家族の在り方
聖女イルゼがやって来ました。
それまでに私はアデリーナ様の奢りでお昼ご飯を頂きましたので、大変に満足している状態です。
相変わらず、良いものを食べておられてましたよ、我らが女王様は。私の分まで用意してくれているとは、大変に心掛けもよろしい。
さて、最近の聖女イルゼは微笑みを絶やさない女性です。優雅な所作も身に付けています。
1年前は聖女という重責に押し潰されそうになって泣き言を言っていたのに、やはり人は成長していくものなのですね。
深々と挨拶をして入室したイルゼさんへ、デンジャラスさんとの約束を果たすため、私は告げます。
「イルゼさん、私の断りなく名前を使っているメリナ正教会ってどうかなぁと思うんですよ。迷惑ってワケじゃないんだけど、ちょっと活動を控えて欲しいなぁ」
そんな彼女だから、私のやんわりとした抗議もちゃんと受け取ってもらえると思ったんです。
「現人神なるメリナ様。人の身たる私にはその深遠なるお知恵の一端をも理解することは能わぬでして、誠にお許し頂きたく存じます。しかし、世界に隠された真実を明らかにするメリナ正教会は民に広く浸透しつつありますので、ご安心を。妨害するものは排除した方がよろしかったでしょうか」
……ヤベェ。私の言うことが伝わらないばかりか、真っ直ぐに見詰めてくる眼がもう、一目でヤベェと分かるレベルです。
戦場なら真っ先に殺すべき相手でしょう。命を投げ捨てて襲ってくる類いの狂気を感じました。
私は勇気を振り絞って、会話を続けます。
「でもね、イルゼさん。デンジャラスさんが言っていたのですが、古い伝統を守りたい人達もデュランにいて、そういう人の事も考えたらどうかなぁと思うんですよ。あの元聖女のデンジャラスさんが心配していましたよ」
「私が未熟なばかりに……。本当にご安心下さい。期待に沿えるように尽力致します。聖誕蹟地、つまり、現人神たるメリナ様がご光臨になられた聖地である闘技場へ、その古き者達を集め、聖経典にて感化し、それでも不幸にも徳が足りない者は昇天して頂きましょう。そして、メリナ様のお力で第6涅槃に導くのです」
……病気が進んでますね。
「アデリーナ様、ちょっと良いですか?」
「えぇ。イルゼはここで待っていなさい」
小屋の外にアデリーナ様を連れ出します。
アシュリンさんとショーメ先生の闘いは終わっていて、彼女らはランチを取りに2人で神殿の外に行っています。殴り合ってすぐなのに仲良く食事とか、武闘派の人達は凄いですね。
「何ですか、あれ? お医者さん案件ですよ。アデリーナ様が苛め過ぎてるんじゃないですか?」
「人聞きの悪い。メリナさんの悪徳の為せる業で御座いましょう」
「本音は?」
「……俗な言い方になりますが、『ヤッベ。完全に壊れてるじゃん……』で御座います」
余裕の表情のままですが、アデリーナ様も危機感を持たれていて良かったです。
「どうするんですか? あれ、本当に反対派の虐殺を始めそうですよ」
「複数の策を考えております。それよりも優先は巫女長の件で御座いますので参りましょう」
「……信じますよ。アデリーナ様の策はポンコツな時も少なくないので不安ではありますが」
「言葉を慎みなさい。愚者に私の考えなど理解できないので御座います」
まぁ、正直、アデリーナ様はよくやってます。王国は平和ですもの。優秀な役人さん達に全部任せているのかな。
さて、小屋に戻り、イルゼさんに転移の腕輪を使ってもらいます。一瞬にして石材の壁で囲まれた場所に移動しました。
ここは地中。聖竜様が大昔に使っていたお住まいをマイアさんが借り受けて住んでいる場所です。
「お嬢ちゃん、久々だね」
いつも通り、最初に声を掛けてきたのは緑色の肌をしたゴブリン。人語を扱える珍しいタイプ。こう見えて、マイアさんの夫です。マイアさん的にはペット感覚なのが悲しいですが。
「師匠、元気そうですね。マイアさんは?」
私は彼を師匠と呼んでいますが、彼から何かを学んだ覚えはありません。ノリで呼んでます。
「嫁さんなら奥の部屋だね。僕が案内するよ」
師匠は裸足で石の上を歩きますが、冷たくないのでしょうか。さすが魔物の体を持つ者です。
師匠のいた場所は玄関みたいな役割のスペースでして、前室と呼ぶのでしょうか。そこの奥にある私の背より倍くらい大きい扉を開くと、とても広い空間に出ます。聖竜様のお住まいだったから当然ですよね。
入ってすぐ、手前の隅の方に男の子とヤギ頭の獣人が見えました。男の子はシャマル君。マイアさんと師匠の息子っていう設定の男の子です。
実は師匠もシャマル君もマイアさんが魔力で作り出した方々でして、それを生物として捉えて良いのかは分かりません。
でも、どっちも意志を持って動いているみたいで、そんな物を魔法で作り出せるマイアさんは非常に魔法技術が高いのだと分かります。
しかし、それよりも今注目すべきはヤギ頭です。彼は王都で生け贄とかも要求する邪教の指導者でした。諸事情あって、ここで生かされているとは聞きましたが、見たのは初めてかも。
私はアデリーナ様に伝えます。
「あれ、確かアデリーナ様の父親ですよね? ご挨拶は良いのですか?」
「妻の不貞疑惑くらいで動揺する、つまらない者で御座いますよ」
うわっ。冷酷。鬼。
ヤギ頭もこちらに気付いて、頭を下げておりました。アデリーナ様が大きくなり過ぎて、娘だと気付いていないのでしょうか。
「……しかし、ここで静穏に生きることくらいは許してやりましょう」
「いや、会話くらいしたらどうですか。私はお父さんと仲良しですよ。その方が楽しいですって」
「それぞれの家庭の事情が御座いましょう」
そうでしょうけど、少しくらいは喋ってあげれば良いのに。
「お嬢ちゃん、金髪のお姉さんももう少し歳を取れば柔らかくなるんだよ。ほら、うちの嫁さんだって、段々優しくなってるんだな」
「えー、アデリーナ様は一生涯、反抗期かもしれませんよ。ヤギ頭が死んでから後悔しても遅いんですよ」
「メリナさん、そのくらいで。彼が落ち着いて行動すれば家族がバラバラになることはなかったのです。いえ、なかったと私は信じておりましてね。子供のようとは言え、その恨みは私の心に根を張っているので御座います」
まぁ、感情よりも実利のアデリーナ様には珍しい拘りですね。
でも、そこまで本人が言うのですから無理強いすることできません。
それにしても、ヤギ頭は皇太子だったのに暗殺されそうになったり、愛娘は自分の子供じゃなかったり、妻は殺されるし、体を改造されてヤギ頭になったりと不幸ばかりです。王都では生きた獣人を生け贄にする儀式を行う愚者ではありましたが、もう少し幸せになっても良いのにと思いました。
さて、広い部屋のどこにもマイアさんは居ませんでした。師匠が居場所を間違えた可能性もあって、その際はお仕置きが必要ですね。
「お嬢ちゃん、止めて欲しいんだな。殺気が突き刺さるように僕を襲うんだな」
「気のせいですよ」
「それが気のせいにできない人だから困るんだな」
師匠は部屋の真ん中にまで案内して、そこで立ち止まって床を触ります。
すると、石材が勝手に動き出して、下へ繋がる階段が出てきたのでした。
「嫁さんはこの奥なんだ」
「何してるんですか?」
「胸がプルンプルンの女の人の息子の世話なんだ。だいぶ元気になったんだよ」
師匠はゴブリンなので、本能的に女性に対して無自覚な性的発言をすることが多いです。胸がプルンプルンはルッカさんのことでしょう。
「ブラナンとヤナンカの被害者が集まる場所みたいになってますね」
「僕は知らないけど、嫁さんは『因果よね』って言ってたんだな」
階段を下りた先に栗色の髪をした女性が立っていました。マイアさんです。
彼女はゆっくりとこちらを振り向きます。
師匠は用を済ませたということで、マイアさんと会話をすることもなく、私達と出会った場所へと戻って行きました。師匠、本当に案内しかしていません。一応は夫とされているのに下男の役割みたいで、少し可哀想に思いました。
でも、マイアさんは気にせずに私達へ話し掛けます。
「メリナさんとアデリーナさんが同時に来るなんて珍しいわね。今日はどうされましたか? また世界の危機とか?」
冗談なのか、全てを見透かしているのか分かりませんでした。




