強者達の女子会に向けて
神殿へと戻ってきました。
地下にいたものですから日光が眩しく、風が頬を撫でます。もうイルゼさんも落ち着いていて、丁寧な別れの挨拶の後、デュランへと転移の腕輪で帰って行きました。
もうすぐ夕方でして、聖竜様のご命令である巫女長退治は明日から頑張ろうと思います。でも、飼育係の巫女長はそのままで良くて、存在が確定しているのは喧嘩屋の巫女長だけ。それは帝国領にいるのですから、作戦と準備が必要だろうとアデリーナ様が仰ったことも、私が今すぐに旅立たない理由の1つです。
なので、現在、私はアデリーナ様とともに彼女の執務所となってある小屋に向かっております。
「むっ、困りましたね」
歩みを止めて、アデリーナ様が難しい顔をします。珍しいです。私は何もしていませんのに。
「どうしました? 額を蚊に刺されて、無様な感じになりましたか?」
「いえ。湯浴みの部屋を用意しておりませんでした。服と髪に移り付いた悪臭を取り除きたいので御座いますが」
カァーッ! 全く以て高慢ちきな女ですこと。よりにもよって、聖竜様のお住まいの香りを悪臭だなんて! お前の呪われた足の裏を思い出せっつーんですよ!!
「うふふ、アデリーナ様、覚えてますか? それ、竜神殿が誇る聖衣の芳香と同じなんですよ」
聖衣とは、私の古びた村人服です。見習いの頃に偶然、私は聖竜様のお住まいに辿り着きました。帰宅後、私の服に染み付いた香りに興奮した巫女長が聖衣と名付けて祭り上げたのです。本当に神殿がお祭り騒ぎになりまして、集まった方々のお布施とかで大儲けできたんですよね。
とても恥ずかしかったのを覚えています。
「尚更、体を清めたくなりました」
「はあ?」
そうこうしていると、アデリーナ様の小屋に隣接する魔物駆除殲滅部の小屋からフロンが出てきました。
桃色の髪がきれいに整えられていて、アデリーナ様を待ち構えていたのかもしれません。今も髪を手櫛でセットしようと努力していました。
「アディちゃん、聞こえたわよ。私が体を洗ってあげる。上から下から外も中も。私の香りで染めてあげるね」
まだ太陽は明るくて、いえ、夜でもあっても「こいつは何を言ってるんだ」状態ですので、私もアデリーナ様も華麗にスルーです。
にこにこ顔のフロンの脇を素通りします。
「あら、メリナさんはそちらの小屋ですよ?」
「えっ、アデリーナ様がお茶を淹れてくれるから、飲んで帰ろうって思ってました」
「図々しいで御座いますね」
「アディちゃん、私、全身で全身を洗う――」
突然、フロンの体が吹き飛びました。
アデリーナ様得意の神速の矢がフロンの体のどこかを貫いて、その衝撃で飛んだのでしょう。
当然の結果です。
「猫に戻しておきますよ」
「最近はすぐに人になって困るので御座いますよ」
胸に大穴を空けているのに血は出ておらず、その上で、驚異的な生命力を持つ魔族である証拠にフロンの傷が見る間に塞がれていきます。
その穴に手を入れ、フロンの魔力を吸い取ります。異質な魔力を取り入れると意識を乗っ取られると聞いたばかりで気持ち悪いですが、私の体内に移動させます。
そうしますと、どうでしょう。フロンの体の輪郭がぼやけて小さくなり、やがて黒い猫へと変わります。ふーみゃんです。私とアデリーナ様が愛して止まない、可愛い猫ちゃんに変身です!
「よくやりました。3日は持って欲しいところで御座います」
早速、胸元にふーみゃんを抱いて満足げなアデリーナ様が申しました。
「聖竜様に解呪を依頼しては如何ですか?」
フロンは邪神の肉を喰らって、その祝福で人型の姿になりやすい体質に変化しました。なので、私は聖竜様を頼って元に戻すことを提案したのです。
「ふむ、一理はあります。私も考えましたが、やはり、それは余りに利己過ぎるかと躊躇っているので御座います。他者に借りを作るのは好きではないのですよ」
自分の足の臭いを祓うのは良いのですか!?と、私は思いました。
「あっ、そうで御座います。アシュリンかフェリスはおりませんかね」
部署の小屋の中には居ないようですね。
魔力感知の範囲をもう少し延ばして――あっ、居ました。正門の方からこっちに向かってきているようです。
私と同様にアデリーナ様も、その事にお気付きになられたみたいです。
アシュリンとショーメ先生が少し距離を置いて歩いて来るのが見えました。
2人ともケガはしていないみたいです。もっと激しく喧嘩すれば面白かったのにとか思ってしまいました。
「ふん! この女中も中々やるな! 気に入ったぞ!」
「気に入られても竜の巫女にはなりませんよ」
「ガハハ! まだ殴られ足りないかっ!」
「一発しか当ててませんよね? しかも引き分けを提案して油断させてからっていう汚い手段で」
あー、アシュリンさんがやりそうな手口、って言うか、私も何回かそれを食らいましたよ。
「私は怒った時の反応を見て、人となりを判断しているのだっ!」
嘘です。アシュリンが戦闘バカの負けず嫌いなだけです。
「和解できたようで何よりで御座います。ところで、アシュリン、湯浴みをしたいのですが?」
「ん? なんだ? アデリーナ、貴様、臭いな! 良かろう。我が家の風呂を貸そう」
「感謝します。しかし、この距離でも臭いので御座いますか?」
「あぁ、臭いな」
全く、こいつも分かってない。これは皆が信奉する聖竜様のお匂いなのですよ!
アシュリンは踵を返して、再び正門の方へと体の向きを変えました。その後にふーみゃんを抱えたアデリーナ様が続きます。
私とショーメ先生はお見送りです。しばらく待てば自由時間が来るのです。最高です。
なのに、アシュリンが立ち止まり、こちらに振り返りました。
「何をしている! 付いてこい! 置いて行くぞっ!」
は?
「私の分の新人寮の補修費用を立て替えたらしいな、メリナ! 余計なお世話だが、その礼をしてやらんといかん!」
あー、なるほど。
お前こそ余計なお世話ですが、私は他人の好意に応えない野暮な人間ではありません。
「アシュリンよ、精々頑張って、私を満足させてみなさい。さぁ、行きますよ、ショーメ先生」
「えっ、私もですか? 疲労困憊なんですけども」
全然いつも通りの飄々とした顔じゃないですか。
私達はアシュリンさんの家へと向かうべく神殿を進みます。途中、シェラに会ってお金を貸してくれた礼を言い、ふらっと目の前に出現した飼育係の巫女長に帰りのご挨拶をしました。
とても平和です。
ここはこんなにも穏やかな日常なのに、今ごろ、オロ部長は血で血を洗う戦闘をしておられるのかもしれませんね。




