喧嘩屋
「自分の身は自分で守るように。ソニアちゃんも」
私は真っ直ぐ喧嘩屋を見据えつつ、そう言いました。庇って戦う余裕は御座いません。
「あらあら、3対1なの? もぉ、私、ゾクゾクして滾っちゃう」
いいえ。こちらは3ではありません。
ガランガドーさん、お願いです。
オロ部長を見つけて、ここまで運んで下さい。それから、ルッカさんもその辺で空から見ていると思います。「主はもうお前を許しておるぞ」とか嘘ついて、共闘に持ち込みます。よろしくお願いしますね。
『承知した。我も戦おうぞ』
ふむ、これで6対1です。
無論、早めに倒せるなら、それに越したことはないですね。剣王やソニアちゃんが殺される恐れがあります。
「どうしたのかしら。早く始めましょうね」
喧嘩屋フローレンスは微笑みを絶やしません。白髪ではあるものの、ヤナンカと違って体色は普通の人間と同じでして、むしろ血色が良くて健康的なくらいです。
その表情に敵意や悪意はありません。
でも、明らかに始めようとしているのは殺し合い。異常者ですね。
「じゃあ、遠慮なく行くぜ」
先に動いたのは剣王。
もう喧嘩屋の横に入り、剣を突いていました。
踏み込み良し、角度良し、狙い良し。
一撃で首の骨を断とうという試みでした。
が、喧嘩屋は恐れずに前に出る。
剣を透け通ったのかと思うほどで、瞬時の高速移動と最小移動でしょうか。転移魔法独特の魔力の揺らぎは無し。
気付いた時には剣王の腹に掌底を喰らわしていました。
「ガハッ!!」
常人なら腹を破られ、また吹き飛んでいたでしょう。しかし、そこそこ強い剣王は踏み留まります。
尚も剣を振る。突きを変化させて、高さはそのままで刃を立てて横から首を断つ動作に入りました。
喧嘩屋から2発目を受けるのも覚悟済み。死さえも予期しているかもしれません。
しかし、それさえ喧嘩屋は躱して見せました。剣が明らかに喧嘩屋の体を通り抜けた……。
喧嘩屋の足腰が少し沈む。力を込めたのが分かります。
「オラァァーッ!!」
気合い十分に私も接近して喧嘩屋の腰へ前蹴り。
両足を地面に付け攻撃体勢に入っているのですから、避けられることはないと判断したのです。
剣王よ、よく惹き付けました。
完全に私の足が入ります。
転がったところに氷の槍、もしくは更に蹴って頭を粉砕。
そんな予想をしていたのに、喧嘩屋の体は一切動きませんでした。
吹き飛ばすまでに圧を掛けたところで、突然に足が相手の体内に埋もれて行く。ズボッて感じ。
体表は固いけど、中は魔力か。なるほど。
無理矢理に足を抜いて、私への反撃をバックステップで往なす。剣王への回復魔法も忘れません。
「変わった体ですね」
「うふふ、あらあら、分かった? 精霊みたいでしょ」
「えぇ。邪悪な感じが精霊にそっくりですよ」
喧嘩屋を罵るためだけに言ったのですが、案外に当たっているかも。
リンシャル、ガランガドー、邪神。私が見たことがある精霊、出会った当初は全て狂気に満ちていました。
私達は立て続けに攻撃を行います。
「メリナ、私も戦う」
私の横を通り抜ける瞬間に、ソニアちゃんが伝えてきました。
例の強化魔法を使用済みの様子でして、果敢に正面から突撃。小柄な喧嘩屋よりも小さいソニアちゃんです。リーチが足りずに反撃で伸されると思ったのですが、相手の間合いに入る直前に距離を取るように跳びました。
逃げた訳じゃない。位置は喧嘩屋の斜め後ろ。隙あらば殺してやろうと私が狙っている状況で、喧嘩屋はソニアちゃんを視界に入れることは不可能。そして、剣王もソニアちゃんとは逆側で喧嘩屋の斜め後ろに入ります。
喧嘩屋を中心とした三角形の陣。いつぞやの筆記問題を思い出したのが癪でした。
今度も剣王が最初に詰めます。続いて、私。剣王の剣を避けた喧嘩屋の頭部に私の拳が炸裂します。本来なら中身が飛び散るのでしょうが、喧嘩屋の体内は魔力。光る粒子が漏れ出ただけ。
「痛いわね」
会話には応じない。
私は更に腹に膝射ち。
「痛いわ」
その頃にはソニアちゃんも接近していまして、子供にしてはきれいなフォームで連打を喧嘩屋の背中に与えます。
「もぉ、いたずらっ子ばかりなんだから」
このまま行けると思った時でした。
危険を感じる間もなく、閃光が視界を埋めます。平衡感覚のみで吹き飛ばされていることを知る。すぐさま広域の回復魔法。
地面を靴でズサズササッと削りながら着地します。服が焼け焦げ半裸に近い状態なっていました。
爆発系の魔法か。うん、大丈夫。運が良かった。
大切な所は見えていません。特にモジャモジャは。
剣王やソニアちゃんは倒れています。体に火傷もなく綺麗だから生きていますね。死んでいたら回復魔法は効きませんので、そう判断しました。
「あら、凄い」
「ふるさとの村に来た分裂体も爆発で脅してきましたね」
「そうなの。この魔法、彼女から譲り受けたのよ」
ん?
「良い力ね。さぁ、メリナさん、ようやく2人きりになれたわね。どちらが強いか、ちゃんと決めないといけないわ」
「精神魔法を使わない巫女長なんて私の敵じゃないですよ」
「まぁ、なんて頼もしい言葉。嬉しいわ。血が踊るの」
私は前進。迎え撃ってきた拳を体を横に振って外側へ躱し、相手の肩を掴む。蹴りが見えましたが、無視。
渾身の力で肩を破壊します。中身は魔力と言え、手で触れました。
私の腰も折られて少しぐらつきましたが、回復魔法で元に戻す。
それから、暴れて放れようとする小柄な相手の頭に、大きく縦に振った頭突きを叩き落とす。
硬いっ! 硬いが、私も硬い!!
何回も振り下ろす。その間に巫女長の体内の魔力を操って体を徐々に柔くしていきます。
いつもと違って魔力の動きが悪いのは何故なのか。
「うふふ、また爆発したくなっちゃうわね」
半壊した頭でそんな脅しをしてきました。
「無駄ですよ。さっきと同じように対処します」
「あら、他の2人が死んじゃうわよ」
「ここで死ななくてもいずれ死にます。人は寿命があるのです。遅いか早いかなんて大したことじゃない」
私はぶんぶん頭を打ち付けながら答えます。
喧嘩屋も無抵抗な訳ではありません。離れようと私の腹や胸を殴ってきます。かなりの威力でして、その度に回復魔法。
「もぉ、痛いわね」
チッ。また爆発魔法か……。
相手の魔力が高まるのを察知しながら、しかし、それを操作して邪魔することは叶わず。
尋常でない衝撃に備えようとした時でした。
「巫女さん、グッショブ! そのまま押さえていて!」
喧嘩屋の背後に背の高い女性が突然に降り立ってきました。
私の振り下ろす頭にも青い髪の毛がふわりと掛かります。
ルッカです。吸血鬼の魔族。
ガブリと喧嘩屋の首筋に牙を突き刺し、魔力を吸い出し始めました。
よくも堂々と私の目の前に現れたものですね、この淫乱め。




