諸国連邦の人達を思い出す
シャールの宿屋に戻りますと、すぐにガランガドーさんはフロンと共に神殿へと飛び去りまして、私は中庭から彼らが小さくなるまで見守りました。
さて、今日もよく働きましたね。宿でゆっくりしましょう。
ロビーに入ると同時に、諸国連邦時代もそうだったように、黒い礼服を身に纏ったベセリン爺がお辞儀で迎えてくれました。
何日も無断で留守にしたというのに、彼は私に何一つ苦言さえも申しませんでした。互いに信頼し合っているからです。それがまた、最近荒んでいた私の心を軽くしてくれます。
外はもう暗くなり始めていて、私は湯浴みと着替えを終えて、食堂へと急ぎました。
「お嬢様、お勤めお疲れさまでした」
よく薫る茶を私に差し出しながら、彼は初めて私に語り掛けます。
「えぇ、ありがとう。爺もお疲れさまでしたね」
厨房で諸国連邦時代にお世話になった女中さん2人がいることを魔力感知で把握しています。爺が彼女らを呼び寄せたのでしょう。
「勿体ないお言葉で御座います。爺はお嬢様の留守をただ守っただけで御座います」
「ところで、オズワルドさんは?」
「オズワルド様はお嬢様の職探しに奔走されております。熱心な方ですな」
「そうですわね、おほ、おほほ」
余計なことを思ってしまって、私の笑いはひきつってしまいました。
しばらくすると料理が運ばれてきます。お肉です。身を潜めていたスラム街では、皆に平等に配るということで私の分も少なかったのですが、目の前にあるのは分厚くて、焼き立ての煙も立っていて、オシャレな細長い葉っぱも乗っている立派なお肉です。
スラムで思い出しましたが、ガルディス達、元気にしているかな。あいつら、総じてバカで無能でしたが、ちゃんと生きていけるのかしら。
デンジャラスさんに任せましたが、少し心配ですね。
食事の後、私はベセリン爺に質問をしました。敵前逃亡っぽくデュランの自宅の掃除に行きやがったショーメ先生についてです。
「フェリス様もお戻りになられました」
「今はどこに?」
「私はあの方を詮索する立場には御座いませんので。ご容赦願います」
ベセリン爺は諸国連邦の時もデュランの街に雇われて、私の世話をしてくれていました。だから、デュランの暗部で偉い人の1人だったショーメ先生に頭が上がりませんでした。今回もショーメ先生がベセリン爺を呼んだ雇い主という訳なのでしょう。
「しかし、あれで御座いますな、お嬢様はやはりご学友との交流を楽しんでおられたと分かり、爺は年老いた眼から涙が溢れそうになりましたぞ」
「どういうことですか?」
「お嬢様が部屋の近くにご学友から頂いた絵画を飾っておられ、あぁ、お嬢様は友誼を大切にさせる方なのだと心を震わせて頂きました」
あぁ、同級生だったサブリナの不気味な絵ですね。今日も部屋に服を取りに行く時に目に入ってビクッとなりました。
捨てたいんですけど、サブリナが悲しむだろうと我慢しているんですよね。
確かに、友情を守っていると表現して良いでしょう。
「懐かしいですね。皆さん、元気にされているかな」
そう言いながら、私は諸国連邦の貴族学院時代の知人の顔を思い出していました。
まずは、万人に嫌悪感を負わせる不気味な絵を描いてしまう癖のあるサブリナ。諸国連邦の小国の貧乏貴族の娘さんです。
とても真面目で礼儀正しい人でしたが、諸国連邦をブラナン王国から独立させようという暗躍する組織の一員だったんですよね。でも、戦争が始まって戦場を前にすると、恐ろしさから泣いてしまいました。とても心が純粋だったのでしょう。画風には現れていませんが。
そうそう今はシャールで冒険者をしている剣王ゾルザックの妹でしたかね。忘れていました。
次に思い浮かぶのは、レジス教官。私の担任の先生でした。ショーメ先生の色仕掛けに嵌まり、彼女にぞっこんでした。でも、教師としては中々に見所のある人で、ショーメ先生に関すること以外は、極めて有能だったと評価してやりましょう。
でも、「お前は学校に来ているだけで、何も学んでいない」なんて心のない苦言を私に向けて来たこともありまして、ぶっ殺してやろうかと思ったものです。「お前達が私から学ぶのです。勘違いしてはなりませんよ」って言ってやれば良かった。
次に美術部の先輩2人。えーと、エナリース先輩とアンリファ先輩。中身の軽い会話を延々と続ける特技をお持ちですが、良い人達です。エナリース先輩はよく私に抱き付いて褒めてくれました。
そのエナリース先輩にちょっかいを出していた男の人もいたなぁ。あー、でも名前が思い出せない。私が本物のダンスを教えてあげたんですよね。
最後は、うん、あいつか。現拳王サルヴァ。諸国連邦の統治者の息子なのに学院を卒業できずにいたバカ。3歳年下の妹が3年生なのに、進級に失敗し続けていたあいつは1年生のままだったんですよね。
でも、同級生だった私に感化されて少しはまともになりました。
忘れたいことではあるのですが、副学長と深くお付き合いしているんですよね……。お互いに幸せそうで良いのですが、私の悪戯から発展した仲ということで、大変に気まずい思いをしております。
ちょっと「副学長に『お前の胸を揉ませろ』と言ってこい」って脅しただけなんです。許してください。
あっ、そう言えば、アデリーナ様にプロポーズした王子様なんてのもいた気がするなぁ。アデリーナ様の得意気な顔が大変に面白くありませんでした。あと、従者のタフトさんか。
どっかの小国の偉そうな王子とかその友人とかも影が薄いですが、ちゃんと覚えていますよ。
「お嬢様、実は手紙を預かっております」
「ん? 誰からですか? 私宛?」
「はい。結婚式の招待状で御座います」
嫌な予感が体を走りました。
「……サルヴァとサンドラ副学長のですか?」
「はい。そうで御座います」
……うわぁ……。
頭をフリフリして罪悪感を消し去ります。
「分かりました。サルヴァはまだ学生でしょうから、まだ早いので延期にしなさいと返信を送りましょう」
面倒事を後回しにできる妙手だと思いました。でも、私は更にショックを受ける羽目になったのです。
「ここだけの話で御座います。噂によると、サンドラ女史はご懐妊されているとのこと。子供が生まれるよりも早くの挙式を必要とされているのでしょう」
……子供まで……。
軽い冗談がここまで重くなるとは……。
「では、その手紙を預かりましょうか」
「お嬢様、こちらになります」
静かに懐へ収めまして、私は食堂を立ち去ります。この手紙は机の奥底に隠してしまいましょう。見なかったことにしてしまえば、誰も傷付きませんからね。
『主よ、それは我を無能の極みと罵ったのと同じではあるまいか?』
うわっ、ガランガドーさん?
突然どうしたんですか?
『あー、結婚式に参加したくないから、招待状を隠してしまうなんて、うわー、酷いであるなー。人間としての礼儀が足りないのであるー』
……チッ、昨日の小言を根に持って、私を責めるチャンスを待っていたのでしょう。恐らくガランガドーさんは神殿に帰ると同時に私の観察をしていたものと想像できます。
主人に対する行動ではないですね。
「ふん。私は忙しいのです。そもそも、あのバカが結婚するにしても、私が式に出席する義理はないのですよ」
『義理がなくとも出向くのが礼儀である』
「よく考えなさい。紙切れ一枚で私を招集しようという根性が無礼なのです」
私の言葉にガランガドーさんは反論しませんでした。口喧嘩に勝てたのかしらと思っていたのですが、そうではありませんでした。
『あっ、アディ、久々であるな』
アデリーナ様が帰ってきた!?
巫女長の分裂したヤツが倒されたことをイルゼ経由か何かで知ったのだと思います。
『えっ、最近の主の仕事であるか?』
ガランガドーさん! ちゃんと答えるのですよ!
『スラム街の仕切り役であったな。え? 天職? うむ、万人がそう思うであろうな、ガハハ』
ガハハじゃないです。私は布教活動をしていたのですよ。
『主は例の宿屋に泊まっておる。伝言であるか? うむ。主よ、アディが明日そちらに行くので待つようにとのことである』
チッ。スラム街に避難したいところですが、良いでしょう。
私が巫女長から発生した化け物に立ち向かい勝利したことを、逃亡したアデリーナ様に自慢する良い機会です。歯軋りしながら聞いて下さると嬉しいです。




