貧乏親子
私は天才です。
昨日はアデリーナ様に唆されて、街の中に入ってしまいましたが、占い師をするのであれば、街の外で十分だと気付きました。
しかも、お客さんが勝手に来ます。彼らが並ぶ、街へと入る門のすぐ横に私は立っていますから。
ここであれば魔法も使い放題。
壁に火炎魔法をぶつけて変色させて、文字を浮かび上がらせました。うん、何だか魔法の精度が向上していて、とても綺麗に看板ができました。大変に満足です。
“伝説の占い師メリナの館ハッピードリーム~1万年の秘術を貴方に~”
それが私のお店の名前です。結構盛っていますが、インパクトが重要ですからね。
「はい、そこの貴方。この幸福の草を買いませんか? 銀貨20枚になります」
私は暇そうにしている男に話し掛けます。
「要らねーよ。ってか、その草、そこらに生えてるヤツだろ。占い師ならちゃんと占えよ」
……何たる正論。ぐうの根も出ないです。
さすがはベテラン商人風の男。頭が切れます。
「では、占いますよ。初回無料ですのでご安心を。本当なら銀貨3枚なのでお得ですね」
「おっと。やっと手続きの順番が来たな。じゃあな、姉ちゃん。売れねーと思うけど、頑張れよ」
いきなり買えと言ったのが宜しくなかったかな。反省です。
次は純朴そうな農家の方っぽいおじさんをターゲットにしましょう。麦わらで編んだ帽子を頭に被っていて、野菜を載せたロバを連れています。優しそうです。あと、騙されやすそうです。
「この石を買いませんか? 銀貨20枚のところ、なんと、5枚で良いですよ。まぁ、なんてお安い! さぁ、財布を取り出しましょう!」
「…………」
無視されました。
「むむむ、ビコーン。来ました。天啓です。あなた、今、困っていますね?」
「…………」
無言のままです。しかし、少し視線が泳ぎました。動揺したのが分かります。
「これです、これを買えば全ての悩みが解消します。虫の死骸です。ただの虫では御座いません。私が朝一で見つけた、とても運命的な出会いを果たした死骸です。これが、なんと、たった金貨一枚! さぁ、買った!」
「…………」
おじさん、門番さんに呼ばれて行ってしまいました……。
手応えはあったのに、惜しいなぁ。
その後、数人に声を掛けましたが、残念ながら、売り上げに繋げることはできませんでした。
休憩です。私はベッドに戻り、魔法で出した水をごくごくと飲みます。傍らには昨日購入したばかりのパンも有りまして、それも口にします。
パン屋の店員さん、優しかったです。お釣りもいっぱいくれるし、パンも何個かサービスでくれました。
魚のパンとか言うのも初めて食べましたが、なかなかの物ですね。小麦の代わりに白身魚を捏ねて焼いた物らしいのですが、極めて美味です。作った人は私に次ぐ天才だと思います。立派な人なのでしょう。
さてさて、仕事を再開するかなと思ったら、もう門へ入る行列はなくなっていました。
ふむぅ。今日はもうお休みですね。
日がな1日、ベッドで読書かなぁ。あっ、でも、日が眩しいんですよね。日除けを入手したいところです。あと、虫除けも欲しい。
門番さんが譲ってくれると有り難いなぁ。私は期待を込めた視線を送りつけると、ビクッとされました。
そんな中、親子2人が兵隊さんに連れられて門の外へと出てきました。子供は5歳くらいの女の子かな。親は母親だけ。両人とも汚れた服、ボサボサの髪の毛。貧しさが表に出ています。
私はパンを食べるのを止めて、そちらを注視します。
「金が払えないヤツはここから入れない。壁に沿って歩け。西の大門からなら、お金が無くても街へと入れる場所がある」
門番さんが冷たく言いました。
2人とも服は汚れ、破れも酷くて胴体しか被っていない状態です。足取りはまだしっかりしているので、行き倒れる心配はないかな。
私のベッドの前を俯きながら歩く女の子のお腹が鳴りました。
「これ、食べる?」
私はパンを渡します。
少し遠慮したように見えましたが、空腹には勝てなかったみたいで、両手で口に持って行っていました。
「あぁ! ありがとうございます! ありがとうございます! さぁ、ソニア! 遠慮なく頂くのよ!!」
すんごい勢いで、母親の方が興奮しました。私、ドン引きです。ここは怯えながら「……え、でも……え、良いのですか?」って、謙虚な態度が好ましいと思うのです。ってか、それが普通です。
とは言え、お母さんもお腹を空かせているようでしたので、もう一つパンを差し上げます。ガツガツとあっと言う間に、彼女も平らげてしまいます。
「メリナ様と言うのですか? あぁ、私、並んでいる時に聞いておりましたよ! 占い師なんですって!?」
「え、えぇ、まぁ……」
何故に私が謙虚にならざるを得ないのか!
謎の勢いに飲まれていると言うのか!?
「私達、お金持ちになりたいんです! 是非、初回無料で占ってください!!」
なんて真剣な眼。
私に有無を言わせない構えです。
「は、はい。では、占いますね……。ピピピピコーン! はい、天啓が降りて参りました。」
「ゴクッ!!」
唾を飲み込む音も大きい……。
しかし、私も仕事です。驚いてばかりではいけません。堂々としていなければ。
「なれますね、貴女方は金持ちになれます。そんな予感がビシビシ来ました」
「えぇ! やったー! 本当に、やったー!! ラッキー!! 来た! 私達の時代が来た!!」
いえ、喜び過ぎですって。
隣の女の子の無表情で冷たい眼差しに気付いて下さい。
「お待ち下さい。まだ途中ですからね。良いですか。その幸運を掴み取るにはですね、この素晴らしい草が必要です。銀貨15枚になります」
「出世払いでお願いしますっ!!」
えっ……?
跪かれた上で両手を握られて、下からの熱い視線で凄くお願いされてます。
「は、はい。では……それで良いです……」
「やったー! やったー! ソニア、これで大金持ちよ! あのお城に住めるわよ!!」
ちょ、あれ、きっと伯爵様のお城ですよ。
門番さんも凝視しているじゃないですか。不敬罪で逮捕され兼ねませんから、静かにしましょうよ。
「それ、ただのペンペン草」
誰の酷薄な指摘だと思ったら、女の子でした。ソニアちゃんだったかな。
「騙されてる。簡単に騙されてる、お母さん」
私もソニアちゃんのお母さんも黙って、彼女を見てしまいます。それくらいに辛辣でした。
「私に良い考えがある。そいつは占い師。いや、へっぽこ占い師。どちらかと言うと、詐欺師」
っ!?
それが良い考えなのですか!! 売られた喧嘩は買う主義ですよ、私は!
「でも、私達を金持ちにしたら、占い大当たり。私達親子はハッピー、あなたもハッピー」
天才っ!!
このメリナを凌ぐ天才と出会ってしまうとは!! 運命とは数奇なものです。
「さしあたっては、私達をキレイにして欲しい。体が臭いし、痒い」
「分かりました! お待ちください!」
私は門番さんに桶を借りて、人目の少なさそうな所に生えている木と木の間にベッドのシーツを掛けまして、簡易の水浴場を作りました。
神殿から持ってきたタンスにふかふかタオルが有ったので、それも渡します。
バシャバシャと水の音が聞こえている間に、私は着替えも用意します。
これもタンスの中に入っていました。
お母様には私の服を、ソニアちゃんには別のタンスに入っていた小さなサイズの物を渡します。そっちの裏地にはマリール・ゾビアスって書いてあって、何かを思い出しそうになりましたが、特に大した問題はないなと思い直しました。
「髪も切りたい。ボサボサ」
「メリナ様なら、絶対に刈ってくれるわ! 占いの力でいっぱい刈り込んでくれるわ!!」
「ハサミ。メリナに占いの力はないし、本当にできたら、それは呪い」
この子、見た目と違って、しっかりしています。わたしがタジタジになる程です。
私は慌てて門番さんにハサミを借りに行きました。




