ソニアちゃんの覚悟
小鳥が可愛らしい声で囀ずっているのが聞こえ、私は目を覚まします。隣ではソニアちゃんがスピースピーと小さな寝息を立てていました。
私はその寝顔と窓の外の明るさを見て、ニッコリします。
うん、2日続けて寝坊。
大丈夫かな、オロ部長。
喧嘩屋フローレンスとの死闘がもう決着したのではと思うくらいに時間を浪費しております。
まさか開門時間なんてトラップがあるなんて思ってもいませんでしたよ。
私を遠い異国へ出国させたくない為に、聖竜様が秘術で足止めしているのではと思うくらいです。
「ベッドが憎い」
「ソニアちゃんには硬い?」
「違う。気持ち良すぎて寝過ぎる」
「分かるよ。私も同感だから」
「私は悪くない」
「えぇ、悪いのはベッド。私達を放したくないという、こいつの強欲にしてやられました」
結論が出たところで、私達は街に出て片隅で開いている食堂でご飯にしました。
窓から外を見ていると、荷馬車が通りまして、彼らは朝早くからベッドの誘惑を断ち切って、立派にお仕事をなされたのです。
今からも休まずに仕事へ向かう彼らを眺めながら食べるご飯は、とても旨い。何て言うか、優越感みたいなものが涌き出てきます。
私達は1日することはないのです。優雅です。
大人しく宿へ戻ります。
「イルゼ、今日も来た。でも、来ただけ」
「忙しいんですよ。彼女は聖女で、デュランって街の統治もしないといけませんしね」
「メリナはシャールで寝泊まりしないの?」
「2日連続で寝坊して、まだ帝国に入れません、なんて報告できないよね。冷静に考えたら、我ながら、どれだけの無能のクズなんだろうって思っちゃいますよ」
「メリナは無能じゃない」
「ええ、ソニアちゃんも無能じゃない」
「……えっ、うん。ヘヘ」
おっ、ちょっと笑うようになりましたね。
しかし、ソニアちゃん、今のは社交辞令ですよ。真に受けたら、碌でもない人間になってしまいます。
「メリナ、日記を書くから」
「えっ。今日は寝坊してご飯を食べたくらいしかないですよ」
「いい。書く」
おぉ、スゲーなぁ。ヤル気満々ですよ。
幼いのによく躾られてるなぁ。感心ですよ。
日記も終わり、本当にすることがなくなりました。
なので、買ってきたオレンジを剥いて、2人で食べます。赤みの強い皮だったのですが、中身も赤くて驚きました。
「懐かしい」
「このオレンジ?」
「そう。帝国ではポピュラーな果物」
「へぇ。うわっ、酸っぱい」
「でも健康にいい」
他愛のない話をしつつ、暇を潰します。
あの狭い川の向こう岸は帝国だと言うのに、のんびりとしたものです。
話題はソニアちゃんの帝国時代の生活についてになりました。
「勉強は誰に教わったの?」
「家庭教師。3歳のとき」
「3歳かぁ。私は絵本を読んでたなぁ」
「驚き。王国は平民でも絵本が買える」
「お父さんが本好きだったからね」
ソニアちゃんは帝国の一領主の子供として育てられたそうです。帝国の王様のことを皇帝と呼ぶのらしいですが、その隠し子だとは知らされず、育ての両親とその娘さんとともに暮らしていました。
今となっては理解できるらしいのですが、その両親は自身の娘とソニアちゃんの間で待遇に差を付けていて、マナーや勉学などの教育はソニアちゃんが優先されていました。
今現在で7歳という歳には到底思えない落ち着きの良さは、生まれつきの個性に加えて、教育によって培われたものでもあるのでしょう。
さて、5つ上のお姉ちゃんはとても明るい人だったみたいです。
ソニアちゃんを丁重に扱う両親を尻目に、親に止められてもソニアちゃんに近寄ります。外遊びに誘ったり、自分の人形を贈ったり、夜中にベッドに忍び込んだり。
その度にソニアちゃんは冷たくあしらったそうなのですが、内心は嬉しかったのではないかと、私は感じました。
「お姉ちゃんは今はどこにいるの?」
「殺された」
「そう。辛かったね」
「逃げる私を庇って首をはねられた。皆、殺された」
……ふーん。
「だから、私も死んでもいい。いや、死にたい」
「それは嘘ですね」
「嘘? そんなことはない。私は嘘を付かない」
「初めて出会った時、私があげたパンをペロリと食しました。死にたいと願う人間の行動じゃない」
私の敢えての挑発にソニアちゃんは口調の起伏なく答えます。
「無駄死にはしたくない。私は仇を討つためなら死ねる」
ソニアちゃんが死んだら、それこそお姉ちゃんや育ての両親は無駄死になっちゃうんだけど、気付いてないのかな。
冷静沈着に見えて、やっぱりソニアちゃんも人間で、感情はあるみたいです。
「具体的に誰を倒したいとかある?」
「皇帝」
「ソニアちゃんに倒せる?」
「……倒す。アデリーナが言った通り、誰かが立ち上がる。それに期待する」
ふーん。
「倒してどうするの? 帝国の人たち、困るんじゃないかな?」
「それでいい。殺された家族の恨みを晴らす」
「ソニアちゃんが勝ったら、今の皇帝の派閥の人が殺されるね。そしたら、ソニアちゃんが恨まれる側だ」
「……知ってる。でも、許せない」
「私がお姉ちゃんだったら悲しむね」
「メリナだったらどうする? メリナの家族が殺されたら?」
「勿論、相手を殺すよ」
当然です。
「自分勝手。私と同じ」
「ううん、違うよ。ソニアちゃんは自分の手を直接汚さないけど、私は殴り殺すもの。他人の協力は求めない」
「それ、結果は一緒」
「ううん。ボスを直接倒した人が一番偉くなるの。今のままだと、ソニアちゃんは利用されるだけ。その後に続く殺戮を止める権利がなくなるよ?」
「……理解した。でも、私は弱い」
うん。まずはその弱さを自覚するのが大事です。
「強くなりたい? 私が戦い方を教えてあげるよ」
ソニアちゃんはコクリと首を縦に振りました。
「それはそうと、ソニアちゃん、王国にはどうやって入ったの? シャールの北西門から来たよね」
あっちの道は森へと続いていて、更には巫女長が分裂する原因となった地下迷宮がありました。付近には小さな村も散在していましたが、街道って雰囲気でなく、木材や獣といった森の恵みを採取して運搬するような目的の道だったと思います。
「追手から逃げるために森に入った。他の人が倒れる中、偽物のお母さんの勘のみで歩いた。そしたら着いた。1月は歩いた」
スゲーな、お母さん。獣に襲われなかったのが奇跡です。
「あの人、おバカだけど実は秘密組織に所属していたとか、猟師だったとか?」
「違う。あいつは昔から幸運の持ち主」
偽物のお母さんは底抜けに陽気で、極めて前向きな性格でした。あれが演技だとしたらスゴいですよね。
「じゃあ、時間は有り余っているから修行をしましょうか」
「うん」
私達は軍の教練場のある中庭へと向かいます。何人かが真面目に槍や剣の素振りをしておりました。彼らに邪魔を詫びを入れつつ、片隅を借ります。
ソニアちゃんと出会った日、お金を稼ぎに森へ行った時に人攫いに襲われました。その時にソニアちゃんは危機が迫っているのに自信有り気な物言いをしていました。
それに見合った実力があるのか、まずは試してみましょう。
「実戦形式ですよ」
「分かった」
了解を得た私はトップスピードで胸元に入る。それから、全力で膝を腹に入れます。
ソニアちゃん、反応できず、吹っ飛びました。
すぐに回復魔法。
それでも腹から上がった血が彼女の口から溢れます。
「お、鬼」
「何を言ってるんですか。弱すぎてビックリしました。もう一度、やりますよ」
すぐに立ち上がるように私は彼女に命令します。今日はまだまだ時間が有りますよ。泣いても終わりません。
○メリナ観察日記6
今日も寝坊した。信じられない。
メリナも私もぐうたらなのだろうか。
こうしている間にも同胞は虐げられているというのに。
遅い朝食の時、メリナは窓の外を鋭く見詰めていた。私は声を掛けることを躊躇った。きっとメリナは自分の不甲斐なさを後悔していたのだろう。明日こそは門をくぐり、メリナの気持ちに応えたい。




