共同作業
刻まれた大根を拾い終えた私は、呆れを堪えてアデリーナ様に告げます。
「最後の一振り、絶対に不要でしたよ」
私の当然の言葉に、包丁を手にしたままのアデリーナ様は返します。なお、私が大根を拾っている間、こいつが立ったまま何もせずに私を眺めていたことをしっかりと覚えています。
「メリナさん、刃物とは斬るために存在するのですよ」
「そうかもしれませんが、包丁は調理用ですから、台を一刀両断してはならないと思います。そもそも、包丁を天高く構えてから振り落とす人を初めて見ました。私まで斬られるのかとヒヤヒヤしたのですが」
「料理は心を込めて作るものです。私はそれを実践したのみで御座いますよ」
何の心だよ。殺意か?
「はいはい。もう良いです。この台は薪にしますね」
私達は煮込み料理を作る予定です。水と材料を大釜に入れて、グツグツと煮立てるだけで作れるからです。
デンジャラス、ショーメ先生の組は焼き料理と言っていました。例えば、ステーキなら一枚一枚焼くのが大変に手間ですし、2人で処理していくには枚数的な限界が有るでしょう。
料理選択の段階でも我々はかなり有利な状況です。なぜなら、この地区の人達は皆、飢えているので、味は重視されず量を食べられたら満足してくれるからです。
つまり、大勢の人に食わせたチームが勝つだろうと推測されたのです。
私は水を張った金属製の釜に先程の大根を全投入します。この釜は軍用の物でして、今は固定していますが、馬が曳けるように下に車輪が付いています。大きさも小型馬車並みです。
巫女長生き埋め事件の後に立ち寄った村で湯浴みをしましたが、その際の大樽3倍分は有るでしょうか。
今晩だけでなく明日も配れるくらいの煮込み料理が出来上がりそうです。
「メリナさん、これ、水の量が多過ぎでしょう」
「そうですか?」
「全くおバカで御座いますね。入れる具材の量を考えて、最初の水を入れた方が――いえ、違いますね。最初に具材を入れて、後から水が正解でしょう」
おぉ! なるほど!!
「流石はアデリーナ様! じゃあ、新しい釜を買ってきますね!」
水を捨てるのは勿体無いからです。ここの水は濁っていて、清浄な水を求めると別の地区から汲んで来ないと行けませんから。
「えぇ、メリナさん。新しい調理台も御願い致します」
「アデリーナ様の腕なら空中で斬って、そのまま釜に落とせば良いのでは?」
「む……。一理御座いますね。よろしい。それ、採用で御座います」
私は新しい釜を確保して戻ってきました。余りに大きいので、道行く人々から注目の的でした。あと、市場にはもう売っていなかったので、軍隊の人と交渉して譲って頂きました。「王命です。逆らえば死にますよ?」と言えば、すんなり貰えました。
私が食材をポイポイと投げ、アデリーナ様が華麗な動きで斬り続けます。凄いです。
観客も我々の妙技を固唾を飲んで見守っていました。
魚、人参、ウサギ、玉ねぎ、ニンニク、カブ、カブトムシ、ネギ、豚、リンゴ、チーズ、岩塩、ドングリ、猪、トカゲ、キノコ、何かの根っこ、レタス、ヘビ、鶏、ほうれん草、ピーマン、パン、鍋、ブドウ、鞄、馬、イチゴ、猪、辛子、卵、芋、靴下、オレンジ、豆。
大小様々な雑多な物が次々と目にも止まらない速さで釜に入っていったのです。
そして、最後、牛の頭を切り刻みます。やり終えた私達は、満足した顔で観衆に向けて同時に一礼をしました。
響き渡る大歓声。とても気持ち良いです。
あのアデリーナ様がいつもの冷たい笑顔ではなく、子供のような無邪気な表情をされるくらいでした。
「メリナさん、楽しいで御座いますね」
「えぇ! それじゃ、水を入れましょう!」
先に用意していた釜を持ち上げ、食材の入った釜へとドバドバと水を注ぎます。かなりの重量ですので、「ふんぬっ!」と気合いの声を出さざるを得ませんでした。
色んな物が浮かんだり、沈んだりしています。見た目は非常に悪いです。不安ですが、アデリーナ様は平気な顔ですので大丈夫です。
「次は火ですね」
「えぇ、メリナさん、宜しくお願い致します」
「はい!」
とは言ったものの、火打ち石とかの知識は有るのですが、魔法なしで火を出した経験はありません。
転がっていた邪教のリンシャル像の欠片をぶつけ合いますが、火が出る気配はありませんでした。
その間、アデリーナ様は壊れた調理台を包丁で刻んで木屑にしていました。スゲーです。
「早くなさい。クリスラが戻ってきました」
「は、はい! 今暫くお待ちください!」
焦ってきますね。火炎魔法を使うかとも思うのですが、筆記試験に参加していたデュランの学者達が監視員として見張っているのです。
デンジャラスが戻ってくるまでに、彼らを皆殺しにしておくべきでした。後悔先に立たずとはこういうことを言うのでしょう。
カチカチと欠片同士をぶつけながら、私は横目でデンジャラスの動きを見ています。
借りたと思われる馬車に何枚もの大きな鉄板を載せていました。彼女はそれを下ろす前にリンシャルの像を並べていました。
何かの儀式が始まるのかと思っていたら、その像を土台にして鉄板焼きの台を拵えたのです。
「自分の信仰対象を道具にするなんて不敬になりませんかね?」
チクリと私は言います。なお、手元ではまだカチカチと音を立て続けているのですが、なかなか火は出ません。
「ご安心を。リンシャル様はその程度を不敬とみなす方ではありません」
……歴々の聖女の目をくり貫いて集めていた邪悪な存在でしたよね? 私と戦った時にその目を潰されて激昂していましたよ。
何にしろ、鉄板を置き終え、薪を着々とその下に並べるデンジャラスさんと比べ、私達は停滞しています。このままでは生野菜と生肉を水に浸けただけの料理が出来上がってしまいます。
「メリナさん、早く火を。木を擦り合わせると良いと聞いたことがあります」
「分かりました。試します。でも、アデリーナ様、剣をぶつけると火花が出ます。それでも良いのではないでしょうか」
「仕方御座いませんね。私も助力致しましょう」
私は調理台だった板を地面に置き、これまた調理台だった木片を手にして高速で強く擦ります。
アデリーナ様も包丁を2本もってガツンガツンとぶつけていました。怖いです。優雅さを忘れていない感じなのが、また狂気です。
しかし、すぐに状況は好転します。
私が擦り合わせている木から焦げた臭いと煙が現れたのです!
「アデリーナ様! 何かよく燃えるもの!」
「お待ちください!」
アデリーナ様は瞬時に大量にあった木片を細かく刻み、埃のような状態にしました。それを私が擦り続ける板に振り掛けます。
するとどうでしょう。火が、赤い火が灯ったのです!
それを火種にして、釜の下に炎を置くことに遂に成功しました。
「やりましたね!」
「はい、メリナさん。これでほぼ完成でしょう」
煮込み料理は簡単です。あとは薪を補給しながら見ておくだけだと思います。
やがて、ショーメ先生も肉塊を持って戻ってきました。
「時間が掛かりましたね、フェリス」
「はい。魔法禁止ということで転移魔法が使えませんでしたから。しかし、良い食材を入手しました」
チラリとショーメ先生がこちらを見ます。それから、私に聞こえるように発言します。
「上質なドラゴンの肉です。メリナ様が滞在している宿屋から譲って頂きました」
なっ! それは私のためにベセリンが用意したものだと推測されます!!
「あなたが上質と言うのですから間違いない物なのでしょうね。では、私が焼きます。フェリス、あなたはソースを作りなさい」
「はい」
ドラゴンの肉は大変に美味しい。私が評価するならば、謎の煮込み料理よりも肉厚ステーキです。
しかも、あの肉ブロックは大きく、いったい何人前に相当するのでしょうか。想定外でした。
さて、ガルディスとソニアちゃんも戻ってきました。残念ながら彼らに勝ち目はないので、私は余り気になりません。
実際に彼らが持っているのはザル1つ分の食材くらい。それもどこかで拾ってきた食べ残しのように見えます。
ソニアちゃんの顔が曇っていました。
「ソニアちゃん、大丈夫? 何もされなかった?」
「情けなかった……」
もう泣く一歩手前ですね。
「ガルディス、何をしていたのですか?」
「あぁ。道端に座ってザルを置いておくと恵んでくれるんだぜ」
物乞いか……。
「ガキが独りでお腹空いたって呟くだけで、こんなにだぜ」
しかも、ソニアちゃん独りでさせたのか、なんて悪どい!
「それに見てくれ、ボス! 料理を作ってくれるってヤツまで来てくれたんだぜ! 料理人だぜ!」
その単語に私もアデリーナ様もショーメ先生も真剣な眼差しでガルディスの背後に隠れていた者に注目します。
もしかしたら、料理人フローレンス! 隣国にいるはずで、ここには居ないと分かっているのに、私達は警戒したのです!
でも、その人の魔力量は……うん、大したことない。こいつは巫女長から分裂したヤツじゃなさそうです。良かったです。
「ショーメ先生、助っ人はルール違反になりますかね?」
「それは規定しませんでしたから、大丈夫でしょうね」
ショーメ先生も警戒を解いていました。私と同じ結論ですね。
うん、料理人と女性ってところだけが共通点でしたもの。この人、デンジャラスさんより歳の行った、人の良さそうなおばさんです。
「あー、メリナさん! 吹き零れました!」
なっ! 釜の外側を垂れる汁がジュージューと音を立てています。
「アデリーナ様! 薪を何本か外して下さい!」
「分かってます。誰に命令しているので御座いますか」
なら、私に声を掛けるなよ。
「それよりもメリナさん、黒い泡がいっぱいなのですが、食材が悪いんじゃないですか?」
言われて釜を覗くと、確かに変な色の泡がボコボコしています。
「たぶん、灰汁ってヤツですよ」
「灰汁? 聞いたことはありますが、これが灰汁……。汚いわね。メリナさん、除去しなさい。その様にすると聞いたことが御座います」
「えっ、でも、掬うものがないですよ」
「手でなさいなさい」
「本気ですか!? 大火傷しますよ! 一応の確認ですが、ショーメ先生、回復魔法は有りですか?」
「無しですよ。魔法は禁止。あと、アデリーナ様の剣を出すのも反則です」
「大丈夫で御座います、メリナさん。貴女なら、ちょっとした火傷くらいなら、夕暮れまで我慢できると私は信じております」
「普段は信じないクセに、無理、無理! 道具を使わせてください!」
そんな会話をしていたら、料理人の方が板を使って器用に灰汁を取ってくれました。
やっぱり、この人は見た目通りにとても良い人です。




