進む日記
ベリンダさんとは義兄弟ならぬ義姉妹の誓いを立てました。なので、私はベリンダ姉さんと呼んでいます。
栗色の長い髪の毛におしゃれな髪飾りを付けているお姉さんは自慢のお姉さんです。
しかも、優しくて何でも言うことを聞いてくれるので、私は懐かざるを得ません。
気付けば、もう帝国に入って10日になりました。
今、私は自室にいます。
真ん中に大部屋があって、そこから4つの個室に繋がる構造です。寝る時やプライベートな時は個室で過ごし、お食事は大部屋です。
「何してんだ?」
起きたばかりで寝癖も直していない剣王が大部屋に入るなり、不躾に尋ねてきました。
「日記を読み返しています」
「日記? んなモン付けてんのか。意外にマメなヤツだな」
「えぇ。ベリンダ姉さんにお願いするのも大変になってきました。あの人、気持ち悪いんです」
「は?」
剣王がツカツカと歩いてきて、私の日記帳を奪い取ります。ここが帝国であったことを幸運に思いなさい。殺されて当然の行為ですが、ベリンダ姉さんに迷惑が掛かるので勘弁してやりましょう。
「おい。メリナ観察日記ってあるぞ?」
「アデリーナ様がお書きになったのです。あの人、悪意が激しいですよね」
「暇潰しだ。読んでやる」
「サブリナに言い付けますよ。『お前の兄は乙女の日記を読み漁る変態野郎だ』と」
「観察日記だろ。俺も幼年学校で小魚の観察をした」
……いや、それ、読んで良い理由に全くなってないですよ。
◎メリナ観察日記8
今日はメリナ閣下に拝謁した大変な嘉日でありました。帝国にも轟く英雄の名以上に、優れた方であることが初めてお姿を認めた瞬間から分かりました。内に秘めた気品が溢れ出していたのです。
過去の両国には敵対関係となる不幸な歴史も御座いましたが、見識豊かなメリナ閣下が和平条約を取り纏め、更にはそれと深く関連した不法出国者の処罰の対応について我々の意向に沿って善処されることを信じております。
帝国はメリナ閣下とともに歩むことを希望致します。
「あれだけ養子と言っていたのに処罰かよ」
「ベリンダ姉さんも立場上そう書かないといけなかったんですよ」
「ふん。あと、この時はまだお前を閣下と呼んでいたんだな」
「ですね。騙される前ですもん」
「この時は俺もこーなるとは思えなかった」
◎メリナ観察日記9
メリナ閣下との交渉2日目。かの娘を養子とする為の条件を閣下とともに詰め終えました。また、手続き上、近くの街より行政官を呼ぶことについて承諾を得ました。2日後には到着するでしょう。
閣下たち御一行の稽古の様子も拝見致しました。まるで重犯罪者への拷問に匹敵するかと思われまして、幼児にそのように対応しますと、閣下の完全なる品性が僅かなりとも疑われてしまう可能性が御座います。僭越ながら、彼女も帝国の民で御座いますので、閣下がお手を汚される必要は御座いませんことを申し添えさせて頂きます。
また、私には光栄に過ぎたる義兄弟の契りを結んで頂きました。この栄誉の日をベリンダは忘れることはないでしょう。
「容赦なくソニアを殴り飛ばしていたもんな。顔面からも腹からも大出血とかヤベーと思うわな」
「稽古ですから当然です。でも、姉さんの視線を意識して、少し強めに叩いたんですよね。危うく死んでしまうところでした」
「俺も気絶していた時だろ。見ていた兵士に聞いたら、思わず顔を背けた惨状だったらしいな」
「そうでしたかね」
「先帝の娘を王国のヤツが惨殺なんてやったら、反感と面子潰しで大混乱必須だわな。現帝王でさえ、王国討伐の軍を挙げる羽目になりそうだ」
◎メリナ観察日記10
今日はブラナン王国の聖女であるイルゼ猊下と拝謁した。メリナ閣下の信望の厚さに驚かされるばかりで、猊下でさえ、閣下に深い忠誠を誓っておられる様子でした。
本来でありましたら、正規の入出国手続きを取って頂きたかったところなのですが、閣下の手前、指摘は致しませんでした。
猊下の類い稀な転移魔法の能力は目を見張る限りなので御座いますが、私としましては部下に示しが付きませんので、ご配慮頂きたく存じます。
また、帝国の文化財は閣下にとっても物珍しいと思われていることは光栄で御座いますが、無断で王国側に運ぶような真似はお止めください。イルゼ猊下に運ぶようお命じになっている姿が部下より報告されております。
「雲行きが怪しくなってきたな」
「そうですか? 私としては姉さんがお困りだったとは知らなかったんです」
「盗みを働いたヤツが言う言葉じゃないな」
「違いますよ。私ちゃんと『この壺きれいですね。欲しいなぁ』って言いましたもん。姉さん、無言でしたが、絶対にオッケーってことです。私の願いを何でも聞いてくれるはずだから」
◎メリナ観察日記11
閣下、突然の攻撃魔法はお止めください。遠くに見える我が国の山が大きく削られました。どのような被害報告が為されるか予断ならない状況です。人的被害が発生していた場合、どのように責任をお取りになるのかお聞きしたく存じます。
軍司令部、各貴族、行政府からも王国からの攻撃かと問い合わせがあり、釈明に追われております。養子手続きどころではなくなりました。率直にお書きします。何がしたいのですか?
また、イルゼ猊下から『メリナ正教会』の勧誘を受けておりますが、入信することはないことをここに断言させて頂きます。
「あー、あの魔法な。魔族が見えたからって理由だっけ?」
「私の記憶を奪いやがったルッカのヤローが遠くに見えたんです。全力で魔法を射ったんで、久々に魔力切れになりましたね」
「ベリンダも本気でヤベーと思ったんだろうなぁ。文章から余裕がなくなっている」
「姉さんはこの日も笑顔でしたよ」
「我慢強いのもツレーわな」
◎メリナ観察日記12
昨日の件について軍の事故調査部隊が入る。私を追い落としたい誰かが彼らに虚偽密告をした。
大量の軍資金や宝物を王国側に流している、王国側使者が「姉さん、姉さん」と懐いている、その従者に帯剣を許可している、など。
王国からの密書を見せて反論したが、入国時に既に開封された状態で手渡されたものと判明。かえって、私の確認の甘さを詰められる。
出世の道は断たれた。親の命令通りに他家に嫁ぐしかないのだろうか。自分の不甲斐なさと理不尽に対する悔しさに涙が零れた。
それを見た閣下は調査部隊の方々を殴り飛ばし、状況を悪化させた。腹痛が酷い。吐き気も止まらない。
「哀れだな」
「えぇ、姉さんが可哀想でした。泣き震えながら日記を書いてました」
「たった5日目でこれだからな」
「姉さん、日記に書くネタが尽きたのかもしれませんね。自分のことしか書いてないから、書き直しをお願いしたんですけど、ずっとお腹を押さえて呻いてました」
「お前、鬼だよな」
◎メリナ観察日記13
どの部下が私を密告したのか分からず、私は疑心暗鬼に陥った。そんな私にイルゼ猊下は声を掛けてくれた。敵国の者であっても、思い悩む私の様子に聖職者は心を痛めたのであろう。
イルゼ猊下は取り乱す私の言葉を黙って聞き、そして、私のために神に祈ってくれた。
それは救い。
私の心は数日ぶりに晴れやかになった。
どうして気付かなかったのであろう。メリナ閣下が神であったとは。もう数日で私は神に逆らう悪魔になってしまうところであった。深く感動した私は、メリナ正教会にこの身を捧げる決心をした。
あぁ、神よ! 私の罪を赦して頂けるであろうか!
「こんな簡単にマジか? こいつ、案外に精神力が弱かったんだな」
「マジでガチなんですよ……。姉さん、悪徳宗教に填まってしまったんです。多額の寄進もしてます」
「金は差し出す先が違うだけだろ。しかし、追い詰められた所に甘い言葉か」
「イルゼさん、昔から聖女になる為に教育されていたんですよね。だから、弱った人に付け入るのが上手だったみたいなんですよ」
「やっぱ、デュランのヤツらは気に食わねーな」
◎メリナ観察日記14
私は夢を見た。目も眩む程の輝きが私を包み、今までに味わったことのない幸せを感じる。
あぁ、私は自分の使命に覚醒した。
神聖なるメリナ正教会を民に広めなければいけない。
イルゼ猊下からも承諾を得た為、私はメリナ正教会の国を作ることに決めた。
国主は神の子であるソニア様である。神は私に神の子を育てるように命じられたのだ。
おぉ、なんたる誉れ!
自分の運命を祝い、私は庭の土に染み込んだ神の子の血を食む。私も神に近付いただろうか。
「完全に壊れてんな」
「イルゼさん、薬って言うか毒物とか使ってんじゃないですか?」
「さぁな」
◎メリナ観察日記15
反乱が起きる。愚かにも神の従者を集団で襲う暴挙に出るも、人が天使に敵うはずもなく、奇跡により一瞬で制圧される。
私は神の御力を目の当たりにしたことを猊下に告げたところ、「福音書にお書きなさい」とご提案頂きましたので、ここに記します。
また猊下より親愛なる神に伝言です。猊下も福音書にお触れしたいとのことですので、ご慈愛を賜りたく宜しくお願い致します。
「従者ってお前ですか? 天使にされてますよ」
「たぶんな。一人で稽古していたら武器を持った奴らに囲まれた」
「福音書は何でしょうかね」
「この日記だろうな」
「怖いなぁ」
◎メリナ観察日記16
時勢からして今だと考えました。帝国内では、狂暴な大蛇の出現、散発的に起こる何者かの軍への襲撃、神による天地創造の一環である山岳の破壊など、各地で混乱が生じております。機に乗じて、私は帝国からの独立宣言をしました。
もちろん、国主は神の子であるソニア様です。私が猊下とともに説得することにより、多くの者がメリナ正教会に入信しました。
もうすぐ、この世の楽園が誕生するのです。
「どーすんだ、これ? 収拾が付かねーだろ」
「イルゼさんが責任取ってくれるでしょう。私は喧嘩屋フローレンスを倒しに帝国を旅しますよ。つまり、ここを脱出します」
「ソニアは?」
「もちろん、連れて行きます。連日の修行でだいぶ戦えるようになって来ましたし。そろそろ起きるかなぁ」




