お料理対決開始っ!
「ルールはどうしますか?」
ショーメ先生がデンジャラスさんに尋ねます。自分達に有利なルールを設定するつもりなのでしょうか。そんな事は絶対にさせませんよ!
と思ったのですが、デンシャラスさんの返答は意外なものでした。
「では、参加者6人が1つずつ挙げましょう。それでよろしいですか?」
デンジャラスさんの問いに皆は頷きます。
「では、最初に。他チームへの危害、妨害工作の禁止。偶然の事故だと主張しても他チームに重大な支障を及ぼしていれば失格です。私は以上です。フェリスは?」
何を当たり前の事を言ったのでしょう? ……まさか、私がそんな卑劣なマネをするとでも思ったのかっ!?
「魔法は全て禁止に致しましょう。危ないですし、シャールの街の決まりですから。あと、メリナさん、品性は保ちましょうね」
魔法禁止かぁ。水とか火が面倒だなぁ。
しかし、でも、どうして比較的気高い私にわざわざ品位の注意をしたんでしょう?
横に上半身裸の男がいるんですけど。そっちに言いなさい。私に極めて失礼です。
次にアデリーナ様が口を開きます。
「時間は本日の夕刻まで。日が暮れても料理ができていなければ敗北。私は忙しいので御座います」
なら、朝っぱらから私の宿屋に来るなっつーんです。来ると知った昨日から私は緊張してしまったのですよ。
「メリナさんは?」
「はい。食材や道具は全て自分で調達すること。でも、借金とかつけ払いはダメですよ。借金は怖いですからね。参加者には子供もいるんですよ」
そうです。私がスラム街に来たのも借金から逃げるためでした。ソニアちゃんが借金浸けになって、若いのに奴隷に売られたりたしたら可哀想です。
でも、それは建前です。
他の追随を許さないアデリーナ様の財力と私の運搬力を最大限に活かす為です。
私、とても冴えています。
うふふ、もしかしたら今日を機会に才能が開花して、私は希代の戦略家として歴史の書に名前を残すかもしれないですね。
事の重大性に気付いていないのか、皆は焦った顔をしませんでした。愚かなり、と心で呟きました。
「次は俺か? 俺ぁ、食えたら何でもいーぜ。腹一杯食いてーな」
「聞きましたか、メリナさん? 普通の人間が食べられる物で御座いますよ」
「お料理対決で何を作ると思っているんですか、アデリーナ様。あと、あいつは普通じゃないですよ」
最後はソニアちゃんです。
「どのチームが勝ったかを判断するのは第3者。多くの人に食べてもらって皆で決める」
「分かりました。食べ終えた後に、集まっている人が一番多いチームの勝ちとしましょう」
ルールをもう一度確認して、整理します。
妨害行為、魔法、借金は禁止。道具と食材の用意は無し。夕刻までに料理を作り、日が暮れるまでに食べた人達で勝敗を決める。大勢に食べてもらうためにいっぱい作る。お料理対決なので、美味しく食べられる物を作る。
簡単です。
「デンジャラス様、私は食材を集めます」
「分かりました。ならば、私は道具を買ってきましょう。焼き料理が良いでしょう」
「畏まりました」
デンジャラス、ショーメ先生のデュラン出身組は、昔からの主従関係からスムーズに役割分担をして去って行きました。
「おい、ガキ! おぶってやる!」
「……汗臭そう」
「いいから行くぞ! ボスに恥を掻かせるんじゃねェ!」
「当てもなく行きたくない」
「ヘヘヘ、黙ってな。良いトコに連れてやってらァ」
怯むソニアちゃんはガルディスに無理矢理おんぶされて、どこかへと消えていきました。
もしかしてソニアちゃんを売ってお金を作るつもりでしょうか。一抹の不安を抱きましたが、うん、ルール違反じゃないかな。
残された私達は、しかし、余裕が有ります。
「メリナさん、これを持って神殿に走りなさい」
スッと出された紙を私は受け取りました。
「何ですか?」
「私の給金口座からの出金依頼書で御座います。1000王国ディナルもあれば十分で御座いましょう」
金貨1000枚か……。有るところには有るものなのですね。
「お任せください! 最速で行って参ります!」
「えぇ、帰りに必要物資の調達もお願い致しますね」
「はい! 全幅の信頼にお応えします!」
神殿は遠いです。普通に進めば数刻は掛かるでしょう。しかし、意欲に燃える私は屋根の上を駆けることにより半刻での到着を実現させました。
もちろん、その間に巫女長の動向もガランガドーさんを通じて入手しています。危険はなさそうでした。
巫女さん業務領域の本部にある経理部に書類を持っていったら、「出納課に持っていて下さい」と冷たく言われるというトラブルがありましたが、私は場所に迷いながらもゲットしました。
金貨5000枚を。
うふふ、1000を5000に書き換えるなど、このメリナの胆力を持ってすれば容易なことです。
それから、その足で副神殿長にお会いに行きます。
副神殿長も経理部と同じ本部勤めなんですよね。
本部は立派です。石造りの3階建て。魔物駆除殲滅部の掘っ立て小屋とは大違いです。羨ましいです。隙間風が寒くて、枯れ草を壁の板の間に嵌め込むなんてこともしなくて良いんだろうなぁ。
巫女さん同士なのに格差が酷いです。街と同じですね。
「あら、メリナさん? どうされたの?」
ノーアポですが、副神殿長は厳格な人ですが、快くお会いしてくれました。私が見習いとして来た時からの眼鏡友達ですからね。私、眼鏡してないけど。
「すみません。この間の新人寮での事故に関してのお金を払いに来ました。私とアシュリンさんの分の2000枚です」
出納課で1000枚毎に積めてくれた皮袋を2つ、副神殿長の机に置きます。
「そうですか。それは出納課に提出下さいね。それから、メリナさん、良くない噂が飛び交っていますよ。そもそもですね、竜の巫女とは――」
「あっ! 副神殿長のお眼鏡、今日もキラキラですね」
「あら。そう?」
容易い。
「えぇ。うちのフロンさんが副神殿長みたいな眼鏡が欲しいって言ってましたので、また教えてあげて下さい。お願いします」
「まぁ、フロンさんが……。私に『逸材ね』とかおかしな事を仰ってましたが、そういうことだったのかしら」
……あの見境ない淫乱の言葉です。恐らくは、前王ブラナンの赤い粉事件で発覚した、副神殿長の秘められた性癖に関する件だと思いますが、それは笑顔でスルーです。
華麗に部屋を出ました。
それから、神殿を出るまでにガランガドーさんに連絡します。
聞こえています? 今から料理対決で使用したいので、あなたのお肉を分けて貰えませんか?
『……我の眷属を増やすことになるのはアディの望む所ではなかろう』
ほぅ。上手な言い訳を考えていたものですね。
まぁ、冗談です。巫女長は変わりない?
『我の鱗を磨いておるわ。完全に我に心酔しておる。これぞ眷属であるな』
それこそ冗談でしょ。でも、安心しました。
私はアデリーナ様に命じられた通りに食材や道具を買いました。調理台まで要望されたりして、何往復もしましたが、それでも他のチームは来ていませんでした。
「メリナさん、ご苦労様でした。後は私が致しましょう」
「私も手伝いますよ。お料理には自信がありますので」
「いえ、大丈夫で御座いますよ。メリナさんの出番が来ましたらお教え致しますから、それまでは見ておられなさい」
「……はい。そこまで仰るのであれば」
私は素直に引き下がります。
アデリーナ様は性格は極悪ですが、能力の高い女性です。お料理もそつなくこなすのだろうと思ったのです。
天高く包丁を掲げたアデリーナ様の立ち姿は、孤高の勇士のようでした。
そして、精神を十分に練り上げ、そして、鋭く振り落とします!
シュバババンと鮮やかな手捌きにより大根があっと言う間にサイコロのように切り揃えられ、最後に、シュパッンと勢いよく叩き付けることにより、調理台まで切断しました。
変なオーラみたいなのが刃に見えたのですが、それは魔法ではありませんか?
大歓声が巻き起こります。そして、切られた大根が無惨に土の上で散らかっていました。




