仲裁するメリナさん
神殿が見える前から、複雑な動きで2つの光線が上空を飛び交っていました。
何なのか分からなかったのですが、ショーメ先生が速度を緩めたので、私も彼女に合わせて頑丈そうな石造りの家の屋根で様子を伺います。
この辺りは貧民街と違って街並みがきれいです。
「何ですか、あれ?」
「去年の戦場でも見たヤツですよ」
「模擬戦ですか?」
うーん、見たかもしれないかなぁ。
「おたくの巫女長の高速移動が使う魔法か技の類いですよ」
「でも、2つ見えますけど――あっ、巫女長同士が戦ってる!?」
「そうだと思います。有難いことですね」
「えぇ! 共倒れしろって、心から願ってます!」
光線は絡み合うように接近しては離れてを繰り返しています。激突しているのでしょうか。
たまに地上近くに降りてきて、風圧で土埃を巻き起こしています。
私達は慎重に近付きます。不用意に彼女らの攻撃範囲に入って巻き添えを喰らったり、狙いを変えられたりしたら、堪ったものではありませんので。
近くに来ると、より一層、目で追うのがギリギリとなってきました。それでも、黄色い光に覆われた老婆の巫女長を確認できます。また、同じく光を纏う昨日のおばさん料理人もいて、確かに2人は戦っているようでした。
料理人の武器は包丁。ただの包丁じゃなくて、カニの獣人冒険者ミーナちゃんの大剣みたいな、背丈よりもでっかい肉切り包丁です。高速で縦横無尽に空中を動きながら、それを振り回しています。殺す気満々です。
対する老婆の巫女長。こちらは、竜を愛する飼育係のフローレンスでしたか、それが素手です。素手ですが、たまに極大の魔法を放っています。同じく殺意が全力です。
分裂する前の巫女長はメチャクチャでした。模擬戦でも味方の存在を無視して攻撃魔法や精神魔法を連打していました。前王ブラナンとの対決でも乗っ取られたルッカさんの体を一切考慮することなく、風魔法で切り裂いて肉片に変えたこともあります。
そんな巫女長だったのに、あの飼育係の巫女長は地上に向けて放つことを避けているのです。
これは凄いことです。
アデリーナ様が飼育係の巫女長を「御しやすい。あれを我々の巫女長としましょう」と仰ったのも、大変に理に適う発言だったと思いました。
「互角ですね」
「ショーメ先生、見えるんですか? 速すぎて、どっちがどうとか分からないんですけど」
「私も魔力を追っているだけです。目では厳しいですね」
風を切る轟音だとか、魔法の破裂音とかが響いておりまして、街の人々もこの異変を見上げておりました。
その中に見知った顔を発見します。
「メリナ様ー! お久しぶりです!」
ちょこんと頭に帽子を乗せた女の子、ニラさんです。後ろには、いつもの通り、商人姿の双子を連れていました。
「あっ、こんにちは」
彼女らに対して後ろめたい気持ちはあるのですが、私は努めて明るく屋根から手を振りました。
風紀委員の時は、皆で禁酒のお達しを守るように頑張りましたよね。
アデリーナ様から「鼻の良いニラさんには、メリナさんが懐に酒瓶を密かに持ち帰ったことがバレていた」と聞きましたが、あれは私を虐める為の虚言だと思っておきましょう。
ほら、ニラさんの表情からは私を咎める気配はありませんもの。
「メリナ様ー! あれ怖いから止めて頂けませんか?」
無茶を言う。強大な力を持つ巫女長2人が暴れているのですよ。荒れ狂う暴風に身を任せる自殺行為です。
「「そしたら、例のお酒の件、黙ってますよー」」
双子もニラさんを後押ししました。
お前ら、「お酒の件を黙る」とか皆の前で言うなんて、それ、もう私が禁酒令を破ったと公言しているも同然じゃないですか……。
でも、仕方ないかな。
「ショーメ先生も協力のほど、宜しくお願いします」
「何言ってるんですか。普通に殺されますよ、あれ」
「でも、宿屋では『始末しましょうか』って余裕発言してましたよ?」
「料理人さんの魔力が強くなってますね。やはり偽ってましたか。うーん、では、メリナさんが前で私は後衛を担当しますね」
は?
「それは都合が良すぎませんかね?」
「相性の問題ですよ。私は華奢だから。では、やりましょうか」
ショーメ先生は狙いを定めて、鋭くナイフを投げます。その目測は完璧で高速移動する2人が合わさるポイントへ見事に飛んでいきます。
あんな遠くなのに、2つの殺気がこっちを向いた気がします。
「さぁ、前へ」
「勝手を言いますね」
私も覚悟は出来ています。また、状況も分かっています。
ここでは街に被害が出る。だから、神殿の広い敷地に行かなくては。
猛ダッシュで屋根を駆け、最後は思っきりジャンプ。力を込め過ぎて、屋根の石材が欠けた感触がありました。ごめんなさい。
でも、そのお陰で街と神殿を分ける大通りと川を一気に飛び越えます。橋や門も足下を去っていきました。
着地とともに足を踏ん張り、中庭の芝生を蹴って、もう一度ジャンプ。ここまで来たら、私の魔力感知の範囲でも化け物2匹は捕捉済みです。
彼女らの動きは不規則に見えて、互いを落とそうとしている軌道です。
ショーメ先生のナイフ投げで見せて頂いた妙技もヒントに、私は2匹が重なるポイントを定める。
途中、魔力で構築したブロックを蹴り飛ばしての位置修正を行いましたが、見事に私は2匹の間に入り込みます。
この魔力ブロック、最近は使用していませんでしたが、便利ですね。悪さをしようしとしたヤナンカを追い掛ける為、雲の上まで階段状にして登ったのが懐かしいです。
さて、一方の腹を蹴り、もう一方の顔面を肘で突く。頬を包丁の先がかすりましたが、大したことはありません。ちゃんと見切りました。
水柱が2本、中庭の真ん中にある池に立ちます。水で頭が冷えれば良いのですが。
落下を始めた私は同じように池でずぶ濡れにならないように、新たな魔力ブロックを作って蹴り、池の周りの緑地に足を着けます。
油断はしていなかったのですが、池から光が2つ飛び出て私を挟む。
簡単には行かないものですね。
ノノン村を訪れていた幼い姿の巫女長もしぶとかったのを覚えています。お母さんが首をへし折ったのに生きてましたもの。
「メリナさん、聞いて。その料理人さん、ガランガドーさんを殺したのよ。ほんと、酷いわよね」
老婆の方の巫女長がそう言います。飼育係って自称している方です。
「違うわ、メリナさん。竜は自由であるべきなの。あんな粗末な小屋で飼うなんて許せないの。肉質だって落ちるのよ」
包丁を持った方がそう言います。こちらは顔の皺は余り目立たなくて、中年女性の姿なんですよね。
でも、似ている。巫女長の若い時の姿なのでしょうか。
「「ねぇ、メリナさん。一緒にこの化け物を倒しましょう。貴女も竜を愛する巫女ですものね」」
そして、同時に私を味方に誘います。
この均衡を破るのは私だと、二匹とも分かっているのでしょう。
「ほら、私、ドラゴンの新しい調理法を編み出しそうなの。ねぇ、早く、あの黒竜を食べてみたくない?」
「あらあら、まだ仰ってるの? 私のガランガドーさんを殺めた罪を償って欲しいのよ」
同じような口調の人が左右から喋ってくると混乱しそうになりますね。
「黙りなさい!」
勿論、私は料理人の方を殴り付けます。
気合いを込めて殴ったのですが、吹き飛ばず、逆に私の拳が潰れます。
が、覚悟の上。次撃として逆の腕を振るいますが、空振り。
動きが速い……。
反撃に身構えます。でも、間合いを取った料理人が包丁を意図的に落とします。戦意を失った? いえ、警戒は保たなくては。
「痛いわ。酷い。でも、うん、メリナさんはそちらを選ぶのね」
「精霊を食べ続けたら、また分裂するかもしれませんよね。その危険性は排除します」
私は毅然と言い放ちます。
「私、まだ料理の研究をしたいのよ。見逃してくれない?」
……どうする? 確かにガランガドーさん以外は危害を加えられていない。
「メリナさん、ダメよ。それは悪魔。竜殺しの悪魔よ」
元は同じでしょうに。
「あらあら、そうね。分かったわ。じゃあ、これでどう? もぉ、意地悪だわ。もう1人の私、この魔力を上げるから勘弁して欲しいのよ。それが聖竜様のご意志なのよね」
料理人の口から魔力がゴボゴボッと溢れて来て、地を這って、飼育係の巫女長の体内に入っていきます。間に居る私もその魔力に触れることになり、大変に気持ち悪い。
「どう? これで私は無力な料理人。郊外で料理の研究をするから。ね、許して」
「巫女長、どうしますか?」
私は飼育係の老婆を巫女長と呼びました。アデリーナ様が仰った通り、この人は比較的常識があって扱いやすそうだから。
「あらあら、メリナさん。優しさは時に罪に成り得るなの。お気を付けて。竜殺しの大罪を許してはいけないわ」
「だ、そうです」
「ん、もぉ。意固地ね。ナジルユナハヤラハナマユナャムナビジァタチトナッパ」
ん?
なんだ? 料理人の体内の魔力がぶれた?
吐き出したせいで少なかったのだけど、更に少なくなった感じ。
「巫女長、今の精霊語ですか?」
「あらあら、そうなの? 分からなかったわ」
料理人は徒歩で逃亡しようと背中を見せます。
その隙を逃す私ではありません。すかさず極太の氷の槍で心臓の所を突き刺すと、魔力の粒子になって料理人は消失しました。
「よくやったわね、メリナさん。頼りになるわ」
「……はい」
無邪気に笑う巫女長ですが、私は強い不安感を持っています。余りに呆気な過ぎる。
私もアデリーナ様も巫女長には震撼させられ続けていたのです。つまり、強敵です。なのに、こうも簡単に倒せるのか。
満足した巫女長は去りました。ガランガドーさんの亡骸を弔うお仕事があるそうです。
「お疲れ様です、メリナ様。さすがでしたよ」
遠くで見ていただけのショーメ先生が何食わぬ顔で傍に寄って来ていました。今回も上手く使われたと感じてしまいますが、それは置いておきましょう。
それよりも確認したいことがあります。
「さっきの料理人、様子がおかしかったですよね?」
「……魔力の変動ですよね? 気になりますので注意しておきます」
よし。このショーメ先生、意外に有能なので協力してくれるのなら有難いです。




