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お仕事始める

 アデリーナ様は街で働きなさいと言いました。そして、知人と交流し記憶を戻せと。

 私は淑女ですので、素直で品の良い乙女です。だから、ちゃんと覚えています。


 親友と言い張る彼女の願いを渋々ながら叶えてあげましょう。


 という理由で、私は街の中へと入るべく、朝日の下で列に並んでいます。

 と言っても、前には3人だけ。あと、朝日と表現するにはもう遅い時間で太陽はギラギラしていまして、むしろ昼前です。



 朝一だと本当に門の前に行列ができているんですよね。馬車や荷車に野菜や家畜を乗せた商人や農家の方がいっぱいだったのです。

 そんなものに並ぶのは大変に非効率だと思い、この時間までベッドの中から様子を伺っていたのです。


 また、街の中に入るにはお金が必要な事も知りました。実は門を出る時にお金を要求されまして、私は銀貨を3枚も取られたのです。それなのに、中に入るのにもお金が要るだなんて、強欲な支配者ですね。

 しかも本来であれば銅貨3枚で良いのに、高価な銀貨を取られました。法律で貨幣を3枚と決まっていて、銅貨を持たない人は銀貨で支払うことになっているんだそうです。悪法ですね。



「お、お前も入るのか?」


「お前? 私にはメリナと言う名前が有ります。知ってますよね?」


「いや、そうですが……。私どもも仕事でして、何も知らないという演技をしないといけないのです。も、申し訳御座いません」


「そうでしたか、分かりました。では、続けましょう」



 私はまた銀貨を支払います。しかも5枚もです。シャールの住人である証拠を持っていない人間は入街料を取られるのです。入る方が高いなんて聞いていませんでした。

 これで銀貨は失くなります。財布には金貨しかありません。寂しくなってきました。


「あと、すみません。そこの私の荷物が盗られないように見張って貰っていて良いですか?」


「ダメだ。俺たちは門を守るために配置されている」


「でも、荷物を街に持って入ったら、その分の追加のお金が要るんですよね?」


「そうだ」


「でも、私、もうお金ないんです」


「お前の事情は知らない」


 ……そこまで演技しなくて良いのに。


「じゃあ、置いて行くしかないです。でも、帰ってきた時に失くなっていたら、私、悲しくなります」


「そうかもな」


「悲し過ぎて、お願いをしたのに実行してくれなかった兵隊さんを恨んで恨んで恨み尽くしそうです。そんな事態になるなんて、本当に悲痛です。私も貴方も。あっ、貴方は肉体的に悲痛を味わうのですよ。確定的事項です。あー、誰か頼みを聞いて頂ける紳士はいないかしらー」


「……」


「荷物、見張っていてくれますか?」


「分かった。任せろ」


 うふふ。私が懸命にお願いしたら聞いてくれました。良かったです。世の中、大切なのは誠意ですね。



 さて、私は街に入りました。

 ここはシャールの北西門というらしいです。道に迷った時のために門番さんから教えて貰いました。


 遠くにお城の高い塔が何本も見えます。先っぽが鋭くなっているのがいっぱいで、立派です。

 村で一番高い建物は風車でしたが、それさえも後ろに聳える壁の半分くらいしかないでしょう。



 街を歩きます。

 仕事をする場所を探すためです。



 2日前に通行料とかいう名目で男達から恐喝を受けた、あの汚い通りからは少し離れた場所を歩いていまして、この辺りは商店や露店が多いです。

 また、行き交う人々にも活気があります。

 特に親と手を繋いで歩く子供は笑顔で、お店で珍しい物を見るのを楽しんでいるのでしょう。微笑ましい。とても平和です。



 パン屋から良い匂いが漂っています。しかし、私は店に入りません。アデリーナ様は「パン屋で働きなさい。貴女は天才パン職人だったのですから」と仰っていましたが、今の私にはパンを作る知識も技術も御座いません。そんなヤツにお給金を払う奇特な方はいないと思うんですよね。



 他の仕事にしてもそうです。

 私は美少女であることだけが取り柄の人間です。あっ、魔法も少しは使えますが、街中での使用許可は貰っていないので、使えないのと同じです。

 売り子になれば職場の花とはなり得ましょう。しかし、内気で田舎者の私が知らない客と上手に話し掛けることは不可能です。最悪、緊張の余りに第一声から「去れ。殺すぞ。有り金は全て置いていけ」とか口走ってしまいそうです。



 しかし、都会には空き地ってないものなんですね。周囲を一通り散歩して実感いたしました。


 仕方御座いません。

 人の流れは少ないですが、城壁のすぐ傍の小道にしましょう。商店の通りからは完全に裏になっていて、見廻りをしている兵隊さん達だけがたまに行き来しています。警備用の通りなのだと思います。


 私はそこに立ちます。お仕事開始です。

 手には拾ったばかりの艶々した石を持っています。



 しばらくして、兵隊さんに声を掛けられます。


「おい、邪魔だ」


「すみません。でも、お仕事中ですので」


 まだ立っているだけなのに、邪魔もクソもないだろとは思いました。お上品な私がそう思うくらいに、兵隊さんの言いっぷりは傲慢でした。


「……何の仕事だ?」


 あっ、そっか。

 看板とかないと分からないですよね。


 でも、書くものとか持ってないなぁ。神殿から持ってきた棚に入っているかもですが、それを取りに行くのにもお金が要りますし、再び入るにもお金が必要で、それだけで私は一文無しになってしまいます。



「占い師です。貴方の運命を私がお教えします」


 そう。元手がなくてもできそうな商売。それが占い師です。私は賢すぎますね。もうすぐ、大金持ちになれそうです。


「くだらんな。早く去れ」


 あらあら、この方も緊張しているのでしょうか。私が美しすぎて。


「貴方、今のお仕事に満足されていませんね。分かりますよ。『俺はもっとできる男だ。何故に上官は評価してくれないのか』、どうでしょう? そう思った事がありますね?」

 

「なっ!!」


 図星でしたか。

 それもそうです。お父さんの本に書いてありました。働いている人のほとんどが思うことらしいです。詐欺師のやり方が書かれた『これでもう2度と騙されない! 不動産取引の闇と嘘』を熟読して、私はシャールに来たのですよ!


「うふふ。私、貴方の未来が見えます。よく見えます。あぁ、なるほど、貴方はそこでそんな選択肢を取ってしまうのかぁ。残念だなぁ。もう一つの方を選べばバラ色の人生が待っていたのに」


「……愚弄するなら斬るぞ」


「まぁ。貴方の運命を変える占い師を斬るのですか……。ふふふ、よく聞きなさい。特別に初回は無料にします。聞くだけ聞いてみませんか?」


「ふん、じゃぁ、言ってみろ。それが終わったら去るんだぞ」


「畏まりました」


 私は目を瞑ります。そして、意味ありげに意味不明な言葉を呟くのです。

 それから、ゆっくりと目を開けます。


「今日、いえ、明日でしょうか。貴方は人生の岐路に直面します。天国か地獄か、そんな別れ道です」


「はぁ!?」


 食い付きましたね。


「ところが、この石を買えば、なんと! 天の導きで自動的に良い方向に進めます。価格は銀貨10枚ですよ? 安いですよ。すごーい。なんて安さだー。どうですか?」


 兵隊さん、黙って居なくなってしまいました……。買ってくれませんでした。占い損です。



 その後は誰も私に話し掛けてくれる人はいませんでした。さっきの兵隊さんは何回も私の前を通るのに、無視です。ここから去れとも言わなくなりました。


 夕方になったのでパン屋でパンを買ってベッドに帰ります。パンの代金を金貨で支払ったら、いっぱい銅貨でお釣りをくれたので、私はお金持ちになりました。しばらくは街に出入りするのに困ることは無さそうです。

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