国境の街
「ソニアちゃんは何者なんですか?」
私は状況が読めず、アデリーナ様に尋ねます。
「帝国の前統治者の落胤との噂で御座います」
落胤、つまり、隠し子ですか。
「私は知らない。でも、皇帝に命を狙われて逃げてきた」
ソニアちゃんが表情を変えずに喋ります。
本人が知らないってのは理解に苦しむ表現ですが、命を狙われているのは権力争いの禍根にならないように排除って話かな。
「アデリーナ様、それでソニアちゃんを連れて行ったら、どうして内乱が起きるんですか? そんな事をしなくても、何ならガランガドーさんを無理やり召喚して帝国を襲わせることも可能ですけど」
「それだと王国が恨まれるでしょう? 『密入国者を捕えた。尋問の結果、それなりの人物だと判明したため、貴国との友誼を考慮し引き渡したい。』って感じで恩を売る形にしましょう」
「戻ったら私は死刑」
ですよね。折角、ソニアちゃんは逃げてきたのに無駄骨になってしまいます。
「実際には引き渡さなければ良いのです。先方も無理はできないでしょう。適当な言い訳を作るのはメリナさん、得意でしょ?」
バカにしてんのか?
「私は誠実なので姑息なマネは苦手です」
「まぁ、他人の金を勝手に引き落とした人が誠実と言い張るなんて思いもしませんでした」
むぅ、拘るなぁ。シェラが立て替えてくれたのだから、もう許して欲しいです。
「で、それがどう内乱に繋がるのですか?」
「前統治者の血筋は徹底的に消されました。結果、彼らの派閥は没落し、過去の栄光に縋りながら不遇な毎日を呪う者が多数で御座います。国家に一矢を報いたいと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、契機がない。そのような中、そこの娘が現れるのです。絶好の蜂起のチャンスになりません?」
うーん、不確か。不安です。
「誰も蜂起しなかったら?」
「その時は、その娘は死刑で御座いますね」
「大丈夫ですかね……」
「あとはメリナさんが頑張りなさい」
「……へい」
「期待しております」
路銀としてアデリーナ様から金貨や銀貨の入った皮袋を頂きました。結構な枚数が入っているので、良い生活ができそうです。
更に、アデリーナ様から背負い鞄を頂きましたので、そこにお金と日記帳とアデリーナ様の密書を入れています。この鞄、女性用に作られているのか小さめで、ちょっとオシャレな意匠もあったりします。
「ありがとうございますっ!」
私、嬉しくて、深く感謝の念を伝えます。
「はい。期待しておりますので」
はい! そのご期待に応え、無事、帝国を内戦に導き、喧嘩屋フローレンスを打ち倒して来ます!
その後、聖女イルゼが宿を訪問してきて、転移の腕輪でバンディール地方の最奥にある国境の街へと移動させられました。
この転移、圧倒的に便利です。当初、私は長期間を掛けて森を縦断する苦しい旅を覚悟していました。なのに、一瞬です。イルゼさんが来てくれれば、またシャールへ簡単に戻ることもできます。
だから、毎日、私の下へ来るようにお願いしました。そうすると、「メリナ様から頼られる光栄、イルゼは至高の幸せです」って泣きながら言われて気持ち悪かったです。
国境の街はシュトルンと言います。街って言うか要塞とか軍事基地に近い感じでして、街を歩いているのは大半が皮鎧に身を包んだ兵隊さんです。
その兵隊さんの1人にソニアちゃんと一緒に帝国への門の場所を聞きますと、鋭い目付きで私達を上から下まで観察してきました。
その失礼な振る舞いを我慢して、ぶっきらぼうな返答を頼りに街を歩きます。
道は曲がり角が多くて見通しが悪いです。両脇に頑丈そうな石造りの建物が聳えていて、もしも敵が攻め込んできたら、高いところから矢や魔法で攻撃するのかなぁと思いました。
「あれ? ソニアちゃん。お母さんを忘れてない?」
食堂では一緒だったのですが、私はアデリーナ様に貰ったお金に気が行っていて失念しておりました。お母さん自身もお食事に専念されていて、こちらの動きに気付いてなかったのかもしれません。
「いい。本当の親じゃない」
ソニアちゃんは捻くれていますね。
「隠し子でも母親は、はっきりしてますよ」
「育ての親でもないから。あれは偽装工作のための親。本当は只の使用人」
そうなんですか。だとしたら、相当な演技派ですね。確かに親らしくない行動が多くて、ダメな母親だと感じていましたが、それが逆に迫真でした。
「バカだから、本当に母親だと思い始めてた」
「ソニアちゃんもお母さんを探してって、私に依頼してましたよ」
「……1人の夜は怖いから……」
恥ずかしいので下を向いたのかと思ったら、盗み見した表情が暗くて、私は軽口で返せる雰囲気ではないと思いました。
「すみません。帝国に行きたいので、通して貰えますか?」
重厚な城壁に埋め込まれる形で存在する、大きな鉄門の前で、私は門番さんにお願いしました。
「今日は開かない。明日の朝に来い」
……シャールの門番さんも融通を聞いて貰えなかったのですが、ここでも同じでした。ごねても通してくれないだろうなぁと、私は素直に引き返そうとします。
「待て」
「はい?」
「旅の者なら身分証明を持っているだろ。出せ」
私はソニアちゃんを見ます。彼女は頭を横に振り振りでした。困りましたが、すぐに私は鞄を肩から外して、中に手を入れます。
「ちょっと待ってください」
アデリーナ様から渡されたお手紙があったはずです。それが身分証明なのでしょう。
私は蝋封されたお手紙を差し出します。真っ白い蝋に薔薇の花の刻印。アデリーナ様には、自分のことを白薔薇と名乗る痛々しい時期が有りました。その名残でしょう。
思い出したら、苦笑が浮かんでしまいました。誰しも、そんな粋がった年頃ってあるのですね。うふふ、アデリーナ様を早く白薔薇様、白薔薇様、あぁ白薔薇様と無駄に連呼してあげたい。どんな顔をするのか楽しみです。
「えっ!!」
封を手で開けて読んだ兵隊さんが素っ頓狂な声をあげました。
「ほ、本物……?」
慌てすぎて、何も書かれていない裏面なんかも確認しようとしています。
他の門番さんも騒ぎに寄ってきまして、でも、私達を今にも捕えそうな様子です。剣を抜く者さえ居ました。
「し、失礼しました! ラッセン公爵閣下とは存じ上げず!」
何が書いてあったかは分かりません。兵隊さんは跪いて、私達に頭を垂れました。
周囲もザワザワとします。
その後、私達は立派な建物に案内されて、この街の偉い人とご挨拶、それから、豪華な客室を宛がわれたのです。
「メリナ、貴族だったの?」
「名目だけですよ。ラッセンとか行ったこともない街です」
「雑草を売り付けたり、女王陛下をバカにしたり、自由で羨ましい」
「そうですか? 全然、自由を感じないんだけどなぁ」
小さな子供らしくソニアちゃんは私の隣に来ることを望んだので、一緒に寝ました。大きなベッドだったので、狭くはありませんでした。




