思い出した人生の目標
オロ部長は大蛇です。でも、魔物じゃなくて獣人なのだそうです。頭から尻尾まで丸太みたいな大きさの蛇なのに、人だと言われています。人間の外観は首の下に生えた華奢な腕だけでして、凄く無理があるなと、今でも思います。
でも、とても人格者。アシュリンさんでさえ、オロ部長のことを尊敬していますし、私もそうです。自由奔放なフロンであっても、部長には逆らいません。ルッカさんはどう思っていたんだろうなぁ。
そんな彼女ですが、やはり知らない人が見ると魔物だと勘違いしかされませんので、普段は地中に掘られた穴の中で暮らしています。
可哀想だと思っていましたが、部長の趣味は穴掘りでして、それを遠くの森まで延ばして、夜中にご飯を食べに行ったりして、日々、楽しんでおられます。
私とアデリーナ様は神殿の敷地の端っこの方にある巣穴の前まで来ました。古くなって白く変色した板が巣穴の蓋でして、アデリーナ様がそれをノックし、更に横へずらして呼び掛けます。
「カトリーヌさん、いらっしゃいますか?」
すぐに下から木を叩く音が聞こえて来ました。オロ部長は蛇ですので、基本無言です。本気になったら「キシャーッ!」って鳴き声を出せますが、喋れません。だって、蛇だから。
「いらっしゃるようで御座いますね」
「灯りを点けますね」
照明魔法を唱えて縄梯子で下へと向かいました。オロ部長が魔導式ランプを使ってはくれるのですが、それだと梯子のある縦穴は照らされなくて危ないんですよね。
無事に下へ到着しまして、そこではオロ部長は白い体でとぐろを巻いて待っておりました。居住室となっている空間はとても広くて、オロ部長の体をまっすぐに伸ばすことも可能ですが、心は淑女な彼女は寝転がって客人を待つようなマネはしません。
礼儀正しくとぐろ巻きの体勢なのです。私にはそれが礼儀に値するのかは分かりませんが、本人が言っていたので正しいのでしょう。蛇の世界は奥深いです。
「ルッカを見付けて連れて来て欲しいのです」
アデリーナ様の言葉に、オロ部長は片腕を曲げての力こぶで了解の意思とヤル気を示します。指とかもスラリと長くい細腕でして、もしも、全身が人間なら美人だったんだろうなとか想像します。
普通の人間の親から生まれた異形の存在。それが獣人でして、生まれつき体内の魔力が偏って、その部分が変化してしまった人達です。
私の印象的には不思議とシャールやデュラン、諸国連邦では少ないのですが、王都のスラム地区にはいっぱいおられて、虐げられた生活を送っておられました。
オロ部長も王都出身と聞いたことがありますので、苦労されたんだろうなぁ。
巣穴の端に小さな棚があって、とても古い人形が飾ってありました。これは、もしかしたら親御さんからの贈り物なのかもしれません。
なお、オロ部長は邪神との戦い後でその肉を喰らい、羽が背中に生えていますので、より一層、異形となっています。
自由に空を翔べるようになったから、同じく飛行可能なルッカさんを追うのに適しているのです。
私達の依頼を快く受け、ズルズルと移動を始めたオロ部長は穴の深い方へと向かいました。その先はシャールの街壁よりも向こうへ、それこそ、馬車で1日2日掛かるくらいの遠方にまで掘られていて、オロ部長は高速でそこを移動するのです。
「帝国方面にいるとの情報が御座います。宜しくお願い致します」
オロ部長は振り向かずに親指を立てて返答をしました。傲慢って感じでなく、普段からの部長を知っている私達はそれをお茶目だと思いました。
暗闇に消えた後、巨体を滑らせる音を残してオロ部長は出発します。
「でも、大丈夫ですかね? オロ部長、ブラナンに魔剣で切断されたことあるんですよ」
「ブラナン? 先王で御座いますか?」
「あれ? 覚えてないん――あっ、アデリーナ様はブラナンに操られたルッカさんに咬まれて危なかったから、巫女長の収納魔法の中でしたね」
「酷い想い出で御座いますが、助かったと素直に思っております」
あれは驚きましたね。呆気なくアデリーナ様が死んだのではと思いましたから。
「それはそうとして、オロ部長、魔剣には弱いかもですよ。ルッカさんもそんなの持ってるし」
「カトリーヌさんを信頼しましょう。200年以上生きておられる方で御座いますので、経験も豊富でしょう」
「マジですか!? えー、オロ部長、本当に獣人で合っているですか! 魔物って言った方が万人が納得しますよ!」
「ご本人も自分を疑ってましたよ」
ですよね。
さて、次は大魔法使いマイアさんの所へ行きたいのですが、そこへの移動は高度な転移魔法が必要です。なので、ルッカさんが居ない今は聖女イルゼを待つことになります。
彼女がやって来る時間は昼過ぎということで、私はアデリーナ様と別れて自由時間をゲットします。あと、イルゼさんはデュランの偉い人で忙しそうなのに、毎日自分を訪問させるアデリーナ様はやっぱり鬼だと思いました。
「ガハハ! 甘いッ!!」
「囮です。倒れてくださいね」
「ふんぬっ!」
騒がしいですね。
まだ戦闘中のアシュリンさんとショーメ先生を視野に入れないようにしながら、私は1人、神殿を散策します。
たまに顔を知った巫女さんともすれ違いまして、会釈でご挨拶をします。彼女らも神聖な神殿で暴れる迷惑な2人を無視していました。
「メリナ! 戻っていたの?」
建物から出てくるなり、気さくに私へ呼び掛けたのは、同期のマリールです。見習い時代はシェラと3人の同室で過ごした親友です。
マリールは私より1個年下でして、外観も幼いです。いえ、もう彼女も16歳でしたね。そう考えると、全体的な発育が足りないですね。それを言うと、ひどく怒るので口にはしません。
「久しぶり。今日も実験?」
マリールも見習いから巫女さんに昇格しているので黒い巫女服です。
「そうよ。それよりも、あんた。シェラから借金しているんだって? 最悪ね」
勝ち気な性格の彼女は口調も詰問調です。初対面の時は生意気だから殴ってやろうかなと思ったくらいです。でも、マリールとしては悪気のない、無自覚な発言なんですよね。
「返そうと思ってるから安心して」
「はぁ? シェラから借金をするのが罪だって言ってんのよ」
「……すみません」
「私に相談してくれれば、もっと良い条件で貸してあげたのに!」
あっ、くれないんだ……。
「で、どれだけ借金してんのよ?」
「えーと、金貨10枚と4000枚ですね」
「……何それ? メリナ、商売でも始めたの?」
「いえ、10枚は実家へのお土産を買うのに借りて、4000枚の方はアデリーナ様の口座から頂いたのを肩代わりしてもらったみたいです」
「土産代に金貨10枚? アホでしょ。銀貨で十分じゃん。あと、アデリーナ様から頂いたのに肩代わり?」
「えぇ、不思議ですよね。私、さっぱり分からなくて」
書類を書き換えて自分の懐に入れたとは絶対に申しません。
「……ふーん……。そっか、あんまり深く聞かない方がいいんだね。ごめん、メリナ。国を動かしている人達に、遠慮もせずに差し出がましい事を言って」
ううん。こちらこそ、ごめん。
普通に考えたら、私が窃盗っぽいことをしただけなの。
「実験見てく? すんごいの出来てるから」
「うーん、用事が有ってあんまり時間ないんだ。今度にするよ。フランジェスカさんにもよろしく」
「残念ね。本当に凄いのに。で、用事って何? 親友の誘いを断るんだから相当よね?」
「聖女のイルゼさんに大魔法使いのマイアさんのとこに連れて行ってもらうの」
「聖女は良く見るし、アデリーナ様の召し使いみたいな感じだから驚かないけど、大魔法使い? それって、物語に出てくる2000年前の大魔法使いマイア?」
「うん」
マリールは呆れた顔をしました。
「信じらんない。信じらんないけど、メリナの事だから、その大魔法使いマイアも殴ってるんでしょ?」
「う、うん。……まぁ」
「殺す気で?」
「そうだったかも……」
「聖女も殴った?」
「殴ってないよ。鎧をぶつけて気絶させたかとはあるけど、殴ってないよ」
無駄かもしれませんが、殴っていないことを強調しておきましょう。
「あんた、自分の部署の部長とか先輩も殴ってたわよね。会った日から」
「う、うん。そうだったかなぁ……」
「そうだったわよ! 私も殴ろうとしてたし! あっ、もしかして……アデリーナ様も?」
「殴ったことないよ、うん、たぶん当たったことない! 唾を顔に吐き掛けたくらい!」
あれ、面白かったなぁ。2回目はアデリーナ様、屈辱でプルプルしてた。
「……メリナ、私は心配だわ。常識を付けようよ。ほら、あんたは淑女を目指していたでしょ」
「……今から成れるかな?」
私達の間に沈黙が流れます。
それを破ったのは建物の扉が開く音。ぞろぞろと人が出てきます。巫女服じゃないから、見習いさん達かな。
「マリールさん、何をしておられるのですか?」
「早く行きましょう。そろそろ固液分離が終わってます」
「今日こそ抽出に成功しますよ」
どうもマリールに付いている方々の様です。
「あっ、そうね。ごめん。先に行ってて」
素っ気なく彼女らに返した後、私に向き直ります。
「今のは、お手伝いの子達。薬師長が付けてくれたのよ。で、メリナ、しっかりしなよ。あんた、そのままじゃ家庭を持てないよ」
そう言って、マリールは去っていきました。
……家庭かぁ。
あー、忘れておりました。聖竜様、私のために雄化してくれたんです。
なのに、私は一切応えていませんでしたね。大変に失礼なことです。
全身全霊で謝りに行き、それから、本当に雄化しているのか確認しないと。
うん、ちょうど、イルゼさんが来るから聖竜様の所に連れて行ってもらおう。名案です!




