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心豊かな聖竜様の楽園へ

 今、私達はスラム街へと向かっています。

 巫女長分裂事件の当事者の1人であるショーメ先生に現状を説明しに行くためです。責任は皆で分担しないといけないですからね。


 アデリーナ様は巫女服です。神殿の周りだと他の巫女さんも出歩くことがあるのでそんなに気に留まることは少ないのですが、ここは神殿とは反対側のシャールの西部地区。物珍しくて視線が集まります。

 たまにお辞儀なんかもされていて、アデリーナ様のクセに生意気です。私も巫女服を着ていたら尊敬の目で見られたのに。



「おっ。あんた、またうちの店で働かないか?」


 雑踏を歩いていると道の脇でガサガサと汚ない鎧を磨いていた男に声を掛けられました。

 いつぞや働いた防具屋の店長です。


「奇遇ですね。また機会がありましたらお願いします」


「そうか。残念だな。あんたが靴を売った奴らが、またあんたから買いたいって言ってたんだがな。あんた、商売の才能あるぜ」


 あー、あの冒険者2人ですね。臭い消しと靴底に溝を彫るサービスをしてあげたのです。


 私は再び丁重にお断りとお詫びの言葉を告げまして、店長と別れます。嬉しくて自然と笑顔になっていました。



「アデリーナ様、聞きましたか? 私の有能さの証拠を」


「1度の成功で調子に乗るのは二流の証拠で御座いますよ」


「人を見る目がない上司って最悪ですね。別にアデリーナ様は私の上司じゃないから良いですけど、部下の人達が可哀想です」


 通りはまだ続きます。スラム街は街中から外れての壁際近くに形成されていますので遠いです。



「おい、占い師」


 どこかから女の子ってだけで、それらしくない偉そうな声が聞こえてきました。エルバ部長ではありません。


 振り向くと、知らない女の子が立っていました。背が低い彼女の視線は私に向けられています。スラムの子にしては綺麗な服ですね。


「私に用事かな? 占って欲しいの?」


 記憶を失って程ない頃、2日ほど占い師として活躍していた私です。こんな女の子でも覚えていてくれたのでしょう。


「お前の占い師としての力量は認める。だから、助けてほしい」


 むふぅ! むふぅ! 鼻息が荒くなりますね。


「聞きました!? アデリーナ様、聞きました!?」


「はい、聞こえておりましたよ。いたいけな子供を騙すなど言語道断。メリナさん、私は怒りに打ち震えております」


 え……? 笑ってはいますが、目がマジじゃないですか……。


「ちょっ、アデリーナ様……?」


 私の動揺を余所に、アデリーナ様は子供の前へと進みます。


「大変に申し訳御座いませんね。うちのバカがご迷惑をお掛けしました。まさか、国の宝たる子供までも誑かすとは思っておりませんでした。部下の不始末は上司の責任。代わりに私があなたをお助けしましょう。何なりと言ってご覧なさい」


 アデリーナ様は屈んで子供に目線を合わせます。鬼であっても子供には優しいのか。ズルいです。それなら、私も子供になりたい。


「誰だ、こいつ?」


 しかし、アデリーナ様の慣れない努力は女の子に無碍にされて、冷たく返されてしまいました。


「……アデリーナと申します。メリナさんの親友で御座いますよ」


 おぉ! あのアデリーナ様が我慢した!!

 子供の無礼ならば許されるのか!? ズルい!


「お母さんがいなくなった。一緒に探して」


 なるほど。


「迷子ですね」


 子供らしくないプライドがそれを認めたくないと私は判断しました。


「違う。ご飯を配っている所があるからって、何処かに行ったきり」


「メリナさん、あなたが悪さをしていた貧民街の件では御座いませんか?」


「悪さってあからさまな偏見です。私は聖竜様の楽園を作ろうとしただけです」


「聖竜様も名前を勝手に使われてご迷惑で御座いましょうね」


 アデリーナ様は立ち上がります。


「分かりました。向かう先は一緒のようで御座いますね。共に参りましょう。あなた、名前は?」


「ソニア」


 あー! ソニアちゃんか!?

 思い出しました。シャールの街に入りたいけどお金がなくて、私の占いに頼った親子の子供の方だ。お母さんは能天気でハイテンションで、私は苦手な感じの人でしたね。


「久しぶり。元気にしてた?」


「……メリナ、酷い。私を忘れてた」


「ごめんね。あれ、でも、ソニアちゃんとお母さん、だいぶ前だけど兵隊さんと仲良く歩いていたよね。私、宿屋の窓から見たよ」


 そうです。あれはコリーさんに紹介された宿屋で優雅な日々を堪能していた頃です。アデリーナ様が私の安寧を破壊したのも覚えています。


「変な占い師に絡まれたって説明したら、憐れんで世話をしてくれた」


「変とか言っちゃダメだよ。私のことだよね? 本人の目の前で、そんなの失礼になっちゃうよ」


 ソニアちゃんは相変わらずの毒舌です。歳上への敬意ってものが全く感じられなくて、大変に将来が心配です。


「そうで御座いますよ。口は災いの元で御座います」


 おぉ、アデリーナ様と気が合うなんて。


「でも、メリナは凄い。それに、他に頼れる人もいない。……お願い」


 ソニアちゃんはペコリと頭を下げました。負の感情もありますが、私達は無論、困った彼女を助けない訳がありません。



 スラム街の周縁部に当たる大通りへとやってきました。

 汚ない建物があるのは前のままですが、すっかり様変わりしていまして、無気力に地べたに座っている連中は居なくなっています。

 路地も大部分が鉢植えとかで閉鎖されていて、通り抜けしにくそうになっていました。


 通れるところを探して進みますと、屈強な男達が横並びになって、道を封鎖している所に出ました。スラム街へ入るための検問所です。

 鉢植えとかの障害物はここに人を集めるために設置されていたのでしょう。



「おう。ここを進むなら有り金は全部置いて行きやがれ」


 いきなり言われたら、カチンと来ますね。誰の指導でしょう。でも、服を脱げとは言われませんでした。そこは改善されていて良かったです。


「アデリーナ様、有り金全部ですよ。ジャンプしても、お金がジャラジャラする音がしなくなるまで、たんまり出し尽くして下さい」


「私を成金みたいに仰らないで下さい。で、あなた方、根拠法は何で御座いますか? 立場上、提示がなければお支払いできません」


 うわっ! めんどくさい。揉め事を自ら作りに行ったのですか!?


「ああ? 拳王様の教えに背く気か!?」

「殺すぞ、テメー!」

「拳王様がお目見えになられたら、お前の綺麗な顔がグシャグシャになるぜ!」


 ……止めなさい。止めてください。

 この金髪の女性は拳王様が最も苦手としている人なんですよ。


「……メリナさん?」


「な、何ですか!? 私、関係ないですよ!」


「心豊かな聖竜様の楽園とは到底思えませんね」


 アデリーナ様は懐から蛙の形をした財布を出します。とても子供向けのデザインでして、でも、アデリーナ様はそれを昔から愛用しているのを知っています。

 それから取り出したのは金貨1枚。それを検問所のガラの悪いヤツに投げ渡しました。


「それで満足なさい」


「あぁ?」


「満足できないなら、その拳王様を連れて来ても宜しくてよ。体を屈めて赦しを乞う姿を見られるでしょう」


 ……ここにいるって知っているクセにぃ。


「ねぇ、メリナさん?」


「……ど、どうでしょうね? 拳王っていう人も悪い人じゃないと思うしなぁ」


「頭は悪いでしょ?」


 ……こいつ!!


「おい! お前!」

「舐めてんのか!」

「拳王様の前で泣いて謝るんだな!」


 囲まれました。明らかに頭も分も悪い人達に私達3人は逃げられない状態にさせられました。



 それを気にせず歩き始めるアデリーナ様。その堂々とした迫力に正面の男が怖じ気づいて後退します。横からアデリーナ様を殴りに来た男の腕を私が掴んで止めます。


「痛っ! イタタ!!」


 拳王なんて蔑称を口にした恨みも込めて、締め付けます。


「くそ! この女、強い!」

「ガルディス様だ! ガルディス様をお呼びしてこい!」

「あぁ!」


 男達の輪を抜けた途端に、そんな情けない言葉を叫び、一人が駆け出します。

 そして、もう誰も私達を止めようとはしませんでした。悠々と通りを進みます。

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