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ガランガドーさんを呼び起こす

 私は早起きをしました。まだ空に浮かぶのは月でして、その柔らかな光を浴びながら、私はムクリと防寒マントから出たのです。

 肌に残るソニアちゃんの体温が、弱く吹く風で冷やされていきます。


 荷台から飛び降り、少し歩きます。離れて眠る剣王が物音に気付いて体を起こそうとしましたが、異状ではないと判断して寝直しましたね。



 なだらかな丘を登り、私は草の上に足を折って座ります。そして、目を瞑り集中。


 自らの体内の奥深く、魔力が集中する胸の奥の奥。精神を尖らせて、穿つように中を覗いて行きます。


 風も月光も感じなくなり、あらゆる思考を閉じ、私は唯々、自らの奥深くに意識を運ぶのです。


 黒い魔力。黒い魔力。黒い魔力。たまに白い魔力。

 私は無心で辿る。体は動いていないのに、私の精神は深部に向けて進み続けます。



 昔、不幸な連続の死産で精神を病んだお母さんは、1日中、目を瞑って切り株に腰掛けてました。でも、ある日、お母さんは立ち直ります。精霊達が集う世界を訪れ、その助けを得たと言うのです。

 その真偽は分かりません。でも、信じます。廃人だったお母さんが元に戻ったのは本当ですから。


 精霊は人の世に顕現することで姿を現します。ならば、精霊の世界に人が顕現することも可能と考えました。

 どうするか。精霊を象る魔力を辿れば良いのです。そう考えました。


 全く……手を掛かせますね。あのバカは。



 距離とか深度とか、そんな物理的な要素はないのかもしれません。

 やがて、私は黒い魔力が集まる場所へとやって来ました。何もない空間。何かの気配だけが漂う感じです。



 ガランガドーさん、迎えに来ましたよ。


『あらぁ、残念。彼ではなくて、私よ、私』


 ねっとりと絡み付くような返答が私の精神に張り付く。

 これは邪神。1年前に消滅させたはずの私のもう一匹の精霊。


 お前に用はありません。散りなさい。


『うふふ。貴女に負けて落ち着いてるの、私。だから良いわよ。退いてあげる』


 一戦を覚悟しましたが、邪神は素直に道を開けます。



『この先よぉ、うふふ』


 罠かもしれない。


『そんなことしないわよぉ。貴女は私の扉。ここでは殺さないわよ』


 私にとってもお前が扉ですけどね。いや、こいつの魔力を追ったのだから道導か。


『そういうこと。私は貴女、貴女は私』


 ふざけた事を言いますね。じゃれ合うつもりはないので、もう去って頂けます?


『うふふ。そう? じゃあ、さようならぁ』



 私は先へと意識を進めます。

 黒い粒子がぼんやりと浮遊しています。邪神とは違い、魔力以外の存在は感じられませんでした。黒い粒を集めて、ギュッと固めて、はい、出来上がり!



『主よ……』


 お久しぶりです、ガランガドーさん。

 無事に復活ですね。


『情けない限りである。我は腑抜け。竜の面汚しよな』 


 そんなことないですよ。さぁ、帰りましょう。


『主よ。我はまだ主の役に立てようか?』


 えぇ。では、戻りますね。ガランガドーさんの体を構築しましたら、すぐに来るように。



 目的を終えた私の意識は一瞬で人の世に戻りました。まだ月明かりの下で剣王が寝ているのを確認して、ギクリとした後に一安心します。

 危ない。異空間は時間の流れが違うことがあって、戻ったら100年後とかでなくて良かった。忘れてました。



 太陽の光は眩しくて、お寝坊さんのソニアちゃんであっても今日は早くから起きてきました。



「塩が入ってない」


「贅沢品です」


「箱の中に干し肉があっただろ。それを煮込めよ」


「ゾルの言う通り」


「何でも食べないと強い子になれませんよ。そこの剣王レベル程度で止まりますよ」


 折角、私が朝食を用意してあげたというのに、文句ばかり言います。


「……なるほどな。ソニア、お前は食うな。この草の煮汁は俺のモンだ」


「嫌。もっと強くなる。復讐のために。だから我慢して食べる」


 2人は急にガツガツと食べ始めます。私は微笑ましくそれを見つつ、干し肉があるなら、そっちの方が良かったなぁと思いました。

 


「うし! それじゃ、出発するか」


「待ちなさい、剣王」


「あ? なんだ? あと、俺の事はゾルって呼べって言っただろ」


 ふん、私がお前をどう呼ぶのかは私が選ぶのです。


「ソニアちゃんは私か剣王としか戦ったことがありません。つまり、勝利を知らないのです」


「ん? それがどうした?」


「自分の力がどの程度なのかも分かっていないでしょう。そこで、私は最適な組み手相手を用意致しました。ソニアちゃん、その方に全力で魔法をぶちこんで見なさい」


「いいの?」


「はい」



 私はガランガドーさんを構築します。ミニチュアじゃなくて、ちゃんとした大きさの。

 聖竜様には及びませんが、3階建ての建物よりは大きいかもしれません。

 その辺の木よりは高い位置にある頭、刺々しい翼、黒光りする鱗。強そうに見えます。



「死竜かよ……」


「ガランガドーさんです」


「召喚魔法? メリナ、凄い」


 驚くソニアちゃんを横目に話を進めます。


「ガランガドーさん、このソニアちゃんの魔法を受け止めてください。それだけで良いです」


『うむ。主よ、我は胸を貸してやろうぞ』


「もしも、また死んだらお肉も骨も皮も売り捌きますからね」


『主よっ!! 再会したばかりであるぞ!』



 ソニアちゃんは構えます。それから、魔法詠唱を開始。


「我は願う、彝倫(いりん)を護る篇帙(へんちつ)に。其は災いたる蚩笑(ししょう)(けしくず)る。其は汚らわしき堊室(あくしつ)()ける。更には其は(おど)された摘抉(てきけつ)(ぬぐ)う。(いわ)んや、烝々(じょうじょう)にして忿々(ふんふん)にして瀏々(りゅうりゅう)たる羈鳥(きちょう)においては。素景(そけい)が照らす(うえ)は我が身」


 魔力は高まったけど、発動はしていない?

 いやー、でも、ソニアちゃん、凄いです。小さいのに、よく詠唱の言葉を覚えてるなぁ。



「殺るっ!」


 強い気合いの言葉と共にソニアちゃんは火の玉を出します。いつもは拳大の大きさですが、今回は大きな酒樽くらいのサイズです。それが何個も宙に浮かび、ガランガドーさんに襲い掛かります。



「魔力強化の魔法だったな」


「あー、そんなのもあるんですね」


「しかし、あれくらいでは死竜は倒せねーよ」


 剣王の言う通りです。

 良い威力でしたが、爆炎が消えて再び姿を確認できたガランガドーさんの体には少しの傷も入っていませんでした。


 何回も火の玉を繰り出すソニアちゃん。しかし、ガランガドーさんは憎々しいまでに悠然としています。



『弱き者よ、これくらいで良かろう。我を焼けぬともーー』


「弱いのは嫌!」


 ガランガドーさんの言葉にソニアちゃんは反感を持ったのでしょう。淡白な彼女が強さに拘るようになったのは良いことで、今後も成長に貪欲になるでしょう。


 魔法攻撃を止めて突撃したソニアちゃんの連打はガランガドーさんを浮かす。周囲に打撃音が響きます。



「……拳王みてーだな」


「これ、あれですね。アデリーナ様に注意されてから使ってないけど、私の強化魔法と同じ系統ですよ。凄く気持ち良くなって、パワーが出るんですよね」

 

「おい、止めねーとヤバいぞ。腕が折れてるのに殴ってる」



 その後、ソニアちゃんは落ち着きました。息切れをしていましたが、体は私の回復魔法で万全の状態に戻りました。

 ガランガドーさんの鱗が何枚か砕かれています。相当に痛かったのか、ガランガドーさん、涙目でそこを舐めていました。



「ガランガドーさんもよく頑張りました」


『ふむ。我に傷を付けるとは中々であったな』


「ところで、追加の依頼で悪いんですけど、適当に飛び立ってもらえません?」


『うむ?』


「ガランガドーさん、大きな図体で出したんで帝国の人に気付かれたみたいなんです」


 遠くに草原を駆け抜けて騎兵隊が向かってくるのが見えます。その後ろには歩兵もいるでしょう。


『承知した』


 わざと低滑空で彼らをビビらせながら、ガランガドーさんは咆哮を上げながら飛び去りました。久々の娑婆は気持ち良いのでしょう。



 さてさて、ガランガドーさんが良い囮になってくれました。私達は怪しまれることなく街に辿り着くのでした。

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