白髪の女
ソニアちゃんを起こして朝食を頂いてから、馬車に乗って街の外へと出ます。
私達が通ってから危険だからという理由で街の門は閉ざされていたのですが、黒い竜は去っていったとの判断で開放されたのです。
何日も掛けて何かを採取しに行っていた冒険者の人が戻ってきていたり、私達と同じく今から旅立つ人とかもいて、小さな街ではありますな、それなりに賑わっていたみたいでした。
「シャールみたいに入る人間のチェックはしてないんですね」
「普通しねーだろ。シャールがおかしいだけだ」
そういうもんなんですね。確かに諸国連邦でも街に入るのに身分証明は要りませんでした。
「私も困った。街に着いたのに入れなかった」
あー、ソニアちゃんもそうでした。とても汚ない格好でお腹を鳴らしていたんですよね。
「知ってるか。シャールで奴隷になるだけでも、門の前で長く待たされるんだ。運が悪ければ、一晩野宿だぜ」
「奴隷? シャールで見たことないですよ。乞食は貧民街にいっぱいいましたけど」
「街のまともな人間は素性の分かんねー人間なんか雇わねーぜ。奴隷は鉱山とか農村に売られるんだよ。死ぬまで働かされるが、それまでは生きられる」
ふーん。そういうものなんですね。
「帝国も同じ言葉を喋るんですね。訛りもほとんどないし。私、ガインさんみたいな喋り方の人ばかりが住んでいるのかと内心怯えてました」
「ガインってギルド長か? あー、あいつはシャールから東へ遥か向こうに行った先の生まれらしいぜ」
よく知ってるなぁ。
剣王じゃなくて情報屋に名前を変えた方が良いんじゃないかな。
「何にせよ、言葉が通じて良かったです。私、諸国連邦の人たちなんてウホウホ言っている蛮族の連中だと思ってたくらいですし」
「おい! だから、そうゆー事を言うなよ! サブリナが悲しむって言ってるだろ!」
「今は思ってないですよ。サルヴァでさえ、マトモになりましたし」
「サルヴァ?」
「学校の教室で出会っていきなり、初対面の私に『乳を見せろ』って言い放ったバカです」
「それは驚嘆すべき大バカ。死ぬことが世界の幸せ」
「でしょ! すぐに校舎裏で制裁してやりましたよ!」
「目に浮かぶ」
「あれ? 本当に殴ったんだったかな……?」
昔過ぎて、記憶が曖昧です。
「大丈夫。メリナなら絶対に報復してる。血反吐、吐いてる。目に浮かぶ」
「そうだよね! ソニアちゃん、ありがとう」
平和な旅路はここまででした。
御者台に座る剣王が短く「口を閉じろ」と不遜に言います。
なだらかな登り坂の道でしたが、その先に一騎の騎兵が見えました。フル装備の姿から通常の見回り兵ではなさそうで、偵察または先払いでしょうか。
「まずいな。ガランガドーを追った連中が戻ってきたんじゃねーか。あの後ろに結構な人数が居そうだ」
「ちょっと待ってくださいね。聞いてみます」
ガランガドーさん、今どこにいますか?
『主よ、我は山影に隠れておるぞ』
もう一回出てきて、軍の人たちを誘き寄せてもらえま――その時、突然、閃光が視界を覆います。
「ソニアちゃん!」
目が見えない中、私は彼女の手を引っ張り、荷台から飛び降ります。そして、地面に伏せて、遅れてやってくるだろう爆風に備えました。
魔力感知をフル稼動させて、敵の位置を探ります。
予想通りに熱を持った爆風が前方から襲ってきて、耳をつんざく凄まじい爆発音の中、それよりも大きい悲鳴を上げる馬が馬車ごと吹き飛んで行きました。
可哀想ですが、どうしようもありません。ソニアちゃんが同様に風に巻き込まれないように腕をしっかりと持って上げるだけでした。今は凌ぎきるのが大切です。
爆風が去り静かになってから、私は立ち上がります。のどかだった風景が一変して、木片や兵士だった一部なんかが散らばっていました。
「何?」
「敵でしょう」
私はソニアちゃんに短く答えます。
「剣王、無事ですか?」
「この程度だったらな。邪神に比べたら屁でもねー」
道の先に見えた騎兵も居なくなっていました。
そこに代わりに立つのは白髪の若い小柄な女。
顔に浮かぶ柔らかい微笑みが周囲の惨状に対する違和感で悍ましい。
「メリナ、喧嘩屋フローレンス?」
「そうでしょう。殺りましょうかね」
迎え撃つため、剣王と私が並び、その後ろにソニアちゃんが控える配置を取ります。剣王も腰の剣を抜きました。
白髪の女はゆっくりとこちらへ歩いてきます。巫女長は精神魔法のスベシャリスト。距離を取られる方が不利だと思っていたのですが、好都合です。
早く私の攻撃魔法の間合いに入りなさい。
逃げる間もなく、火炎魔法で焼き滅ぼしてやります。
「あらあら、メリナさん。強い人を見つけたから楽しみにしていたのよ。まさか、貴女だったなんて。私、嬉しいわ」
遠くから声を掛けられました。
この口調は間違いなく、巫女長の分裂体。
「あと10歩」
私は剣王に告げます。
「分かった」
ガランガドーさん、聞こえますか?
魔法の準備。激しく燃え盛る炎の海をお願いします。
『御意』
魔法は精霊の力添えによって行使されます。意識しなくても魔法は発動しますが、直接頼んだ方が強くなる。
命令通り、ガランガドーさんが準備を始めたのでしょう。私の全身に魔力が漲ってきます。
「あらあら、ヤル気満々ね。話が早くて本当に助かるわ。どちらが強いか決めましょうね」
あと2歩、1歩、今!
「死ねぃ!!!」
私の魔法が発動。白髪の女を中心として炎が円形に広がります。上方へ逃がさぬ為、頭上くらいの高さから構築。そこから下へ炎を伸ばす。
完全に掛かった! 魔力感知的にも動けてない!
ククク、極めて愚か! この私を前にして油断をしておりましたね。灰になって消え去れ!!
しかし、爆風。そこに火炎が乗って更に凶悪になっていました。
即座に私は氷の壁。
一息付く間もなく、氷はひび割れ、そして破壊され、現れたのは焼け爛れた白髪の女の顔。
体勢からすると拳で私の氷の壁を破壊したのでしょう。
そいつの焼けた肌が修復されていくのを目の当たりにする。
「すごい熱かったわ。ヒリヒリするの」
「楽にしてあげますからご安心を」
私の横蹴りは躱される。避けた先で剣王が斜め後ろから魔剣を振るうも、それさえも身軽なステップで空を切らせます。
先制失敗。
「どなたですかね?」
私は質問しつつ、次のアクションを取る。
ガランガドーさん、次の準備。
氷魔法。特大の氷の槍。超高速でぶつけたい。
「フローレンス。貴女が知っているフローレンスの最盛期のフローレンス。強さを追い求め、最強になりたかったフローレンスよ」
「最盛期? 私の知っている巫女長の方が強そうですけど」
「魔法じゃダメなのよ。肉体と肉体のぶつかり合いが楽しいのよ。メリナさんなら分かるでしょ?」
「いえ、全く」
「そう? 私達、とても似た者同士――」
だと思っているのでしょうか。誤解も甚だしい。
「死ねぃ!!」
両腕を前にして、氷の杭を構築しながら射出。敵は避けようとしましたが、私の依頼通りに高速で射ち出たそれは、喧嘩屋フローレンスの下半身を砕き、貫き、喰い千切ります。
宙に浮かんだ上半身に追い討ちの炎の玉。血痕も残さず消え去りなさい。
が、またもや炎が飛び散ります。上半身も転がるのかと思いきや、ニョキニョキと腰と脚が生えてきて、何事も無かったかのように着地しました。
「もぉ。喋っている最中よ。本当にメリナさんは我慢できないんだから」
……手強い。
私は両拳を軽く握って構えました。




