次の街へ向かって
ソニアちゃんが起きたのですが、すぐの出立とはなりませんでした。彼女が「お腹が空く。隣街まで2日掛かるし」と言うからです。
ソニアちゃんはこの近隣の土地勘があったのかと驚いたのですが、ベリンダ姉さんが養子手続きのために呼んだ行政官が到着するのに2日要したことからの類推だそうです。
賢い。うん、まだまだ子供なのに凄いです。
そういうことで、私達は朝食を取りました。ベリンダ姉さんも同席です。
彼女の熱い視線を鬱陶しく思いつつ、私は目玉焼きなどを頂きました。
「おい。ベリンダにここを出るって言っておけよ」
剣王が小声で私に言ってきました。
「面倒になりそうなので、嫌です」
「お前が居なくなったら、あいつが殺されかねねーぞ。圧倒的強さのお前が居るから、他の帝国兵も逆らっていないだけだ。対策を打たせておけ」
なるほど。狂った上司を排除したくなるのは当然か。
ベリンダ姉さんが殺されたら、私達は王国への帰り道を失います。そうすると、私は聖竜様の待つシャールに帰れなくなるのです。それは、いけません。
「ベリンダ姉さん」
私は優しく語り掛けます。
「あぁ! 地を這う虫のように価値のない私に唯一神様のお言葉が闇を切り裂く光の様に届きました! なんたる誉れ! なんたる光栄! 是非とも本日の福音書に記したく存じます」
壊れてるんだよなぁ。イルゼさんの病気って感染性だったのかと思いますよ。
「所用で帝国を旅することにしました。暫く留守にしますが、何かあれば駆け付けますので、ご安心ください」
「はい! 神の御子は真実を知った私にお任せください」
「いや、ソニアちゃんも連れて行きますので」
「新たな試練をお与えになられるのですね! 艱難辛苦に打ち勝ち、それを全うされることをベリンダは毎日祈願致します」
いやー、怖いなぁ。人格ってこんなにも変わるんだ。進まぬ話にしびれを切らしたのか、剣王がつっけんどんに言います。
「天使からの命令だ。イルゼが来たら『冒険者パウス、ミーナ、デンジャラス、この内の1人、2人をベリンダの護衛のために連れてこい。それがメリナの願いだ』って伝えろ」
「承知致しました、天使様。命に代えても一字一句違えることなくお伝えすることを誓います」
その後、私達は馬車を支給頂いて、ベリンダ姉さんの関所なのか砦なのか街なのか分からない所を出ました。
日除けの幌もない簡易なものでして、これは剣王の希望でした。他にも色々と馬車も用意されていましたが、豪華な物だと目立つし、幌付きだと怪しまれると言うのです。
イルゼさんが転移してくる時間は大体決まっていまして、その直前くらいに出発しました。
私とソニアちゃんは荷物と一緒に荷台に座り、剣王が馬を操ります。道を北に進んだ先に大きな街があるそうなので、そこを目指しています。
「デンジャラスは知ってる。パウスはゾルより強いって聞いた。ミーナは誰?」
ゆっくりと動く風景を眺めていたソニアちゃんが、唐突に聞いてきました。
「ミーナちゃんも冒険者ですね。ソニアちゃんと同い歳くらいかな」
「もう少し大きいだろ。10は越えてる感じだったな」
前を向いて手綱を持ったまま、剣王が会話に参加してきます。
「ザリガニの獣人なんですよ。成長が早いんでそう見えるけど、ソニアちゃんくらい」
「私と同い歳なのに強い?」
ソニアちゃんも力に興味を持つようになったのでしょうか。良いことです。
「強いよ。剣王よりも遥かに」
「凄い」
「おいおい。力も速度も俺より上だが、何でも有りなら俺の方が上だぜ」
強がりですね。
「ある賢い人が10年後には私を凌ぐって言ってるくらいです。相当な才能ですよ」
「ケッ」
「そう……。会ってみたい。メリナが認める強者に」
「シャールに戻ったら紹介するよ」
馬車はどんどんと野原を進み、林へと入ります。ちゃんと手入れをしてある場所でしたので、道も整備してあるし、日光も地上まで届いていました。
「街の名前、何でしたっけ?」
「ゲンノウル」
ソニアちゃん、よく覚えてるなぁ。
「剣王、名物は何ですか?」
「知らねーよ。俺は帝都にいたんだ。こんな辺境の街なんて聞いたこともねーよ」
「私の育った街の隣。辺境じゃない」
「あー、悪かった」
「そう言えば、剣王って呼んでも、帝国の人は誰も知りませんでしたね」
「俺を剣王って呼び出したのは、諸国連邦に戻る直前だったからな。知らなくて当然だ。それに、異国民の俺を帝国が英雄にするはずもない」
林を抜けて、しばらくしてから早めの夕食と野宿の準備をしました。道を少し外れたところに馬車を止めます。
剣王が馬の世話をしている中、ソニアちゃんが調理をし、私は周囲を見張って魔物などの敵襲に備えます。
私がお料理をしてあげたかったのですが、ソニアちゃんにも役割を持たせてあげないと可哀想ですからね。鍋でコトコト煮物を作っていました。
「まずまずの味ですね」
「メリナの料理より美味しい」
「ん? ソニアちゃん、お料理対決の再戦希望?」
「負けない」
「へぇ? じゃあ、そこの草を使って勝負です!」
「腕っぷしじゃなければ勝てる」
なんて負けん気の強い! ギッタギタにしてやります!
「おい、止めろ。敵国に入ってるのに騒ぐな」
私は剣王を無視して、背の長い草を抜き、火で炙って、彼の前に出します。
「何のつもりだ?」
「食べてみてください。私の火加減が神業であることを知るでしょう」
「はぁ? ……うわっ、苦っ! ニゲーよ!! 何て物を食わす!」
「ゾル、私も作った」
「切って並べただけだろ! お前ら、バカか!?」
空は満天の星空です。
剣王は馬車から少し離れた地べたでマントにくるまって、寝息を立てています。
私とソニアちゃんは荷台の上で横になっていました。いつもの夜と同じように、私の服を遠慮がちに掴んでいます。
よく一緒に寝ていたと言うお姉さんを思い出しているのかもしれません。彼女の故郷に近付くほど、懐かしい思いになりますし、家族を殺された辛さも心に浮かんでくるでしょう。
「メリナ、怖くない?」
あっ、ソニアちゃん、起きてたんだ。
「怖い? 喧嘩屋フローレンスと戦う覚悟は付けてます」
「帝国の軍隊は?」
「そっちは余裕です。剣王でも帝国最強とかぬかしていたくらいですから。ソニアちゃんは怖い?」
「分からない」
「ベリンダさんの所にいた方が良かった?」
「それは嫌。私を神の子とか言って、気持ち悪い」
ですよね。
「……メリナ、私は戦えるのかな」
実戦経験がないもんねぇ。不安なのかなぁ。
そうだ! 明日は早起きして景気付けと行きましょう!
「大丈夫だよ。ソニアちゃん、もう寝ようか。明日は帝国兵と遭遇するかもしれないしね」
「……うん」
彼女の体が少し私に近付くのが分かりました。大人びた言動をしますが、まだまだ彼女は子供なのですね。かわいい寝顔です。
あっ! 忘れてた!!
日記書いてもらわなきゃ。
私はソニアちゃんを揺すって起こしました。
◎メリナ観察日記17
ばしゃ、いどう、おしり、いたい。ねむい。




