルッカさんは異国語を混ぜた喋り方をします。うざったいので止めて欲しいです。

 あと、彼女は胸をはだけた服装でして、この服は魔族らしく自分の魔力で構築したものだけに、趣味の悪さがはっきりと出ています。


「助かりました、ルッカ姉さん」


 私は心の内に蓋をして友好的であることを装います。


「姉さん? まだ記憶が戻ってないの? クレイジーね。でも、こっちこそ感謝するわよ、巫女さん」


 感謝? ルッカさんは別に喧嘩屋を止める義理はないはず。


「もうね、大変だったのよ。少し追い詰めたら、すぐに爆発しそうになるから誰も居ない森に誘導しようとしてたんだけど、中々フィクルな人だから、すぐに違うところに行っちゃうのよ」


「フィクル?」


「気紛れ」


 じゃあ、そう言いなさいよ。異国語を混ぜるなら、もっと簡単な単語にして欲しい。



 喧嘩屋は俯いて地面を見ていました。黙って観察をしていると呟き始めます。


「あらあら、私が負けたのね。魔力をいっぱい取られちゃったし」


 戦闘意欲は無くなっているみたいでホッとしました。


「そうですね。さあ、消え去りましょうか」


「えぇ、そうね。私の力は他のフローレンスに託すわね。あー、一番になりたかったけど、仕方ないわね」


 託す?

 そう言えば、ノノン村に出現した化け物も「力を譲る」とか言っていたことを思い出しました。


「……消える前に質問、良いですか?」


「何、メリナさん? 私が知っていることなら教えてあげる」


「力を他の巫女長に託して意味があるんですか? 何のために託すのですか?」


「最後は1つになるのよ。ほら、私達は分裂してるでしょ? それって不自然だから、いずれ元に戻るの。問題は誰がベースになるか。私がなりたかったなぁ」


 敢えて倒しに行かなくても時間が解決する系でしょうか。

 いや、でも、料理人対飼育係とか激烈な衝突をしていました。被害は幸いに出ませんでしたが、あれが街中での出来事なら話が変わります。また、喧嘩屋も帝国で殺人を犯しているみたいですし、やはり、放置はよくないか。



「どう思います、ルッカ姉さん?」


「どうもこうも、私にも分からないわよ。迷宮を進む巫女さんを見ていたら、フローレンスさんが凄いことになるんだもん。本当にクレイジーよ」


 やはり私を監視していたのか。

 記憶を奪った件と言い、こいつは何かを隠している。

 しかし、それは後からです。今は巫女長について聞いておきましょう。



「どうして分裂したのか、ご自分で分かりますか?」


「分かるわよ。うん、分かる」


 おお、聞いてみるものですね。



 素直になった巫女長は訥々と語ります。




 巫女長によってアデリーナ様、ショーメ先生とともに半強制的に参加させられた地下迷宮。色々あって迷宮ではぐれて独りになってしまった巫女長は、しかし、動じず、迷宮の最奥で現れた羽付きの虎を食べます。初見の獣はどんな味がするのか興味が止まないとのことです。


 お腹いっぱいに食べた巫女長は、そのままうとうととお昼寝をしてしまいます。その堂々とした行動も意味が分からなくて、魔物が寄ってくる恐怖とかは感じないのでしょうか。


 気付けば、巫女長は暗闇の中に居ました。

 これは私の照明魔法の効果が切れたからでしょう。

 また、洞窟内の風の流れが変わったそうです。落盤事故だと判断したと仰ったので、すかさず「確かに落盤事故が発生しました。不慮、且つ不幸な事故でした」と同意しておきました。

 あれだけ奥に居ても入り口の異変を感じ取れる能力……やはり巫女長はヤバい人です。



 外へ帰ろうかと立ち上がったところで、声無き声が頭に響きます。


『そなたの願いを叶えようぞ』


 それは奇妙で、複数の者、老若男女様々な声が入り交じった物でした。

 巫女長は不思議に思いながらも答えます。


「うーん。ダメ。願いが多過ぎて1つに絞れないわ」


『良い良い。ちょうど、そなたは過去に精霊を何体か喰らっておるな。ふむ、4つくらいは叶えてやろうぞ』


「そうなの? まぁ、嬉しいわ」


『人徳であろうな。ククク』


「褒められると照れるわ。私、何もしてないのにねぇ」



 次の瞬間、巫女長は4体に分裂していたのでした。

 いずれも違う外見なのに見覚えのある風体。何故なら巫女長の年齢違いの分身だったのです。



『自分自身と殺し合え。生き残った者の願いが叶うであろう。ククク』


「そんな殺し合うなんて命は大切よ」


『負ける程度の願いを叶える訳にはいかぬな。敗北したものは消えるのみ。どれかの願いに力を譲るが良い』


「勝手ね」


「えぇ勝手」


「でも、私は別の私が憎いわ」


「どうしてかしら戦いたくなるの。血が(たぎ)るの」


『そう仕組んだのであるからな。さぁ、争え。争った上で力を集約するが良い』


「あらあら、早く竜が食べたいわ」


「あらまぁ、食べるなんて酷い。消してあげるわね」


 っていう出来事があったそうです。




「ルッカ姉さん、本当ですかね?」


「分かんないわよ。人が分裂するなんて聞いたことないし」


 ルッカ姉さんは年の功を働かせることもなくて役に立ちませんね。


「それじゃあね、メリナさんとルッカさん。楽しかったわ。さようなら」


 喧嘩屋は魔力の粒子となって消えてしまいました。力を譲ると言っていましたが、残る1人の飼育係の巫女長に入ったのでしょうか。



「何者だったんでしょう?」


「巫女さん、私もね、精霊の声を聞いたことがあるの。『願いを叶えてやる』って言われたのも一緒。その後に、魔族になったのよ」


「魔族……」


 巫女長が永遠に近い命を持つことになると、本当に悪夢ですね。


「だから、魔族になる手前だったのかな。とてもデンジャラス」


 えぇ。あの強さでフロン並みの淫乱とか、想像するだけで身震いします。



「ところで、巫女さん。早く服を着ないと。セクシー過ぎるわよ」


「あっ!」


 乙女としては、大変に恥ずかしい。

 私は慌てて、周囲に落ちていた兵隊の胴体から皮鎧を外して身に付けました。


「えー、巫女さん、死者への冒涜よ、それ」


「有効利用です。私だって血で汚れた薄汚い鎧なんか着たくないです。ところで、ルッカ姉さん、何をしにこんな所へ? ガランガドーさんに会ったんですか?」


「私はね、さっきの喧嘩屋が暴走しそうだから見張ってたの」


「地下迷宮までは私の監視をしていませんでした?」


「あはは。監視だなんて酷い言い方よね。巫女さんが暴走しないように見てあげてただけよ、私。でも、フローレンスさんがより危なくなったから驚いたの」


「私が暴走するはずありませんよ」


「オールウェイズ暴走気味だものね」


 チッ。



 しばらくして、ソニアちゃんの指が動き、それからゆっくりと顔を上げます。


「メリナ……喧嘩屋は?」


「倒しました」


「その人は?」


「ルッカ姉さんです」


「……メリナの不倶戴天の敵」


 あちゃー、言っちゃいましたね。

 えー、どうしよう。


「どんな紹介をしているのよ。サプライズドよ、私」


「えぇ、まぁ、ジョークですよ、ははは」



 なお、剣王はまだ起き上がりません。打ち所が悪かったのかもしれないのですが、様子を見ることはできません。

 なぜなら、彼の服も燃やされ、陰部が丸見えの状態で気持ち悪いからです。視界にも入れたくないのです。

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