まさかの連日
やっちまった……。
私は目を開けて部屋の明るさと気温から察しました。
まさかまさかの3日連続の寝坊です。
私は呆然と椅子に座り、スヤスヤ眠るソニアちゃんを見ます。
「おはよう」
ようやく体を動かしたソニアちゃんに優しく挨拶します。
「メリナ……私達はまたもや帝国に入れない?」
「そうだよ。もはや運命なのかもしれないね」
「……おかしい」
ソニアちゃん、現実を認めたくないのは分かります。しかし、冷徹に見詰めないといけないのです。私は教育係の務めとして声を荒げます。
「何もおかしくありません! ソニアちゃんはクズです! 私も寝坊しましたが、ソニアちゃんの方が余分に寝坊しています!! 反省なさい!」
「ぐぅ……。でも、おかしい」
「おかしくない! このおバカ!! サッサッと外に出て、今日は1日中、鍛練です!!」
「分かった。でも、日記を書いてから」
っ!?
まだ今日は始まったばかりだというのに、何を書くことがあるんですか!?
ソニアちゃん、恐るべし! 仕事が極めて早い女の子です!!
「よろしくお願いします」
いやー、頼りになりますね。
スゴいです。ソニアちゃん無しでは、もう日課をこなせない体になってしまいそうです。
日記を終え、更に軽い朝食を取った後、私達は中庭へと向かいました。昨日と同様に稽古をしている兵隊さんが何人かいまして、少しだけスペースをお借りします。
「土が黒い」
「そうだね。でも、情けないと思いなさい、ソニアちゃん。これは昨日のソニアちゃんが吐いた血溜まりの跡です。今日は昨日よりも成長を見せるのですよ」
「鬼」
私は無視して構えます。
「寝る前に考えた。今日は作戦がある」
「良いブラフです。行きますよ」
一気に間合いを詰める。
それから、側頭部を狙った回し蹴り。
ソニアちゃんは腕を上げてガードに入ります。反応は良くなっていますが、その程度では無意味。腕ごと粉砕してやります!
っ!?
私の爪先が空を切る。
やるじゃない!!
驚きながらも、私は止まりません。背中を見せた状態から後方宙返り。その途中、片足を高く上げて、斧の様に振り下ろします。
さすがに、そちらは避けきれなかったようで、ソニアちゃんは脳天から血を流しながら倒れます。
はい、回復魔法。
「行けそう」
「そうですか。じゃあ、次」
その後もソニアちゃんを倒し続けます。余りに激しいものですから、周りの兵隊さん達も手を止めて、こちらを見ています。たまに「うわぁ」とか「やりすぎだろ」とか聞こえてきます。
お昼前になりました。そろそろランチとしたい。ソニアちゃんの服が血塗れですから、お昼からは洗濯して、寝巻きで過ごしましょうかね。
「これで今日は最後にします」
「分かった」
全速で前に出て、ソニアちゃんの反応の遅さを確認し、膝を胸に入れようと鋭く上げます。
ん? ソニアちゃんの顔が笑った?
突如、前進したソニアちゃん。私の膝蹴りは的を外され、彼女の太股を強打します。
「グッ!! いたた!!」
彼女は痛みで地面を転がり回ります。
そこ痛いもんね。手加減しているとはいえ、私の蹴りですから骨折しているかもしれません。
どんどん転がって、中庭の端まで行ってしまいます。
スゴい違和感。彼女の性格なら我慢して踞るはず。加えて、もう痛みを訴える叫びをしていない。
火の玉が結構な速度で飛んできました。魔法っ!? 手を隠していたか!!
それを殴り散らして、私はソニアちゃんを猛追!
距離を取っての魔法攻撃なんて生意気です!!
もう1発飛んできた火の玉をサイドステップで躱し、更に加速。まだ立っていないソニアちゃんの顎を足蹴にして砕く。実戦なら首を折るのですが、これは演習ですからね。
「お前、相変わらず、えげつないな」
動かないソニアちゃんの様子を確認し終えて回復魔法を唱え終えた私の背後から、男の声が聞こえてきました。
「子供相手にそこまでするか?」
ふん。軟弱で軽薄な感想ですね。
「私はお母さんにこんな感じに訓練されてましたよ」
私は振り向きながら答えます。そこにいたのは、剣王ゾルザックとその後ろに聖女イルゼ。珍しい組み合わせです。顔を知らないって訳ではないでしょうが、ほぼ他人に近い関係だと思います。
浅はかな非難をしてきたのは、もちろん、剣王です。
「ルーさんか……。そうだろうなぁ」
ん? お母さん? あっ、そうか。
剣王はアデリーナ様の傘下に入った後、ノノン村で軍事演習させられていたんですね。
その時の教官がお母さんでしたかね。
近寄って会話をします。
「蟻猿討伐以来ですね。どうしましたか?」
「あぁ、帝国に戻る用ができたから来ただけだ。女王の命令だ」
だから、イルゼさんと一緒なのか。
「お前が困っていたら助けろとも言っていた」
余計なお世話ですね。
剣王は帝国に住んでいたことがあるそうですから、案内役には丁度良いかもしれませんが。
この間にソニアちゃんが立ち上がり、こちらへと来ていました。
「メリナ、幸運。こいつに起こして貰おう」
……ソニアちゃん、ダメ。黙りなさい。
「起こす? 俺に可能な事なら構わねーが」
「ちょっと待って下さいね」
寝坊の件は喋らせません。お母さんに伝わる可能性があるからです。
私はソニアちゃんに向けて本気の殺気を迸らせ、そして、意識を刈り取る為に斜め上から胸を叩く。
ソニアちゃん、地面を抉って土煙を上げながら後方へと飛んでいって、最後は壁に当たって止まりました。
「……やりすぎだろ……」
「戦場で油断はしてなりません」
「そうだろーが、やりすぎだろ……。相手は年端も行かない魔法使いだぞ」
「いいえ。これは唯一神メリナ様の愛。彼女の中に潜む悪を退治されたのです」
イルゼさんのフォローはやっぱり気持ち悪い。アデリーナ様はこれを解決する何か策があると言っていましたが、あるなら早期に実行をお願いしたいです。
「はあ? そんなことより早く回復魔法だろ。死ぬぞ」
大丈夫ですよ。ソニアちゃんの頑丈さは昨日、今日で把握しています。見た目の魔力以上に頑丈で、簡単には死にません。
とは言え、回復魔法を使いましょうかね。
「酷い。鬼。悪魔。卑怯者」
ほら、ソニアちゃんは元気です。
「常に油断してはなりません」
「鍛練はもう終わってた」
「それを決めるのは先生である私です」
「横暴。暴虐」
イルゼさんは汚れたソニアちゃんの着替えを取りに行くと言って、どこかに転移されました。
残された私達は彼女を待つことにします。
「お前、平気なのかよ……。諸国連邦を荒らした拳王の本気の闘気だぞ? 廃人になってもおかしくないんだがな」
まだ剣王はそんな事を尋ねてきました。
「その拳王の蔑称で呼ぶのは止めなさい。それに、その名はサルヴァに譲りました」
「あん? お前、記憶が戻ってんのか?」
「そんな事はどうでも良いのです。剣王ゾルザック、明日の朝、帝国に入ります。私の宿まで迎えに来るように」
「はぁ? まあ、良い。どうせお前と行動するんだからな。宿はどこだ?」
明くる日、早朝から激しくノックされるという大変に不機嫌なイベントをクリアし、帝国に至る門の前に立つことができました。
○メリナ観察日記7
昨日からメリナは私の武芸教師となってくれた。
メリナは強い。手も足も出ない。
容赦なく、まだ子供の私を殴ってくる。
でも、分かっている。メリナも我慢している。
全ては私の復讐の為。
メリナは私の愚かな考えのために耐えてくれているのだ。
子供に血反吐を吐かすなど、良心の呵責に苛まれているだろう。彼女の心の痛みは、私の痛みなんかよりも辛い。だから、私は立ち上がる。泣かない。




