それ、本当に私の解答ですか?
燃え尽きた私は机に突っ伏していました。それなのに、皆の前に置かれた長机で紙とのにらめっこを終えた後、ショーメのヤツは冷たく言い放ちます。
「それでは採点結果です」
屈辱です。
ほら、ご覧なさい。周りには何かのイベントだと思って住民の方々が集まっているのですよ。
「ボスー、黒い髪のボスー! 頑張ってー」
私を覚えてくれていた女の子が温かい声援を送ってくれますが、私はそれに応えるだけの気力がありません。
「ボスー! 元気だしてー!」
健気ですね。3角形の心も解けない私なんて、その辺を歩いている蟻未満の価値しかないと言うのに。
……いいえ、それは言い過ぎでした。
蟻さんは3角形が何かさえ分からないはずです、たぶん。でも、私はそうじゃない。少なくても3角形が何かくらいは当然に知っています。
「ボスー! ダメだよー! 諦めちゃダメー!」
女の子の声には悲壮感さえあって、更に私は思い直します。
全力は尽くしました。それに、この後はお料理対決が控えているのです。
今、へこたれている場合ではありません。それに、まだ結果を聞いた訳じゃない。
全く自信はありませんが、何かの間違いとかで私が満点である可能性もゼロじゃない!
顔を起こし、女の子へと微笑みます。それから、涙を堪えながら手を振って平静であることをアピールしました。
「メリナさん、大丈夫で御座いますか? 挙動不審過ぎで御座いますよ」
「アデリーナ様こそ、大丈夫ですか? 今から私の賢さに平伏すことになりますが」
「無いで御座います。その可能性はゼロで御座います。しっかりなさい」
チッ。
しかし、冷静になれば確かにその通りです。満点を取る可能性は私がアデリーナ様の次の女王になるよりも低いでしょう。
なので、最善は恥を掻かされないこと。
「ショーメ先生! 結果発表は1位の人だけで良いですよ」
「はい。畏まりました。時間が惜しいですものね」
おぉ、分かって頂きましたか。私、とても嬉しいです。
「それでは、改めて結果発表です」
期待はしていませんが、それでもドキドキします。
「えーと、満点の方が7名ですね」
はぁ!? はぁ!!!
えっ、結構な激ムズ問題だと思ったのに! 名前も知らない薄汚い服の奴らにも私は負けているのですか! いや、まだ決まった訳じゃない……。
「満点じゃなかった人を言った方が早いですね。バカ……じゃない、残念ながら解けなかったのは、メリナさんと後ろの半裸のキモいのの2名です」
……まさか、そんな……。
「先生! 私がソニアちゃんよりも劣っているとは思えません!」
「メリナは失礼」
「メリナさん、難しい問題でしたから仕方御座いませんよ。ね、難しい問題で御座いましたよね。メリナさんには」
アデリーナ!!! 遥か天空から見下している程の発言!!
「解答用紙を取り違えしていませんか!?」
「見ます?」
「はい!」
賢い私はこの間に対策を考え付いていました。
「えーと、メリナさんの解答はこれですね。一目で誤りだと思ったので採点してません」
「何でですか!? 今で良いので読んで下さい!」
私は座ったまま抗議します。
「えー、長いから嫌だなぁ」
「ショーメ!」
「はいはい。じゃあ、失敬ですが、読み上げますね。ゴホン。えーと、全ての物体が大小の3角形で表せます。つまり、世界は3角形なのです。そんな事を本で読んだことがあります。さて、この3角形の世界の中には、なんと心が5つも存在しています。それぞれを内心と外心と垂心と重心と傍心と呼びます。問題はこれらの心が1つでも重なると正3角形になるのかということですが、それは次のように証明されます。心がバラバラの世界は乱れています。でも、一組でも心を通わせる、つまり、一致する人がいれば、世界は変わるのです。それは正しく正義。秩序だった世界の始まりです。ここで、世界は3角形ですので、心が重なると秩序の力により均等な正3角形になるのです。ところで、ショーメ先生に思い返して欲しいのは、巫女長も分裂していることです。巫女長の場合は4つに分かれたので、3角形と比べれば1つ足りませんが、同じ様な状態ですね。分裂した巫女長は心をそれぞれに持っており、独立して活動しています。世界の敵が4倍になっているのです。怖いですね。1つは私が倒しました。だから、ショーメ先生も帝国に向かった料理人と喧嘩家の巫女長をぶっ殺してやってください。そうすれば、世界平和に至り、世界たる3角形も嬉しく思うでしょう。なお、アデリーナ様も理性が飛ぶくらいに凄く怒ると目が3角形になるのですが、それは関係ありません」
……我ながら酷いな。頭が痛くなりそうです。
もう少し頑張ろうよ、私。
「スゲーぜ、ボス。何を言っているのか、学のない俺には理解できねー」
「ショーメ先生、それ、本当に私の解答ですか? 私、そんなの書いた覚えないです。文字を見せて頂いてよろしいですか?」
私は不思議そうに頭を傾げる演技をしながら質問をします。
「えぇ」
私は席を立ち、前へと進んでショーメ先生から紙を渡してもらいました。
そして、瞬時に魔法で燃やします。灰さえ残さない高温です。私を苦しめた悪魔め、この世から消え去りなさい。
ついでに、長机ごと他の解答用紙も焼却処分としました。
「ヒイィ!!」
私は大声を上げて後ろへぶっ倒れました。もちろん、演技です。受け身も取らなかったので背中を強く打ちました。
「み、巫女長の呪い!!」
私は大声で叫ぶことにより、皆にそう印象付けます。
観衆がザワザワし始めました。
「あ、あのボスが怯んだ……?」
「まさか、新しいボスが誕生するのか……」
「巫女長だぜ。巫女長ってヤツがこの街区の新しいボス……」
くくく、私の狙い通りです。皆さん、もう既に筆記試験の結果なんてどうでも良くなっていますね。
「メリナさん、本当に猿芝居はお止めください。それよりも、私が理性を失って激昂したことなど御座いませんよ。それを貴女の口から誤りだったことを仰いなさい」
「いいえ、アデリーナ様。諸国連邦にて蟻の卵のスープを美味しく頂いたと知った時の事をお思い出して頂きたく存じます」
「メ、メリナっ! その話は止めなさい!!」
ほらぁ、目が吊り上がって3角形になりそうですよ。
私はほくそ笑みました。それから、アデリーナ様を無視してショーメ先生に言います。
「残念ながら引き分けですね。残念です。とても残念です。だって、私の本当の解答用紙も燃えてしまいましたもの」
私はゆっくりと立ち上がり、服に着いた砂とかを丁寧に払い落とします。それから、宣言しました。
「茶番は終わりです。さぁ、お料理対決で決着を着けましょう」
「それこそ茶番だと思いますよ」
澄まし顔で即答とは生意気ですね、ショーメ。
「吠え面をかく準備をしてください。次は先生も参加ですよ」
「構いませんよ。私、料理も得意ですし。……それに、まだアデリーナ様に世の中の厳しさを味わって頂いていませんからね」
……ほぅ、私だけでなくアデリーナ様にも喧嘩を売るとは豪気。
「フェリス、どういった魂胆かは後で聞くにしろ、その料理対決に負けたら、先程のメリナさんがお書きの巫女長の件、実行することを命じましょう」
おぉ、語気からするとアデリーナ様も少し本気ですね。うふふ、味方にすると頼もしいと思うのは何度目でしょうか。
「恐らくは、筆記試験を私どもと共に受けた、顔も知れぬ者共は貴女がデュランから選抜した学者なのでしょう。私よりも知識のある者がいると恥を掻かすつもりだったと推測致します。……舐められたもので御座います」
ショーメ先生は答えず、微笑みだけをアデリーナ様に返します。
「では、お料理対決と致しますね。私とクリスラ――」
「デンジャラスです。フェリス、いつまで間違えるのですか」
「デンジャラス様と私、それからアデリーナ様とメリナさんの2組での対決と致しましょう」
ふん。やはり、他の奴らは学者というアデリーナ様の指摘は正しかったのか。
「構いません。私に挑む愚かさを後悔なさい」
不敵に笑うアデリーナ様は本当に頼りになります。私の元パン職人としての実績も合わせて無敵だと思われました。
「待てよ。それじゃ、納得がいかねーな。ボスと裏ボスが負けるたぁ思ってねーが、テメーのルールに従うのはシャクだ。俺も参加するぜ」
「私も。私達が勝ったらメリナの勝ち」
ガルディスとソニアちゃんが立ち上がります。2人とも私を思っての行動でしょう。有難いことです。




