力で決まるルール
スラムの中を進んで聖竜様を奉った小さな祠のある広場へと向かっておりました。
しかし、その手前でガルディスと敵対する者達が立ち塞がります。
「よぉ、デカブツ! 今日も服を着てないのかよ! 気持ち悪いぜ!」
その通りですね。そこに関しては完全同意です。
「アン? 調子に乗んなよ、黒蜥蜴ヤロー。お前ら、あのババァに付いたことを後悔するぜ」
「ククク、ガルディス。テメーの天下は短かったな。あの黒髪の死神女は居ねーぞ」
相手は私も顔を知っている方々です。彼らはスラム街のお掃除大会で協力して頂いた黒蜥蜴ファミリーの人達でして、私による教育が済んでいる方々です。
ガルディスと彼らは睨み合います。
人数は向こうの方が多くて、徐々にガルディスが囲まれていきます。
「何だテメーら? やるってのか?」
「目障りなんだよ、テメーは。ノコノコやって来たんだから、願い通りに殺してやるよ!」
私はソニアちゃんの前に位置取り、口の悪い連中から見えなくしました。
もしかしたら血が飛び散るかもしれませんからね。
「テメーら、後悔するのはテメーらだぞ?」
「へへへ、強気だな! テメーが腰巾着していたあのバカ娘は、もういねーんだよ!!」
ん?
「バカ娘ってのは誰だ?」
「ふん。それも分からねーならガルディス、テメーの頭はあのバカ娘並みに腐ってやがんな!」
「ギャハハハ! そりゃヤベーな、ガルディス! ウスノロな聖竜様に頭を賢くしてもらえよ! オメーがボスって呼んでた女と同じくらい、オメーもバカだな!」
……言いたい放題ですね……。
「おいおい、俺をバカにするのは構わねーが、ボスと聖竜様は不味いんじゃねーのか?」
「はん! 時代はドラゴンじゃねー! 狐だぜ! 神獣リンシャル様こそが真理!」
なるほど。デンジャラスさんはそう来たのですね。
全人類が崇拝すべき聖竜スードワット様の楽園をここに築こうとしていたのに、私が留守にしているのを良いことに、遠くデュランの街で信仰されている狐型の精霊リンシャルにすげ替えたのです。
「そうかい、じゃあ、ボス。こいつらをどうしましょーか?」
ガルディスは、彼らに罪を自白させたみたいですね。よくやりました。
そして、彼の言葉の意味を遅れて知った目の前の不信心者どもは顔を青くしたり、またガタガタと体を震わせたりと忙しそうでした。
「再教育です」
「ひ、ひ、ひっ!」
「いや、いや……もうアレはイヤ!」
ひどく怯える彼らに対して人間の愚かさと哀れみを感じながら、一歩前に出ました。とりあえず、一番近い人から連れて行きましょう。
「何が始まるの? 教育?」
後ろからソニアちゃんの声がします。
「拷問で御座いましょうね」
「あぁ、そう。メリナは野蛮」
「同意致します。まずは話し合いって、先程は申されておられたのにね」
……聖竜様を貶したんですよ?
本来ならば、もう他に何も確認しなくても死罪ですよ?
それを私は再教育で許してあげるのですから、極めて寛大な処理です。
「メリナさん、時間が惜しいで御座います。フェリスと会えなければ困りますので、早く終わらせて頂けますか?」
確かにアデリーナ様が仰る通りです。ショーメ先生にも巫女長対策の労を負担して欲しいのです。グズグズしていたら、あいつが逃げる可能性がありますね。
「では、皆さん。このソニアちゃんのお母さんを連れてきた者は再教育不要としましょう」
「「へ、へい!!」」
「でも、ボス、どいつがそこのガキの母親か分かりませんぜ?」
ふん、手の掛かる奴等ですね。そんなのは自分達でお考えください。
「ソニアちゃん、最後にお母さんを見たのはいつ?」
「3日前」
「それでは、この3日間で新しく見た女性を手当たり次第に集めるのです」
「「へい!!」」
黒蜥蜴ファミリーの皆さんは散会しました。ソニアちゃんのお母さんが見付かると良いですね。
「あっ、ガルディス、お前は探しに行かなくて良いです」
「おっ、そうかい。むぅ、ボス。こいつがガキの母親じゃねーか? 何となく似てないか?」
「バカヤロー。それはアデリーナ様ですよ。我々の裏ボス的存在ですから、言葉を慎みなさい」
ガルディスのことですから、似ている部分というのも目が二つあるくらいのレベルの話でしょう。
「えぇ。アデリーナで御座います。以後、お見知りおきを」
「あぁ。しかし、裏ボスだと……意味が分かんねーぜ。世界は広いな」
さて、私達は更に進みます。そして、遂に私が拵えた聖竜様の祠に辿り着くのです。
緑の芝生の上に白い石を立てて、木板で囲んだだけのモニュメントみたいな感じですが、毎朝、ここでお祈りとかもしていました。「巫女長、報復はご勘弁」とか祈ったものです。
その聖竜様の祠に異変が起きていました。
無数の粘土細工が置かれているのです。どれも狐の形をしております。
聖竜様のための土地だったのに獣に汚されてしまったのです。
「メリナさん、戻って来られたのですね?」
背後から現れたのは、この惨状の原因であるデンジャラス! そんな穏やかな声色でよくも私の前に出て来れたものです!! 殴り倒してやります!!
なのに、飛び掛かろうとした私を制する声が聞こえました。
「メリナさん、平和的解決で御座いますよ」
アデリーナ様です。
不承ながら、私はグッと堪えて広場に転がる狐の像を蹴り飛ばすくらいで我慢してやりました。
思っきり蹴ったので、宙をクルクルと回転しながら放物線を描き、最後は落下してパリンと割れました。
「メリナさん、何のつもりですか? ご神体を破壊するとは喧嘩をお売りなのかしら?」
デンジャラス、本心を現してきましたね。
ここにあるご神体は聖竜様の化身である白い石のみ。狐の偶像など粉々に破砕してやります!
「すみません。邪悪な獣の像が目に入ったので踏んづけてやりますね」
バリバリと音を立てますねぇ。
「メリナさん、お止めなさい。この地区は私にお任せされたはず。ならば、私のルールに従うべきでしょう。ここはリンシャル様の楽園と生まれ変わったのです」
「勝手なマネを!!」
「メリナさん、聖竜様の楽園にしたことも勝手なマネで御座いますからね」
アデリーナ様、うるさいです。
「フェリス、いらっしゃい」
「はい、クリスラ様。苦渋ながら、社会の厳しさをお教え致しましょう。メリナ様にも、アデリーナ様にも」
デンジャラスさんに呼ばれて、ショーメ先生も現れました。やはり、ここに潜伏していたか。
デンジャラスさんが聖女時代からの主従関係だったとは言え、こうも簡単にアデリーナ様にさえも歯向かうとは思いませんでしたね。
「この貧民街は強き者が支配する地区。ならば、力で決めましょう」
ククク、デンジャラス、愚かなり。
武力で私に勝てる者はいないのですよ。
「デンジャラスさん、そんなもので私が怖じ気付くとでも思ったのですか!? 望むところです!」
「流石です、メリナさん。では、今から知力ナンバーワンを決めましょう」
ん? 知力……?
やがて懐かしの学校の机と椅子が並ばれて、着席を促されました。
そして、ショーメ先生が紙を配布しようとしています。
そうです。これは筆記試験。私に数々のトラウマを残してきた筆記試験が突然に始まってしまったのです。
隣に座るアデリーナ様を見ると余裕の表情でした。逆隣のソニアちゃんに顔を向けると、彼女もこちらを見ていました。うん、この子は戸惑いがアリアリですね。正常な反応です。
「皆、変人」
「えぇ、そうですね」
そう答えましたが、上の空でして、私は逃げる術を探し求めるのでした。




