アデリーナ様の小屋
アデリーナ様のお部屋は新人寮ごと破壊されているので、魔物駆除殲滅部の小屋の隣に仮設の建物が作られていました。
そこがアデリーナ様の今の執務室です。なんと、アシュリンさんの手作りでして、粗野な作りが何とも笑えます。
うふふ、普段はお高く止まっているのに、スラム街の住居みたいです。
なお、中は豪華でした。腐ってもアデリーナ様です。やっぱり、お金持ちなんですよね。
私はふかふかソファにお尻を置いて、体が沈み込むのを楽しんでいます。
隣にはショーメ先生。今日もいつものメイド服。メイドさんの格好なのに、客人みたいに普通にアデリーナ様が淹れたお茶を口に付けています。誰も疑問に思わないのでしょうか。
テーブルを挟んで、目の前はアデリーナ様。お茶菓子を袋から出してお皿に載せております。早く配ってくれないかな。私、朝食の途中だったんですよ。
そして、斜め向かいはアシュリンさんでした。背筋をピンとして座っています。今日も軍服姿ですね。巫女服を着ていたのは、私が神殿に入った時くらいでしょうか。先輩巫女として仕方なくお召しになっていたのかもしれません。
フロンは留守にしているみたいで、ここにはいませんでした。
「口から魔力を吐き出して移動させるとか、もう魔族みたいで御座いますね」
先程のやり取りの様子を説明した後のアデリーナ様の感想です。
「アデリーナ、口を慎めっ! 我らの長、巫女長だぞ」
アシュリンさんが偉そうに言いますが、お前はそんな意識があったのに、ノーノックで巫女長の部屋に入ったり、「チッ、いないか」なんて呟いていたのですか。私、新人の頃にビビった想い出を忘れていませんよ。
「色々と気になる点は御座いますが、まずは魔力の粒子になって消えたというところですね」
「ノノン村に現れたヤツも同じような感じで消えましたよ」
「人間ではない、ということがはっきり分かるところで御座いますね」
「強めの魔族も同じ消え方をします」
ショーメ先生が続けます。
「しかし、彼女らは魔族特有の黒い魔力ではありませんでした。魔族という線はほぼないでしょう」
「だとしたら魔物なのでしょうかね。アシュリンはどう思います?」
「ふむ。魔族だろうと魔物だろうと関係ないっ! 打ち倒す必要があるのなら、殴るまでだっ! そうだな、メリナっ! それが戦士の心得だなっ!」
はぁ? 戦士の心得かどうかなんて、私に訊くんじゃありません。自問自答してなさい。私は巫女です。休職中ですが巫女なのです。
なので、答えずに無視します。
「どうした、メリナ!? また記憶を失っているのかっ!? 以前のお前なら即座に『イエス、マム!』と答えたものだぞ!」
「残念ながらというか、無論、そんな記憶はありません。アシュリンさんこそ、頭を打って記憶が改竄されているんじゃないですか?」
「ガハハ! メリナ、上官に口答えするとは相変わらずだなっ!」
あん? 殺り合うなら受けて立ちますよ。
「止めなさい。貴女方の師弟関係は微笑ましくも――」
「ちょっ! アデリーナ様! 待ってください! 私、アシュリンさんを弟子にした――」
「馬鹿者っ! 弟子はメリナ、お前だろ!」
あん? 殺り合うなら受けて立ちますよ!
「話を進めましょうね、メリナ様。ガランガドーさんを呼べば良いのではないでしょうか? ほら、おたくの長を眷属にされていると聞きましたし」
「フェリスの言う通り、それが宜しいでしょうね」
アデリーナ様もそう同意したのに、ここでアシュリンさんが口を挟みます。
「待て。誰だ、そいつは?」
……あれ? 初対面でしたか?
私はショーメ先生について説明します。
聖女が治めるデュランの街の暗部に所属していた経験があって、諸国連邦に私が留学した際にも教師として情報収集とか情報操作とか、色々とスパイ活動を行っていたことを伝えます。
「ほう? 腕に自信があるんだなっ! ならば、貴様も魔物駆除殲滅部を志望しろっ!」
「いえ、あいにく、竜の巫女ではありませんし」
「良い! 素質はある! 私だけではメリナを抑えきれん! 最近はルッカも顔を出さなくなったしな!」
「ゆっくり考えさせて頂きますね」
「ダメだ! 即断しろ!」
「じゃあ、お断りします」
「何だと! 表に出ろ! 修正してやる!」
「それは承諾しますよ。吠え面をかかないで下さいね」
そんな言い合いをしながら、2人は外へと出ていきました。
「いいんですか?」
「アシュリン的には実力を計っておこうということでしょうね」
「あー、あいつ、私やルッカさんとも初日に戦ってましたね。私、狂犬って新人の頃に呼ばれていたみたいですが、あいつの方がお似合いですよね」
でも、アシュリンさんとショーメ先生の喧嘩は見てみたいかも。
「メリナさんも中々でしたよ。それはさておき、ガランガドーさんをお願い致します」
「あっ、そうでしたね」
魔力をコネコネしてガランガドーさんを作ります。ここは室内ですので、ミニチュアガランガドーさんで。
体は構築できました。でも、どうも魂が入らないと言うのか、動き出さないし、喋りもしません。
「ん?」
私は頭をバシバシ叩いてみます。
「メリナさん、何をしているのですか?」
「いや、気絶しているなら刺激を与えようかと」
足の裏をコチョコチョともしました。
でも、どうにも動きません。
あれ?
ガランガドーさん、ガランガドーさん。
応答願います。生きてます?
もしかして、巫女長に殺されました?
無言でした。諦めて、テーブルの上に寝かせます。グテンとしていました。
「アデリーナ様、大変です。ガランガドーさんが私を無視します」
「死んだのでは?」
「あいつ、死なないですよ。初めて出会った時に、私が何回首を落とし続けたと思うんですか」
「ふむ。しかし、邪神の様に消え去ることもあるでしょうから、ここは死亡したと仮定致しましょう。さて、被害者かつ元凶の証言が得られなくなったのは、非常に残念で御座いますね」
「でも、えー、あいつ、絶対に死んでないから、きっと屈辱の顔で聞いてますよ、今の」
ガランガドーさんご逝去疑惑という笑える話は我慢して、私達は違う話題に入ります。
「ノノン村に来た分裂は明らかに害意が有りました。私が仕事をしていないから奴隷に落として強制労働で仕事の喜びを覚えさせたいなんていう、極悪な考えをしていました」
「極論ではありますが、一理御座いますね」
「はぁ!? そんな事になったら、私、主人殺しの上に奴隷解放の反乱を王国に対して起こしてやります!」
少し興奮してしまいましたので、お茶をグビッと飲みます。それから茶菓子をガシガシと食べます。甘くて良い感じです。
「しかし、今回の料理人は善良だった可能性が御座いますね。ただ竜を食べたいってだけで」
「うーん、でも、巫女長の数は減らした方が良いかなって」
「気味が悪いで御座いますからね。褒めにくいですが、私もそうしたでしょう」
「そうなんですよ、アデリーナ様。今の巫女長達って何者なのか、よく分かりませんよね。間違いないのは、人間じゃないってことくらいです」
「はい。メリナさん、ここは博学な方に教えを乞うべきでしょう」
「誰ですか?」
「大魔法使いマイア。精霊についても聞きたいと思っております。彼女はメリナさんに一目置いていますので、協力してくれることでしょう」
なるほど。確かに彼女は色々と知っていますものね。名案です。
「ルッカさんはどうします? 様々な悪さをしてますから止めないと」
「ルッカは空を自由に飛べるので御座います。ガランガドーさんが生きていれば、メリナさんに頼みたいところだったのですが、ここはカトリーヌさんの出番でしょう」
おぉ、カトリーヌ・アンディオロ部長!
私達、魔物駆除殲滅部の部長です。優しくて強くてユーモアもあって、理想の上司とも言えます。
私達は部屋を出て、オロ部長の巣穴へと向かいます。
遠くでアシュリンさんとショーメ先生が激突しているのが横目に見えまして、他の巫女さん達からまた苦情が来ないかなと心配になりました。
「ところでメリナさん。私の口座から勝手にお金を下ろしましたよね?」
「えっ……」
「シェラがその窃盗分、4000王国ディナルを立て替えましたのでご安心ください。トゴらしいですよ」
「トゴ……」
何だったかな、トゴ。でも、怒られなかったので嬉しいです。
「善き友をお持ちで御座いましたね」
「はいっ!」




