アデリーナ様の懸念
「巫女長? 私が浄火の間からメリナさんに救い出されて、その後暫しの間を過ごしたコッテン村にいた老婆の方でしたか? 確か、フローレンスさん」
大広間に戻ってからマイアさんに巫女長分裂の件を相談しました。
なお、聖女イルゼさんは私達に気を遣ったのか、または興味がないのか、ヤギ頭やシャマル君とは別の隅っこに離れて佇んでいます。でも、微笑みなのが不気味。
「はい。その通りで御座います」
アデリーナ様がマイアさんに答えました。
「精霊を食べた結果、人の体が分かれるというのは聞いたことがありません。しかも4つ? 珍しい現象ね」
ですよね……。滅茶苦茶ですよね。
「知り得る可能性としては、立体魔法陣、それから、疑似精霊くらいでしょうか。しかし、フローレンスさんが分裂して何か問題でもあるのですか?」
「はい。一体はもう消えたんですけど、私を奴隷にしようとしたんです! 拒否したら村を破壊しようとしましたし」
「メリナさんを奴隷に? 猛獣使いでも無理でしょうに。鎖は千切るでしょうし、鞭で打ったら殺しに行きますよね。でも、それで分かりました。その分裂の知能は低い。そして、撃退していることからして戦闘力も然程でもない。恐れなくて良いのでは?」
言いたい放題ではありますが、私はにこやかに追加の情報を提供します。
「死竜ガランガドーさんも殺されたんですよ。死を運ぶ者とか冥界の支配者とか自称している、ヤバい人――人じゃないですね、ヤバい竜だったんですよ」
「あの黒竜を倒した……。そう……認識を改めないといけないのかしら……」
マイアさんは一度ガランガドーさんに追い詰められた経験がありますものね。あの時のガランガドーさんは荒ぶっていてミーナちゃんの頭も破壊されました。
「でも、メリナさん。精霊は死なないの。それだけは修正させてもらうわね」
「では、精霊とは何でしょう? 死なないのであれば、とっくに人類を駆逐しているでしょうに」
アデリーナ様が巫女長の件とは別の質問を始めました。
「魔力が集まって塊となり意志を持ったもの。形は様々なれど、根本としては魔力。だから、魔力が薄くなって消えることはあっても死なない。こんな感じで良い、アデリーナさん?」
「精霊が人類を駆逐しない理由を申されていません」
「駆逐?」
「精霊は死なない。数は少ないけれども顕現もできる。であれば、長い年月が必要かもしれませんが、人の世は精霊の世にならないといけません」
「難しいわね。疑似精霊として長年を生きた私の経験からすると、すぐに死んでいなくなる者に興味がない、若しくは、誰も居なくなると退屈になるくらいかしら」
マイアさんは別空間に囚われて何万年も実体のない幽霊みたいな存在で行き続けていました。魔法は使えて、そこで魔力から人間を作ったり、壊したりしていたと聞いたことがあります。
「退屈になるだけでなく、精霊は人が認識しないと人の世から消え去ると、マイア、貴女は以前に申しております。ブラナンが赤い雪にて、人々からスードワットに関する記憶を消そうとした時でしたね」
「存在を認知されない精霊は居ないも同然ですから」
マイアさんは静かに答えます。しかし、アデリーナ様は即座に返します。
「ならば、人を支配し奴隷とすれば良いのです。私が精霊ならばそう致します」
ですね。最近は言いませんが、自分以外の人民は等しく路傍の石ころとかいう発言をアデリーナ様が2年前にしていたのを私は忘れておりませんよ。ドン引きでした。
「様々な精霊がいるのです。聖竜スードワットは穏和ですが、妖狐リンシャルはデュランの聖女を通じてアデリーナさんが仰る通りに支配していたではありませんか」
「いいえ。デュランの実情はリンシャルの名を利用しての暗部による支配。暗部の頭領は王都情報局長ヤナンカの分身で御座いました。精霊の支配とは到底思えません」
「それでも、リンシャルは人を支配することを望みましたよ。ヤナンカの意志も重なって分かりにくいですが。違う例を挙げましょう。ガランガドーも邪神もメリナさんの膨大な魔力を源にして、顕現したでしょう? しかし、彼らは人に敗北し、服従ないしは消滅しております。精霊は人に負け得るのです」
アデリーナ様は納得しません。白熱した感じになっていますが、私としてはどうでも良いことなので、その話題はもう勘弁して欲しいと思っています。
「精霊は人に魔力を与え、魔法の行使力さえ付与する。そして、魔力的に成長した人を糧に顕現する。それは分かります。しかし、顕現する必要性が分からない。精霊はこの人の世界に何を求めようとしているのか」
なお、ガランガドーさんは暇潰しと答えたことがあります。暗いところで1匹だけの空間から人の世界を覗いていたと言っていました。あー見えて寂しがり屋なのかもしれません。
「私も分かりません。それが精霊という存在だ、ではダメでしょうか」
「マイアよ、私は2度精霊を口にしました。そして、その2度とも認知能力の一部を奪われました。邪神の時は王国の安定を捨て内戦を選択し、今回は人の顔の見分けられなくなる代わりに竜の顔の違いを判別できるようになりました」
「興味深いわね」
アデリーナ様はマイアさんの表情を深く見ながら更に続けます。
「勘の鋭い貴女ならもうお気付きでしょう。精霊は自身の肉を喰らわせて、魔力を取り込ませて、相手の精神を自身の都合の良い形に狂わせる」
おぉ! 私も理解できました!
ガランガドーはアデリーナ様を惚れさせたくて、アデリーナ様の心に干渉したのか! 邪神は、んー、あっ、戦争で集まった強者の魔力を元に顕現しようとしたのかな。
「メリナさんのスードワットへの狂愛も、スードワットから与えられたガランガドーの代償かもしれません。自身を愛させるために」
えっ、聖竜様、そんなことをしなくてもメリナは貴方に身を捧げますよ。
「魔力を受け入れることは精霊の影響下に入ること。そして、全ての生物、物質に魔力は宿っている。ならば、精霊は人類を支配しないのではなく、既に支配している。そういった世界に生まれた私達は、最初からそうであった為に気付いていなかった。マイア、どうでしょう?」
「……可能性は御座いますね」
「それが真実ならば、精霊は人類の自我を奪う敵であると私は考えます」
さて、もう余計な話はこれくらいで良いでしょうかね。私は話題を変えるべく口を開きます。
「それよりも巫女長は何者なんですか? 魔力は黒くないから魔族じゃないし、傷付けても血を流さないから人じゃないし」
「見てみないと分からないわよ。それに、そんな事を考える必要があるのかしら。強大な暴力は全てを黙らせることができるのよ。何も考えずに襲うのも手よ、メリナさん。私の経験からすると、それが一番早いかな」
マイアさんは賢い人なのに、簡単に暴力に訴える傾向があります。この人も異常者なんですよね。
「分かりました。マイア、貴女がフローレンス巫女長の存在を恐れていない。それだけは分かりました」
「それはそうです。ほら、そっちの方が危険だもの」
マイアさんはそう言いながら、私を見ました。私が何をしたと言うのでしょう。心外です。
「では、もう1つだけ。今の巫女長が何者なのか分かりそうな人物に心当たりは?」
「ヤナンカでしょうか。……望むなら、本人に訊けますが」
「えっ! ヤナンカ、消滅していないんですか?」
驚きました。
去年の模擬戦の最終局面で、ヤナンカは戦場にいた者達の魔力を吸い取り、邪神を顕現させました。そして、彼女と長年、王国を治めていたブラナンの仇を取ろうとしたのです。
私達は苦闘の結果、彼女を倒しました。最期はショーメ先生がナイフを刺して爆発させたはずです。
いや、あの決戦の前にヤナンカはどこかに逃げて、マイアさんはそれを追い掛けました。私が戦場で対峙したヤナンカは、あれを囮だと言っていましたが、嘘だったのか。
うーん、ヤナンカは情報局長だったからか、虚実がごちゃごちゃの発言ばかりで、何が正しいのか分からなくしてきますね。
「浄火の間で頭を冷やしてもらっています」
あそこかぁ。浄火の間は異空間です。聖女が持つ転移の腕輪でないと行けない場所になります。また、時間の流れが人の世界と事なり、浄火の間で1年を過ごしても、こちらでは1刻も時が進んでいないのです。
アデリーナ様は沈黙したままです。何かを考えているようです。
「他にはいらっしゃいませんか?」
アデリーナ様はヤナンカに頼ることを拒否されました。ヤナンカの信用が足りず、彼女が何を言っても真実なのかどうかを疑う必要があるからでしょう。
「ヤナンカ程ではないと思いますが、ワットちゃん、あとはルッカさんかな」
マイアさん、聖竜様を馴れ馴れしく呼ぶなぁ。羨ましいです。私も真似したいですが、ワットちゃんって口にしたことを想像するだけでも、何だか恥ずかしい気分になります。
「ルッカ?」
「そう。ルッカさん。彼女、普段は隠しているけど、私に匹敵する魔法の使い手なのよね。得体が知れないっていう意味でルッカさん」
ふーん。ルッカさんか。
私の記憶を奪いやがった最有力容疑者。
しかし、私の心は聖竜様にお会いできる喜びでいっぱいです。
「では、行きましょうか、アデリーナ様」
「仕方御座いませんね。イルゼ、スードワット様の場所へ。以前、私と共に訪問したから可能ですよね」
アデリーナ様の呼び掛けにイルザさんは反応して素直にこちらへと向かって来ます。
「メリナさん。ミーナは元気にしていましたか?」
別れ際にマイアさんが尋ねてきました。
「はい。とても強いですよ」
「えぇ。私の唯一の弟子ですから。……10年、いえ、20年後にはメリナさんを倒すかもしれませんね」
「ハハハ、負けないように頑張ります」
※しばらく前の感想で地図をリクエストされて頑張っているのですが、なかなかどうして難しいですm(_ _)m
何か良い地図作成アプリとかないですかね(--;)




